第8話

「いいんだ。貴女は私の、特別な人だから。させて欲しい」


 そう請われては、断れない。


 エミリアがおずおずと差し出した足を、エドワードは丁寧に拭った。


 踵から、足の甲へ。掌で、包み込むように。


 その触れ方の優しさに、エミリアは戸惑った。


 頬を赤らめて困惑するエミリアの様子を、垣間見て、またエドワードは切なくなった。


 焦りは禁物だ。けれど、一分一秒でも早く、この女性の心が欲しい。


 それらが得られるのなら何だって差し出す。


 思うままに抱きしめたいと、願わずにはいられない。


 それと同時に、侮蔑と憎しみの感情も湧き上がった。


 この清らかな女性の身も心も、傷付けた、ヴォルティア王。


 きっと二心ないエミリアだ。献身的に尽くしていただろう。


 彼女の善良さに甘え、驕り、あまつさえ裏切るとは。


 ――あの男を、決して許すまい。


 エドワードの心の中で、冷たい炎が燃え盛った。


 ……もっとも、夫がそんな下衆でなければ、エミリアは大人しくエドワードと行動を共にしなかったろうが。


「エドワード様、もう、十分ですわ」


 エミリアが、恥ずかしそうに膝を引こうとする。


「いや、まだだ。あと少しだけ」


 足の甲を拭い終えると、足首を持ち、ふくらはぎに布を当てる。


 ただエドワードがこうしていたいだけだ。


「……くすぐったい」

 

 エミリアは呟いたが、エドワードのしたいようにさせてくれた。


 無言で足に触れていると、何かいけないことをしているような、落ち着かない気分に陥った。


「よし、じゃあ行こう。最初からこうすれば良かった」


 先に音を上げたのは、エドワードの方だった。


 膝の下に手を差し入れて、エミリアを抱き上げる。


 このまま触れていたら、本当にいけないことをしたくなりそうだったからだ。


 次は、歌劇場でオペラ鑑賞だ。


 演目は、“オテロ”。


 主役のテノール歌手は、リカード・フェスタというそうだ。


 エドワード自体はリチャードから教わり、初めて知った。


 今最も注目を集めている歌手の一人らしい。


 興味は薄いが、女性は皆オペラを好むとの情報を鵜呑みにして決めた。


「こんなに良い席を用意してくださったの。人気の演目でしょうに」


 エミリアは恐縮しきりだ。


「最上の女性を連れて来るんだから、当然だ」


 エドワードは、膝の上に置いてあるエミリアの手を取る。


「貴女とこうして過ごせることに、感謝している」


「ありがとうございます」


 エドワードは、エミリアの指先に口づける。


 すると、頬を薔薇色に染めたエミリアが、こちらを見上げた。


 拒絶は、されない。


 また堪らない気持ちになって、抱きしめたくなる。


 けれど……それは我慢した。


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