第3話

「いえ、それが……」


 フィリップは力なく首を振った。


「エミリアが行くところなんて、僕には見当もつきません。そもそも、本当に出て行ったのかも……」


「では妻がどこへ行ったのかもわからないのに、貴方は愛人と妻の部屋で逢引きしていたの!?」


 マルティナは震える声で、フィリップを責めた。


「いえ、逢引きでは……」


 弁解しようとしたが、どう言い訳しても無理だった。エミリア不在の部屋に、二人で首を並べていたのだ。


「嘘をおっしゃい! 貴方、サンフラン嬢を側妃にするつもりだったの? いえ、もうそのような関係なのかしら?」


 マルティナは憎悪の籠った眼差しで、フィリップとウィルマを睨みつける。


「陛下、私……」


 急に不安になったのか、ウィルマがフィリップに縋りついた。


 縮こまる二人の姿を見て、アンゲリクスもフィリップを睨む。


「お前は、いつからそんな節操なしになったのだ」


「そりゃ、私もここまで身をもって反対されて、エミリアの気持ちもわかりましたよ。しかし、私にも心があります。……それくらい、妻なら聞き分けてくれたっていいじゃありませんか。私が昔ウィルマと結婚したがっていたのを、父上だってご存じでしょう」


 あまりに追いつめられて、フィリップの口からはつい本音が零れ出た。


「この……大馬鹿者!!」


 激昂したマルティナが、手にした扇でフィリップの頬を打つ。


「マッ、マルティナ、よしなさい……」


 慌てたアンゲリクスが仲裁に入る。


「母上、僕を、打ちましたね。国王になっ」


「幾つになっても愚かだからよ! なんてことをしてくれたの。これで、国王ですって? 呆れてものも言えないわ!」


「お、王太后様、陛下にそこまでなさらなくても……」


「サンフラン嬢、貴女はわかっていないのよ。そうね、私も女ですもの。貴女の考えはわかるわ」


 マルティナは扇を閉じて、ウィルマに突き付けた。


「側妃になって子を産めば自分が正妃になれる。そう、思ったんでしょう。二人にまだ子供がいないから」


「そんな。私は只、陛下かのお心を慰めしたいだけで……」


 ウィルマはしどろもどろに答える。


「隠さなくていいのよ。でもね、はっきり言うけれど、貴女には務まらないわ。子供を産もうが、その子が太子になろうが、フィリップが国王である限り、貴女は正妃にはなれないの。もしも貴女が王子を産んだら、フリップとエミリア、二人の子として養子に迎えるようにと私は進言するでしょう」


「マルティナ、それ以上は」


「何故です? 世継ぎをもうけるのは妻の大事な役割でしょう。側妃が王子を生んだなら、その者が正妃となるのが筋なのでは? どうせ私の子なら、わざわざ養子にする必要がどこに」


 フィリップはマルティナとウィルマの会話に割り込む。


「フィリップ! 本当にわからないのなら、救いようのない馬鹿よ! 妻に役割を求めて、夫の貴方はまともに役割を果たしていると思うの?」


「私の、役割?」


 自分の役割とはなんだろう。


 フィリップは今更ながら、自分の役割について初めて意識を向けた。


 自分は……アンゲリクスとマルティナの第三子、第一王子として誕生した。


 姉が二人いたが、既に他国へ嫁いでいる。13年間、王立の学院で学び、王子として外交に携わった。


 長年王家に並ぶ勢力を持ち、反発を繰り返すアングリー侯爵家、内部でアングリー侯爵と共謀を図るポートリー卿を排斥し、盤石な地盤を築いた功績を認められ、国王の座に就任した。


(うん、偉大な功績だよな。私は実に運に恵まれていた。……自然と二人の不正が明るみに出たのだからな)


 これまでの軌跡を思い返して、改めて自分が何を成したか振り返る。


 非常に運が良かった。何故なら結果的にフィリップは、二人の更迭を訴える書類にサインをしただけなのだから――


(……んー……)


 後は、パートナーにエミリアを伴って、各パーティに出席し、各人との関係を取り持った。


 過去には諸国の名家や関係者の顔と名前が一致せず苦労する時がしばしばあったが、あれも、エミリアと婚約してからはとてもスムーズで気持ちの良いものになった。


 フィリップが何らかの対応をせずとも、あちらからヴォルティアへの友好材料を提示してくれるようになったから……。


(振り返ってみても、私は素晴らしいな。人徳者だ。やはり、国王として、側妃を持つ自由くらい主張しても……)


「私は立派に役割を果たしております。何がご不満なのですか」


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