第15話
「甘い! どうしてなの? ちっとも酸っぱくないわ」
「でしょう? さ、こっちはどうですかな」
エミリアの感想に気を良くした農夫は更に、大粒の黒葡萄を運んでくれた。
「こちらはね、ようやく完成した新しい葡萄です。皮のまま食べられますよ」
「とうとう完成させたのか! 何年も実がつかないと苦労していたのに。私にも味見させてくれ」
「もちろんですとも」
エドワードは目を輝かせ、掌を差し出して黒葡萄の受け渡しを待った。
一粒、二粒。大ぶりの粒を受け取って、一つを摘まみ上げる。
「新品種の味を一番に見る栄誉は、エミリアにお譲りしよう」
「私が先でいいの……?」
エミリアは迷ったが、育ての親である農夫婦も期待の目を向けている。
彼らはどちらが先でも気にしていない。
葡萄の粒を口元に運ばれて、躊躇いながらも……エドワードの手から直接、実を口に含んだ。
「……どう?」
プツッと皮が弾けて口内に果汁が溢れた。先程よりも濃厚な甘みと独特の香りは、確かに格別に感じられた。
先程までの一瞬で過ぎ去る甘さとは桁違いだった。果汁は喉を伝って全身へ染み渡るようだった。
声も出せずに芳醇な果汁を飲み干していると、エドワードも葡萄を口に運ぶ。
似たような感覚だったのか、片手で口元を押さえている。
ごくり、と果汁を飲み干した喉仏が上下する。
表情はどこか陶酔するようで、一度唇を開いても、言葉を発するには少し時間が必要だった。
「なんという……ことだ。言葉に出来ないほど、美味しい」
「ふふ、でしょう? お二人の表情を見るに大成功ね! ねっ、あなた。来年はもっと増やして、たーくさん出荷しましょう」
「しかし、メアリー。この葡萄は果汁が多い分足が早い。沢山作っても、方々に出荷するには無理があるだろう」
農夫の妻メアリーは誇らしげに胸を張ったが、夫の一言でしゅんとしぼんでしまった。
「しかし、味は良いのだし、絞った果汁を出荷する手もある。煮詰めてジャムにしても」
エドワードは慰めたが、メアリーの返事は芳しくない。
「……メアリーさんは私たちが味わった感動を、もっと沢山の人達に味わってほしいのですよね?」
「ええ、お嬢様、その通りです。でも」
「皮も薄いし輸送には向かない。ここらの人間で楽しめばいい。こないだそう話し合ったじゃないか」
エミリアは一旦、メアリーに同情して意見を代弁した。
しかし熟考して、核心に至る。
エミリアが声にならないほど感動したのは、あの食感とはじけるような瑞々しさだ。
唯一無二の果実。流通すれば驚くべき価値が付く。
メアリーは手を広げたいと熱意を持っている。みすみす埋もれさせることもない。
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