第11話

「下の段にはパンケーキや蜂蜜とバター、それからジャムもあるよ」


「とても美味しそう。ピクニックにお連れ下さるつもりだったの?」


「宮殿の中じゃ、人目があって落ち着かないだろう? デザートにはもぎたての葡萄も用意してる」


「もぎたてって? じゃあ果樹園に向かっているのね」


 あまりにも魅惑的な申し出に、エミリアは色めきだった。


 ヴォルティアは山間部にあるため、農耕に適した土地が少ない。


 そのため、果物や野菜の栽培は殆ど行われていない。


 王宮には良質な素材が届けられ、食事に給されるが、もぎたてなんて、想像もつかない。


 「ヴァルデリアは国土の半分以上が平原だからね。その分多くの種類の木が植えられてる。……興味があるようだから解説するよ」


 エドワードは麗しい微笑みを浮かべながら、そっとバスケットの蓋を閉じた。


(なんだ、まだ食べないの……)


 残念な思いでバスケットを見やってから、視線を戻す。


 すると、待っていたのは実に嬉しそうなエドワードの笑い声だった。


「ふふっ、残念そうな顔をして! 可愛いなあ、もう」


「えっ? 揶揄ったのですか?」


「いやあ、すっごく食べたそうな顔をしているから、試しに隠してみたらどうなるかと……」


 そんなに物欲しそうな顔をしていたのだろうか?


「もう。どうして意地悪をなさるんですか」


 恥ずかしさに頬が熱くなる。


「ごめんごめん。つい、悪戯心で。貴女の表情が変わるところを見たかったのさ」


「…………」


「ほら、そうやって黙りこむところも可愛くて」


「もう!」


 どんな態度をとっても、面白がるに決まっている。


 どうすれば良いか分からずに、エミリアはぷいっと横を向いた。


 それでもエドワードはご満悦だ。


「誰が口下手で、影がある、ですって」


「それってもしかして、私の話?」


「そうよ。貴方は寡黙で影があるけどそこが良いって、メイドさんの間で噂されていたの。この様子を見る限り信じられないわ」


「誤解があるな。私は用があれば口を利く。なければ利かない。それだけだ」


「嘘、だってこんなに」


「これは……エミリアの関心を惹くためだから。でも、自分でも多少驚いている……」


「……っ!?」


 ぽつり、とエドワードはとんでもない発言をする。


 エミリアは言葉を失った。


 噂の方が正しいなら、エドワードは相応の努力を払っていることになる。


 ……エミリアのために。


「ねえ、こっちを向いてくれないか? 気を取り直して、朝食にしよう」


「……エドワード様も誤解なさってるでしょう。私のこと、とんでもない食いしん坊だと」


 どちらが正しいかは、火を見るよりも明らかだ。


 社交が重要な世界で、寡黙さにメリットはない。


「誤解なの?」 


 きょとん、と真面目な顔で聞き返したエドワードに、何と返せばいいのか、口がわななく。


 せっかくこちらから歩み寄ったのに。


「……うそうそ、ごめん。機嫌を直してくれて嬉しいよ」


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