第10話

 ――翌朝。


「どうぞ」


 ドアのノックに振り返ると、入って来たのはエドワードだった。


「おはよう、エミリア。昨日はよく眠れた?」


「お陰様で、ぐっすり眠れましたわ。それにしてもどうしたんです、こんなに朝早くから」


「貴女の愛らしい寝顔を見に来たんだけどね。……早起きで残念だ」


 エドワードは本気か冗談なのか、判別のつかない口調で言った。


 エミリアは呆れたように笑う。


「許可なくレディーの部屋へ入るのは、失礼でしてよ。エドワード様、私はまだ妻ではありません。そういうことは軽々しく口になさらないでください」


「ああ、そうか。まだ君の恋人候補止まりか」


 恋人候補、を認めるべきかどうか、迷う。


 しかし、一国の王子がこうも下手にでているのに、逐一ケチをつけるのも礼儀知らずな気もする。


「じゃあ、恋人候補らしく、朝食を共にしよう」


 それに、ほんの少しだけ、エドワードとも打ち解けられた……気がする。


 昨晩はゆっくりと庭園をエスコートしてくれて、エドワードや家族の人柄に触れることができた。


「はい。喜んで」


「結構。じゃあ、早速出かけよう。馬車の支度も整ってる」


「馬車で? 朝食と仰らなかった?」


「勿論食事も用意させたけど、肩ひじを張らず外で摂ろう。今日はヴァルデリアを案内するよ」


「用意したのに、外で? どういう意味かしら??」


 エミリアは困惑しながらも、エドワードの後について行った。





***





 

 宮殿はゆるやかな丘陵の中腹にある。


 遥か北東に、ライネル湖が臨める。背後にそびえるアストリア山の麓は、ヴォルティアの領土だ。


 王都を抜けると御者は馬頭を左へ向けた。


 ゴトゴトと、ひたすらに広がる草原を進む。


「お腹がすいたら、直ぐに言って」


「ええ……」


 エドワードは正面の座席で、上機嫌に足を組んだ。


 しかし、エミリアはエドワードが何を予定しているのか全く分からない。


 進路には果てしない牧草地が広がるのみで、都市はおろか民家の一つも見当たらない。


「あの、エドワード様……。この先には何があるのですか?」


「何もないよ」


「え?」


 エドワードは笑った。


「貴女にはありのままのヴァルデリアを見せたいと思って。でも、安心して。朝食はちゃんとこの中に準備して貰ってる」


 エドワードは、自身の隣の大きな荷物を指さした。


 被せてある布の端をこちらへ向けて持ち上げるので、エミリアが替わりに取り去った。


 中から出て来たのは、大きなバスケットだった。


 蓋を開けると、ウォーマーを被せたティーポットにカップ、サンドウィッチが納まっている

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る