第5話

 湯気のせいだけではなさそうだ。


「あ、ああ、そうね。事実だけど……。どうしてそんなことを……」


 エマの豹変ぶりに困惑しながらも、城内の認識を確認して内心胸を撫で下ろす。


 エミリアは伯爵令嬢として紹介されているらしい。


(しまった。これを肯定したら、私も同意して駆け落ちしたことになるわよね)


「だって、気になるじゃないですか! お城の皆さんは噂好きですもの。さっきも、殿下とお部屋で何があったのか、皆興味津々でしたよ。あんなに甘々なオーラを出している殿下は見たことがないって、女中頭のヴェッツィーさんも話していました!」


「……えっと、エマ。もう少し声を落としてくれるかしら」


「あっ、申し訳ございません。つい……」


 エマの声は浴室に響き渡っていた。


 慌てて口を噤むエマに苦笑する。


「別に謝ることないわ。私も、少しお喋りが過ぎたみたい」


「で、実際のところは?」


 エマはぐいっと顔を近づけて来た。


(そうよね、この年の頃は恋愛話に興味津々よね。私だって……)


 15歳、フィリップと出会ったばかりの頃は、エミリアも男性との恋愛に胸ときめいていた。





”なんて、力強くて、頼もしいの……♡”


〝この方は、どんな声で愛を囁くのかしら”





 過去の汚点が、ふと思い出される。


 エミリアは頭をぶんぶんと振って、消し去った。


 酷い裏切りを受けた今となっては、無駄にはしゃいでいた自分をひっ叩いて、戒めてやりたい。


「エミリア様?」


「あー……。期待をさせて悪いけど、何もないわ。ただ、晩餐のご招待を頂いていただけ」


「そうなのですね……それは残念です。あ、もう一点、お食事で、苦手な食材などはありますか?」


「苦手なもの? 気を遣って頂く必要はないけれど、強いて言えばオニオンとピーマンが苦手なの」


「承知しました。そのように承りますね」


 エマは頷くと、それ以上の発言はせず、再び髪を洗い始めた。




***




 入浴を終え、用意されたドレスに着替えると、すぐに食堂へ案内された。


 広々とした室内には幻想的なガラス細工のシャンデリアが掛かり、その下に長テーブルが置かれている。


 テーブルには南部特有の模様が刺繍されたライナー、無数のキャンドルに人数分の銀食器が整えられていた。


 食器が4組あるということは、エドワードの他に2名、同席する予定なのだろう。


(もしや、国王陛下とお妃さまのお席……?)


「エミリア様、こちらへどうぞ」


 食堂にはエマとは別の給仕が控えていた。


 椅子を引き、着席を促されるが、エミリアは一瞥するにとどめた。


「あの、お席に……」


「私、早くに着きすぎてしまったようだわ。お腹が空いているのを気遣って頂いたのね」


 エミリアがにっこりと微笑むと、メイドの顔が狼狽に陰った。


(やはり、……そのようね)


 異国の地、他人の城にやや緊張をしていたエミリアだった。


 だが、他愛のない悪戯を目の当たりにして、逆に冷静さを取り戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る