Dragon Breaker

@klaus-frederiksen

第1話

 円は、中心から円周のどの方向へ向かっても等しく同じ距離である。それが立体となると、滑らかな表面を形成するだけでなく全方向に同じ形を見せるので、神々しく完璧な形であると思っている。

 この地球は、ほんのわずかだけ扁球状をしているそうなのだが、地球を照らす太陽は真球に近い、ほぼ完璧な球状なのだという。太陽はその中心核で常に熱核融合を起こしており、そこで生み出された膨大なエネルギーを表面から宇宙空間へと放射すると、この地球にも様々な影響を与え続けてきた。それは時に恵みであり、そして災いでもあった。

 それらのことから、太陽が古代から神の化身として畏敬と畏怖をもって扱われ、また、人々が祈りや感謝を捧げる信仰の対象になってきたことは自然な成り行きであろう。そして、長い歴史においても野望を抱く者が権力を手にした時、その人自身を太陽の化身として強大な権威の象徴と位置付けてきたこともまた、自然な流れであるに違いない。


 この世界には、世界のありとあらゆる最高機関が集約され、全ての国を管轄している外殻政府と呼ばれる島があった。その島は今から約百五十年前、それまで幾度となく繰り返されてきた悲惨な歴史をもう二度と繰り返すまいという思いで集まった、数か国の指導者たちの理念――自国の利益のために争いの火種をまき散らさないこと――が発端となっていた。その理念に賛同する国が増え、そこから要塞と中立の観点から、一つの島を理想郷に創り上げようと地形が独特な無人島が候補に挙げられると、元の所有国から条件付きで譲渡されたのちにいよいよ本格的な工事が始まった。

 工事はまず、無人島の中心部に直径がおよそ五十キロメートルにもなる、円形の島を作ることから始まった。その島にもともとあった三日月のような細長い湖を外地からの侵入を阻む目的で、幅二キロメートルにもわたる大規模な円形の堀へと造りかえたのである。

 この、わずか数行にまとめられた工事が、どれほどまでに過酷で、困難を極めた作業であったか。当時、最先端の重機が何百台も投入され、また、様々な国から何百万もの労働者が、名声や個人の理想を求めるべく工事に携わった。しかし、その多くは歴史に名を連ねることは無く、個人の偉業は全体を成す“実現へのうねり”にうずもれたまま、しかし確実に希望の礎の中に組み込まれていった。

 外殻政府が置かれる円形の島を取り囲む堀は『内洋』と名付けられ、その外側には外殻政府案合意当初から内洋を取り囲むような、幅四十キロメートルほどのドーナツ状の島を作る計画となっていた。それは外殻政府がある島の城壁として、また政府関係者を支える人たちが居住する場所としての役割を担うものであった。そのため、ドーナツ状の島の地盤整備と建設工事もほぼ同時期に開始され、その傍らで本格的に外殻政府を立ち上げるべく、各国から集められた優秀な人材が基軸となる構想を練っては順次実行に移していった。そういった機動力の俊敏さもあり、島の完成から五年もしないうちに主要となる都市の景観が完成され、その島は土地を譲った国の言葉で「美しい太陽の国」を意味する、「カウニス・アウリンゴン・マー」と命名されておよそ百二十年前に見事に樹立を果たした。そしてドーナツ状の島も「ドーオニツィン・ムオトイネン・サーリ」と名付けられ、世界中がその偉業に対して賛辞を贈った。

 外殻政府のある島はすぐに『アウリンコ』、ドーナツ状の島は『ドーオニツ』と省略した愛称で呼ばれるようになり、かつて独立国として存在していた国は地方国としてその国情に応じた地方国自治権が与えられ、各々の通貨も引き続き残された。しかしながら、外殻政府国税の租税の徴収・管理などが複雑な計算と手続きを要し、新たに特殊な金融政策を担った中央銀行もそのおひざ元に設立されたことから、産声を上げた新しい島は一気に経済や金融の拠点となった。さらには、秩序の管理と政府の権威づけを目的とした外殻政府軍が組織されたものだから、世界最高レベルの環境が自発的かつ持続的に発展するアウリンコは、高い理念に信条を捧げた人たちの夢や目標へともなった。

 ドーオニツ居住者でも、何かしら才能に秀でた者は外殻政府やそれぞれの最高機関で働くことはもちろん可能で、そうでなくともわざわざ橋を渡ってアウリンコで働く人も多かった。そういった背景から、アウリンコ居住者のみならずドーオニツ居住者もまた、政府が定めた居住者基準を満たしているかを調査されることもあった。仮に政府が定めた基準を超えて法令違反を犯すと、複数の専門家から調査や検査を受け、そこで居住者として不適合であると判断された場合は地方国へと移住させられ、アウリンコ並びにドーオニツ居住権を永久にはく奪されるのである。

 僕の父は、もともと辺境の地方国タキアの出身で、その中でもかなり田舎の貧しい家庭で生まれ育った。それでも幼い頃から広い世界に憧れてきた父は、苦労しながらも勉強を続けて高等教育を受ける機会を掴み取り、働き始めてからは資金を貯め、長年の夢であった、ドーオニツ居住権を得る試験である『コウラッリネン』に挑戦した。コウラッリネンとは、各地方国の政府機関で年一度に行われ、ドーオニツに渡航し、就労できる権利を獲得できるものである。その試験は生涯を通じて三回まで受験可能なのだが、父は初めての挑戦で見事狭き門をくぐり抜けたのだ。

 だが、父を含め、移住者のほとんどが、渡航してから真の正念場を迎えるらしい。父は移住後、かなりの努力と苦労を重ね、五年間就労した者に与えられるドーオニツ永住権を晴れて得ることができた。そして、もともとドーオニツに住んでいた母と出会って結婚し、十歳年齢の離れた兄と僕という子供二人を授かったのである。

 僕は、ドーオニツに馴染もうと必死に努力を重ねてきた父を見ながら育った。努力する姿を見て育つ――通常であれば、それは子供に良い影響を与えることであろう。しかし、努力が報われないことで父が取った行動は僕の中に暗い影を落とし、学校などにおいて僕が『変わり者』と評される機会を作るきっかけとなった。そのため、心の中でおもちゃのような孤独感を味わうことも度々起こり、結局は殻に閉じこもるのが何よりも得意分野となってしまった。

 そのような中でも探求心と好奇心はそれなりにあり、僕にささやかな知識欲を与えては淡い感動をもたらし続けた。特に宇宙に関する本や輝く星の写真には興味が尽きず、とりわけ青白く光る星には今でも憧れと美しさを抱くほどであり、何にもまして美しいと考えていた。しかしながら、僕のひねくれた性格は最大かつ最悪の欠点を僕にもたらしていた。

 僕は興味を抱いたものでさえ、努力して学びと理解を深め、そこから自分なりに研究して何か大きな成果を出すことに興味を示せないでいた。ささやかな自己満足の中で臆病な探求心を完結させるばかりで、継続した努力が実を結ぶことの意味を見出せずにいたのである。すなわち、全てにおいて中途半端であり、幼稚な知識欲が怠惰な性格の上に不安定に乗っかっているだけの存在であった。

 このように怠惰な僕にでも、一欠けらの憧れを抱かせる存在がこの地球上にいた。それはドラゴンやエルフ、妖精、ドワーフといった人間以外の知的生命である、『異種族』の存在であった。

 アウリンコやドーオニツを始め、人間が住む場所では科学が発達し、鉄道や空路、通信機器や衛星観測なども広範囲にわたってその利用が広がっていた。しかし、遠く辺境の地方国の近辺には、特別管理区域と呼ばれる亜寒帯地域を主とした場所には深い森や切り立った山、険しい崖や岩場などが数多く点在し、異種族が今現在もそこで暮らしているのである。その中でもドラゴンは特に神聖な存在とされ、はるか昔から人々に畏怖と尊敬の念を抱かせてきた。

 異種族は『魔法』と称される不思議な力と高い知能をもっており、人間とはやや異なる独特の価値観を持っているとされているため、昔から人間とは距離を置いてきたようである。だが、人間側では事情が異なっていた。豊かさを追求して徐々に産業技術を発達させ、さらなる繁栄と利益を求めようと異種族の生活場所を脅かし、あるいは彼らを利用して支配下に置こうと目論んで接触を試みる人たちが増えたことによって、両者の間で小規模の衝突が頻発するようになったのだ。

 人間と異種族との間に転機が訪れたのは、外殻政府の樹立であった。外殻政府は悪化してしまった異種族との関係改善を図るべく、解決策を模索し始めた。その結果、異種族独自の価値観や文化の尊重、そして広範囲にわたって異種族が暮らす地域に人間が出入りすることを禁ずる条約を結んだのである。

 しかし、そのことは一般人から異種族と接触する機会を完全に奪い、隔絶された世界を窺い知る術さえ失くしてしまった。手段として残されているのは、最重要政府機関の中枢部に関わるか、彼らの住む区域に政府の特別許可を得て立ち入るかのどちらかなのだが、前者は上位0.001パーセントにも満たないエリートたちの間でし烈な地位争いが行われており、後者に関しては法整備において可能性を名目上言及しているにしか過ぎず、実質上は不可能であった。

 そういう経緯もあってか、僕の周囲で異種族に関心を寄せる者は驚くほど少なかった。出会う機会が無く、完璧に区切られた世界にいる彼らがあまりにも遠すぎて現実味が無かったからであろう。そもそも、異種族の話題を熱心に話す人は夢想家として煙たがれる傾向にあり、人々の会話に異種族の話題が上ること自体が稀であった。そういった環境の中で、僕の小さな憧れが次第に心の深いところへ追いやられていくと、そのままひっそりと佇むことが多くなり、やがて表立って主張することさえかすれていった。


 僕が生まれ育った場所であるBZ‐7地区には、地方国とドーオニツとを往来する貨物船が停泊し荷揚げ・荷降ろしをする、空港を除いた八カ所ある開港のうちの一つがあった。ドーオニツがアウリンコで使用し消費される全ての物資の受け口となっているため、港そのものが、この二つの小さな島で暮らす数千万もの人々の生活と社会的基盤を常に支える重要な施設と位置付けられているのである。

 ドーオニツ居住者としてアウリンコに貢献するという話をかつて授業中に聞いた時、テレビでしか見たことの無いアウリンコの超高層ビルディングを思い描き、そこに未来の自分を重ねたりもした。だが、十二歳の頃、貿易に関わる仕事の一つに政府側の『税関』と民間側の『カスタムブローカー』があることを学んだ際に僕の中で何か惹かれるものがあった。結局、最高高等教育を終了して就職する際に、開港のあるDZ‐17地区でカスタムブローカーの仕事に就くまでに至ったので、やはり何かしらの縁を独りよがりに感じ取ったのかもしれない。

 税関に輸出入申告する際、世界共通のHSコードと呼ばれるコードで申告貨物を分類する必要があった。そこには様々な規則と取り決めがあるのだが、無知な僕にはその事細かさが理解できず、何度も困惑することが多かった。そして、税関や関係省庁に対して行われる申告や申請のほとんどが、専用のオンラインシステムでつながっているため、適正さと迅速さは常に要求されていた。

 僕がその高度な要求の狭間で、無様な失態を何度かさらしてきたことは想像に難くないであろう。分類に関する失敗も、申告すべき金額や数量を誤ったことも全ては僕の力量不足であった。

 そのような中で、別のカスタムブローカーにおける重大な非違の報告を先輩から聞いた。それは天然の香料であるバニラを輸入する際、天然のバニラはかつての乱獲が原因で絶滅危惧種に指定されたため、輸出地方国の輸出許可証が無ければ輸入取引はできないのだが、そのブローカーの担当者は輸入者からの『許可証原本は後日送付』という指示を見逃し、人工栽培のものと思い込んでそのまま輸入申告をしてしまったのである。

 税関の書類審査でそのことを指摘されたと同時に担当者が体調不良に陥り、入社したばかりの新人に全ての処理を託して治療名目で会社を休んだため、その新人がその後の税関対応を進めざるを得なくなったのだという。最終的に、その新人が上司とともに必要な手続きを進めて無事輸入許可までたどり着いたそうなのだが、僕はその話を真剣に受け止め、改めて仕事手順をきちんと守ることを誓ったのであった。

 このようにいろいろと不器用な僕でも、周囲に支えられたことで少しずつ仕事に慣れ、さらには同業者、配送業者の人たちまでもが不慣れな僕に目をかけてくれるものだから、会話こそ上手にこなせないながらも時折一緒に食事をするまでに成長することができた。

 人付き合いが下手で、どこかひねくれている僕でもそれなりに知り合いを増やしてこられたのは、優しくて心の広い人たちに恵まれたおかげなのだと思っている。

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