後日談第三話 惚気話とバカップル
――そういえばあの二人は一体どうなったのかしら。
恋愛小説を読んだり他の令嬢たちの恋愛相談に乗ったり、もちろん次期ヴェストリス侯爵としての勤めを果たしたり。
そうして毎日を過ごしていたある日、私はふと皇太子殿下夫妻のことが気になり、ジェシカ妃殿下に手紙を送ることにした。
近頃彼女からの音沙汰がないのだ。そろそろ何か報告があってもいい頃なのにどうしてなのかと彼女を問い詰めたくなったのである。
仮面夫婦を続け、婚姻二年目で肉体関係を持たないままとなると普通は離縁になるはずだけれど、もしかすると抜け道のような手段を使って期間を延ばした可能性もある。
どう見ても両片想いのくせにお互いに誤解しまくってなかなかくっつかないあの二人のことだ、すんなり上手く行ったとは思えない。それとも周囲に知らせず、ひっそりと離縁していたりして――。
しかしそのような心配は杞憂だったと、手紙で決まったお茶会の日に明らかになった。
「聞いてくださいまし。わたくし、白い結婚生活を卒業いたしましたのよ!」
勝ち誇ったような、ほんの少し恥じらうような顔で朗らかに言い放ったジェシカ妃殿下。
彼女の言葉の意味を呑み込むまでにしばらく時間を要した。
白い結婚を卒業。つまりそれは、皇太子殿下と正式な夫婦になれたということだ。
しかし寝耳に水もいいところで、私を驚かせるための嘘なのではないかと疑ってしまったほど。だがジェシカ妃殿下のキラキラとした翠色の瞳を見れば、それが事実なのだと認めざるを得なかった。
「色々疑問があり過ぎて何から聞けばいいかよくわからないのだけど。順を追って説明してくれるかしら?」
「もちろんですわ。ふふ、ふふふ」
どこまでも幸せそうな笑みを見せながら、ジェシカ妃殿下は私の知らない間にあったことを教えてくれた。
長い長い惚気話。それを一通り聞き終えた私はため息を吐かずにはいられなかった。
「仲違いしていた二人の誤解は無事に解けてめでたしめでたしってわけね。私に気を揉ませないで、そういうことは早く言いなさい」
「ごめんなさい。失念していましたわ」
まあ浮かれていたらそういうことはあるだろう。そこは納得できなくもないが。
「それにあそこまでやってあげたのに本気で離縁するつもりだったとか信じられないわ。皇太子殿下が申し分程度の男気を見せなかったらどうするつもりだったの?」
「それがお互いにとって最良の結末だと思っておりましたのよ。だってわたくし、ヒューパート様がサラ様を好きでいらっしゃると思い込んでおりましたもの。ですが今は……」
「わかったわ。うまくいっているようで何よりよ、まったく」
ジェシカ妃殿下が幸せになれたことは彼女の一番の友人としてとても喜ばしく思う。
でも、あれだけやきもきさせられた割に私の知らないところでこうもあっさり解決してしまっているところは少し拍子抜けというか、なんというか。
「まあいいけど。たっぷり惚気を聞いて楽しめたから許してあげましょうか」
呆れるところは多々あったものの、惚気話自体はとても胸がときめくようなものだった。
特にデートのところなんてあまりに素敵過ぎて、黄色い声を上げたくなってしまったくらい。
いいことを聞いた。次にレイフと会った時にでも、小川に行って舟の上でのデートをしてみようと密かに決めた。
そんな時、お茶会を開いていた王城の庭園にずしずしと何者かが足を踏み入れる音が聞こえてきた。
振り返らずともわかる。女子会に割り込んできた無粋なその殿方を、笑顔で出迎えてあげた。
「ごきげんよう、皇太子殿下。ジェシカ妃殿下と大層仲がよろしいようで」
「ああ、以前の礼を言いたいと思ってな。ヴェストリス侯爵令嬢は私たちのために手を貸してくれたのだろう」
「ええ、そうよ。どうかお幸せに」
皇太子殿下は少し顔を赤くしながらもジェシカ妃殿下の肩に手を回し、小さく頷いた。その赤い瞳は以前よりもずいぶんと優しげにジェシカ妃殿下を見つめている。
ジェシカ妃殿下もまんざらでもなさそうな表情だ。
それから二人はわずかに視線を交えては逸らしを何度か繰り返し、なんとも言い難い甘い雰囲気を漂わせ始めた。
人前にもかかわらずとんだバカップルっぷりだ。まさかこれほどの変わりようとは。
これなら大丈夫そうだと安心した私はお茶を飲み干し、席を立った。
「もうおかえりになりますの?」
「愛し合う二人の時間を奪いかねないから、そろそろお暇させてもらうことにするわ。また今度お話しを聞かせてちょうだいね」
ああ、帰ったふりをしてバカップルっぷりを覗いていても面白いかも知れない。
そんな風に考えたが、実現するのはやめておこう。私はあくまで傍観者。覗き見られないのは残念だけれど、惚気話だけでも充分美味しい。
この先このバカップルがどうなるのか。そして次のお茶会でどのような話が聞けるのか――。
今から楽しみで仕方なく、私の口元にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。
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