葛藤の日々
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今の職場は子育てに追われる母としての里美を受け入れてくれる人ばかりではなかった。
そして補填されないかつてとある人物が就いていた重職。
そんな状況を変える為に里美は動いた。
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「悪い、遅くなった!」
「お疲れ様です、賀城さん。お子さん達お待ちかねですよ。こちらはたった今終えた所です。」
「ぱぱー!」
「修二くん遅い…優梨はもう寝ちゃったわよ。この子お願い。それに亮二と愛梨ももう飽きちゃってる。片付けもあるし先帰っててもいいわよ。」
「あとちょっとだろ?待ってるよ。その足なんだから皆で車乗って帰ろう。」
里美が復職してからというもの、突っかかってばかり来る例の女性が不機嫌そうな顔で賀城夫妻の姿のやりとりを見つめていた。
トラブルが発生しつつも何とか終えた本日の業務は、里美にとって深く考えさせられるものであり、そして疑問と不満を解消すべく、とある考えを抱いていた。
そうなるのが何故なのか、利佳子の代役となるような専門的知識と技術を持つ人材をなぜ投入しないのか。
里美も周囲も知識面では把握していないわけではないが、利佳子の能力に敵うほど深い点までは踏み込めないでいた。
…
「あの人、旦那さんと上手く行ってないらしいですよ。だからきっと里美さんを羨ましいんじゃないですか。」
「彼女。結婚してるの?」
「えぇ、でもお子さんをなかなか授からないみたいですよ。早くここの実験対象になって自分の子が欲しいらしいんですけど選ばれないって…以前話してました。」
「そう…該当者になるならなるべく年齢的にもなるべく早い方が良いのは確かだけどね。私もそろそろかしらね…真衣ちゃんも。」
「そうですね。でも私は相手を見つけなきゃですよ。産んだら育てたいですけど、せっかくなら好きな人との子が欲しいですよ。」
里美に嫌味を言ってくるあの彼女も、プライベートな葛藤を抱え、職務ではその現実を見せつけられながら日々を過ごしているのだろう。
彼女の夫婦関係や身体の事情については解り兼ねる。
だが、相手が現に望んでいることを早い段階で叶えてきた事が、他人を傷つけ不快にさせる事もあるのだと里美は学んだ。
「気にしなくて大丈夫ですよ。彼女もいつか里美さん様な日が来ればいずれわかるはずですし。」
「私は大丈夫よ、気にしてなんかないから。」
女性として望むこと、仕事でのキャリア、結婚、子ども、彼女にとって里美は何の不満なく坦々と幸せを獲て来た様に見えるのかもしれない。
しかしそれは他人の勝手な想像であり、里美にとってこの復職前の数年を決して幸せだけの日々ではなかった事をこの組織で知る者は僅かだった。
…
休日、里美は利佳子を呼び出していた。
足のギプスが外れ気分揚々にとは言えないが、熱々のコーヒーと共に貴重な自由時間は日頃の慌ただしい心を癒す。
「率直に言うけど、戻って来てくれないかな。」
「今、何て?どういうこと?」
「利佳子、戻って来ない?私復帰してみて、あんなにあの場所が回ってないなんて思ってなかった。利佳子もきっと今のあの状況を見たら驚くと思う。」
「あのね、私が今学生なの知ってるわよね?それに晴もいる。二年前とは私も状況が違うのよ。」
「分かってる!でも今のあの組織はめちゃくちゃよ。残すべきもの、そうじゃ無いもの、ここ数年の過去のデータを見る限り、作る必要のなかった生命が生まれすぎている。それを決断できる人材がいないの。」
「晴を育てながらの生活もだいぶ落ち着いてきて、今は申し訳ないけど休学するって考えは持てないわ。」
「これじゃあ今後の人類のためと言ったって、この世に産まれてくる生命が可哀想よ。」
利佳子にとって二度目の大学生活も、あと二年を切った。
その後、順調に卒業したとしても初期研修だって始まるのだ。
「じゃあさ、アルバイトならどう?」
「え?それなら…でもすぐには返事できない。少し考えさせてくれないかしら。」
大学での授業も、娘との時間も家庭もどれも全てが大事だ。
何より娘はまだ二歳、利佳子も家へ帰れば一人の母親なのだ。
利佳子は里美と別れた後も、真剣に悩み考えていた。
「どう思う?快人君は私がまた働き出したら迷惑よね?」
「どう言う事?学校の後にバイトでもしたいってこと?」
「里美がね、また一緒に働けないかって。職務内容は家族でも明かせないんだけど、私と里美が抜けた後の数年間、色々と上手く行ってなかったみたいなの。里美が最近仕事復帰したんだけど、それで私に声が掛かったってわけ。」
「なるほどね、利佳ちゃんはどう思うの?」
「私は…晴との時間を作ることも家の事も、出来るだけ頑張りたいと思う。でも、ずっとあの場所で働いてきてそれで今こうやって必要としてくれる人がいて。最初は私も無理って断ったのよ。だけどアルバイトならどうかって…」
「今の利佳にそれが出来る?」
「必要とされた時だけなら…何とかできる気がする。あの仕事は誰でも出来るわけじゃない、本来あの組織の一員になる事だってとても難しいことなの。そこに呼んでもらえるんだもの、必要として求めてくれるなんてありがたい事よ。」
「それなら…利佳にしかできない事ならやりなよ。せっかく必要としてくれてる人たちがいるんだろ?晴ちゃんも、頑張ってるママの存在は嬉しいんじゃないかな。」
後日、利佳子が自分の考えを伝えた際の里美の喜び様といったら、それはまるで子どものような笑顔で溢れていた。
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