第5話 セクハラとパワーショベルの記憶⑤

 そんな憧れの中谷さんだけど、少々忘れっぽいところがある。

 少し前の話だが、朝の楽しみの一つ・・オフィスコーヒーを中谷さんのデスクに持って行った時のことだ。

 私の髪型を見て突然、何にビックリしたのか、

 中谷さんが目を丸くして驚いたことがある。まるで幽霊にでも出会ったような顔だった。

「ごめんなさいっ、係長・・驚かせちゃいました?」

 中谷さんは、白井さんの顔を見上げ、「白井さん。何か、いつもとイメージが違うな」と言った。

 ああ、そうだった。

 私は、普段は髪を結っているのだけど、その時は解いていたのだ。

「ごめんなさい。仕事中は結うようにしているんですけど・・」と説明した。

 それにしても、驚き過ぎだ。

 中谷さんの知ってる誰かとイメージが重なったのだろうか。

 もしかして、奥さん? 

 いや、それ以前に付き合っていた思い出の人が私に似ていた、とか?

 でもそれはそれで何だか嬉しい。


 中谷さんは、少し落ち着きを取り戻すと、、そのスタイルも中々いいよ」と褒めてくれた。

 私は、「今、伸ばしていますから」と笑顔で応え、

「中谷さんが言ったんですよ」と小さく言った。

「俺が?」 

 中谷さんは「俺が何を言ったんだ」と、きょとんとした。少し可愛い顔だ。

「課の親睦を兼ねたカラオケに、みんなで行った時のことですよ。係長が、『女性は、髪が長い方がいい』って、そう私に言ったんですよ」

「そ、そうだったかな・・」

「カラオケでデュエットを唄ったの、憶えてないですか?」

「ああ、それは憶えてるよ」中谷さんは笑った。「俺は音痴だから恥ずかしかった」

「あの後、私の横に座った時ですよ」

 私がそう言うと、中谷さんは記憶を探るような顔でコーヒーを一口飲み、

「いや、デュエットは憶えているが、髪のことは憶えていない」と言った。

「確かに言ってましたよ・・『君なら、長い髪が似合うよ』って・・」

 忘れたのかな? 

 あれから、私、一生懸命伸ばしたのに・・

「もしかして、他の子にも同じことを言っているんじゃないですかぁ?」

 私がそう言うと、

 中谷さんは、頭を振って、「いや、そんなことはない。会社で言ったとしても、おそらく白井さんだけだよ」と優しい笑顔で言った。

 もうっ、中谷課長代理。そんなことを言うから、私、舞い上がっちゃうんですよ。


 そんな私の憧れの上司だけど、

 表情がいつも暗い。

 離婚ししてから、更に暗くなった気がする。

 食事もろくに摂っていないのか、前よりかなり痩せて見える。

 早く結婚しないと、栄養失調で病気になりそう。

 自炊とかしているのかしら?

 離婚されてからは、それまでの豪華な一戸建てを出て、小さなアパートで一人暮らしをしている。

 中谷さんだったら、すぐに良い人が見つかりそうだけど・・でもその相手は絶対に私ではない。


「ねえ、さゆり。中谷さんが離婚したのなら、今がチャンスなんじゃないの?」由美子が唐突に言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る