恋人殺人事件
@chest01
第1話
「わざわざのご足労、すまないな」
「いえ、警部、これも探偵の仕事ですから」
捜査本部が置かれた警察署の応接室に、颯爽と現れた探偵を警部はソファーへと招いた。
鬼塚浩三警部と探偵鮫島たけお──2人は過去数件の事件を共に解決した
「それで今回の事件は?」
「ああ、被害者は会社社長の田辺賢一朗、28歳。現場は、自ら立ち上げた会社の近くにある独り暮らしの邸宅で、頭部を殴打されて死亡していた。死亡推定時刻は22時から0時。第1発見者は朝に来た、通いのお手伝いさんだ。部屋に荒らされた形跡はない」
「凶器は?」
「ガラス製の灰皿で2キロはある。指紋は拭き取られていた」
「結構重いものですね」
「ああ、それで振り抜くような鋭い一撃を加えたんだろう。頭蓋骨がひどく砕けていた。それなりの腕力がないとできない殺し方だ」
鬼塚は力こぶを作る真似をする。
「防犯カメラの映像は」
「ああ、それが社長にしちゃあ無用心なんだが家には1つもなくてね。金はあったんだろうが、被害者の趣味なのか、家は林に囲まれた古民家をリフォームしたようなところなんだ。道は家の前を横切る1本だけ、周りに民家は少ない」
「周囲の防犯カメラなどは」
「右隣のだだっ広い家の敷地にはいくつもあったんだが、数日前に急に引っ越しちまったとかで何も録画されていなかった。現在周辺のコンビニなどのカメラを調査中だ。なので今のところ、犯行時間の前に、現場近くにある彼の会社をあとにした、彼に近しい3名を参考人にしてある」
「現時点での事実上の被疑者、と考えても」
「結構だ」
鮫島の問いに鬼塚は首肯した。
「3人は田辺氏の大学の後輩にあたり、IT関連会社の創立メンバーでもある。かなり親しい関係らしく、3人とも5日ほど前には何かしらの理由で氏の家に上がっている」
「つまり、指紋や毛髪はどこにあってもおかしくないと」
鬼塚は少し困り顔で、そうだ、と答え、
「1人目は神田幸太さん。氏とは高校のテニス部からの長い付き合いで、爽やかな好青年という感じだな。会社でも忠実な部下で、よく飲みに誘われる仲だったらしい。それだけに、事件を知ったときの嘆きようは相当なものだったな」
「2人目は?」
「立野怜子さん。氏の秘書に近い立場で、仕事上のことはすべて把握していたようだ。体格は普通だが何年も武術の道場や格闘技ジムに通う猛者らしい。神田さんとは逆に、事件の話をしていても眉1つ動かさず、冷静沈着という感じで。こう、鉄の女というやつか」
「最後は?」
「片山春香さん。いいとこのお嬢さんらしく、物腰が柔らかで、体つきも小柄で華奢。かよわいイメージだ。だが会社ではナンバー2らしく、最近は経営のやり方で氏と衝突する場面もあったとか」
「なるほど」
「ああ、そうだ、大切な証言と証拠を忘れていた」
「なんです?」
「夜20時過ぎに田辺氏が仕事仲間で同業者の友人と、リモートで簡単な打ち合わせをしたんだ。手短に15分ほど。そこで、これから恋人が来る、と話していた。これは録画などではなく、リアルタイムのやり取りであることがログで確認されている」
「恋人、ですか」
「そうだ。そして鑑識が、ベッドに付着している精液を発見している」
「……」
「順当に考えれば、その恋人と1発ヤッて……いやこりゃ下品な表現だな、すまない。まあ、関係をもってから、何か揉め事でもあって殺人が起こったと」
「いわゆる、痴情のもつれ」
「往々にして、よくある話だ。立野は仕事上、つねに身近に付きっきりだし、片山も交際していたという噂がある」
「犯行にはそれなりの腕力が必要のはずでしたね」
「武術有段者らしい立野の力なら難しくはないだろう。片山の力では無理そうだが、彼女は筋骨隆々でバキバキに鍛えた有名なスポーツインストラクターとも交際していたとの噂もある。そう考えると案外、計画的な犯行だったりしてな。……どう思う?」
鮫島は顎に手をやり、思考を巡らせていた。
1度うつむいて伏し目がちになってから、ゆっくり顔を上げる。
「計画的な犯行なら、灰皿を凶器にするとしても手袋くらいはしていくでしょう。犯人は我慢ならない怒りで、衝動的に灰皿をつかんで殴ってしまった」
「インストラクターの線は薄いか。となると、犯人は」
「今は断言できませんが、もう少し家にある物証と例の証言、周囲の状況証拠を確認してみてください。それが揃えば、この件は私が出る幕はないかもしれません」
少しして犯人が捕まった。
観念していたのか、取り調べには粛々と応じた。
「……はい、私がやりました。動機? ……あの晩、突然別れると言われたんです。今まで会社の人間には上手くごまかして付き合ってきたんですが。私は彼をずっとそばで支えてきて……当然、会社の設立には尽力しましたし、それからの事業を大きくすることにも毎日一生懸命に取り組みました。それも彼を思ってのことだったのに……。その気持ちを冷たく踏みにじられたようで、ついカッとなってしまって。私は彼を、彼のことを……今でも……うう、ううぅ……」
夕日の差し込むファミレスの一角に、鬼塚と鮫島はいた。
「事件、無事に解決したようですね」
「ああ。だが、まさか犯人が神田幸太だとはな」
「推理をするまでもありませんでした。隣人トラブルで設置されていた個人宅の防犯カメラに彼の車が偶然映り込んでいた。その道を通るには、田辺氏の家から左折してまっすぐ進まなければいけない」
「つまり隣家の真ん前を通ることになるわけだ。そっちの道のほうが人目につきにくいが、隣の家が引っ越したばかりで防犯カメラが機能していないことを知らなければ、殺害直後にはとても通る気にはなれないな」
「立野さんも片山さんも、そんなことは知らなかった。神田さんはきっと、あの晩に何気ない会話で知ったのでしょう」
「まあ、決定的な証拠はベッドで見つかった例のアレと、家に落ちてた神田の毛髪のDNAが一致したことだな。鮫島、よくそこに気がつけたな」
「ただの勘ですよ。リモートの動画を見ましたが、恋人とは言っていましたが、1度も彼女とも、女とも言っていなかったので。ニュアンスに違和感があったというか」
「田辺氏と片山さんが付き合っているような噂は、言うなれば神田との関係のカモフラージュだったわけか。あとから確かめた感じじゃあ、立野さんはうすうす彼らの関係に気付いていたようだが」
これも痴情のもつれには違いないか、と鬼塚は言葉を結んだ。
「しかし、人の心の機微は難しいものですね。特に恋愛となるとどうも読みきれない」
そう言って、フルーツたっぷりのトライフルを食べ終えた鮫島はため息をつくと、
「あーあ、せっかくだから私も彼氏作ろっかな」
背もたれにもたれて、大きく伸びをした。
緊張感が切れたのか、
「突然、意外なことを言うもんだな。なら、俺なんてどうだ」
「警部とは仲良いけど、そういうのじゃないんですー」
堅い名前のせいでベテラン刑事のような無骨なイメージを持たれるが、鬼塚はキャリア組でまだ20代だ。
そのうえ、スーツの似合うすらりとした長身で、若手イケメン俳優にも負けないルックスを持つ。
「それに公務員が制服の女子高生といつも一緒にいたら、よからぬ噂を立てられちゃいますよ」
「おいおい、さっきのは軽い冗談だよ」
「ホントですかー? 面白そうだから、警察の人たちに今のこと話してみようかな」
「いや、それだけは、本当に勘弁してくれ」
「じゃあ警部、ここはおごりでお願いします」
「ちょ、おいっ、こんだけ散々パフェだのなんだの、バクバクとたいらげておいて」
鮫島は、あははーと笑いながら席を立つ。
「じゃあ、これからお友達と買い物の約束があるんで。警部、また事件があったら呼んでくださいね」
美少女高校生探偵といわれる
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