第七回「花火」

 夏真っ盛りの日本。各地でイベントが活気づいている。中でもひと際目立つのが、夜空には欠かせない花火だ。


 花火という現象を一言で表すならば「光のショー」だ。人々の心を魅了する幻想的な美しさを持っている。夏の夜空に咲くその輝きは、子どもから大人まで、多くの人々の心に感動を与えている。


 古代、唐の国で軍事目的の狼煙のろしとして生まれた花火は、火薬の用い方も含めて次第に世界中へ技術が広がっていった。日本における花火の最古の記録としては、室町時代の公家の日記にある。文安四年三月二十一日、京の浄華院の境内にて“唐人”が竹で枠を作り、火で薄や桔梗、仙翁花、水車などの形を表現したり、火が縄を伝って行き来するといった芸当、さらに「鼠」と称して火を付けると走り回る小細工、空中を流星のように飛ばす手持ち花火のパフォーマンスが披露されたという。


 この“唐人”の正体は当時の中国大陸を支配していた

 明からやって来た人物。この頃は明国から大量の火薬が貿易で日本に持ち込まれており、ある種の火薬文化が産声を上げたともいえる。それは観賞用の花火と同時に、後の戦国時代に日本で鉄砲が急速に普及した遠因とも考えられる。


 そうして広まっていった火薬から軍事色が薄れるのは江戸時代になって以降のことで、花火を専門に扱う業者は三河国に集中した。これは同地域が徳川幕府によって唯一、火薬の製造・貯蔵を公式に許可されていたためであり「花火といえば三河」の印象が付いた。徳川宗家発祥の地たる三河国でしか認められていなかったのも、なかなか興味深い。火薬は当時の最強兵器である鉄砲に欠かせないもの。幕府は、諸大名が火薬を使って何か行動を起こすことを警戒していたのだろうか。


 戦の無い天下泰平の世、祭りや祝祭で花火が使用され、人々の心を大いに楽しませた。方式や流儀こそ変われど文化は一貫して残り続け、現代では、花火は地域やイベントごとに異なるデザインや形状で披露され、その美しさと迫力はますます進化している。


 平成から令和へと時代が移り変わると、技術の進化によって、花火の演出もさらに洗練されてゆく。数年前では珍しかった音楽との融合も、今では完全にスタンダードと化した。そうでなくは客が納得しないようになったようだ。近い将来、現在にはまだ存在していない斬新な演出や表現方法が定番化しているかもしれない。そう考えると、何だかワクワクしてくる。


 私が思う花火の最大の魅力は一瞬の輝きだ。夜空に打ちあがり爆発的に咲く美しい瞬間は、まさしく時の儚さを象徴している。


 どんな人でも、時間は平等に流れてゆく。


 毎時、毎分、毎秒と流れる時間は、一度過ぎてしまったら戻っては来ず、同じ時間は二つとして存在しない。そう、誰もが唯一無二の、かけがえのない時間の流れの中に生きているのだ。一瞬しか咲かない花火を見ていると、その事実を今一度強く感じることができる。


「今を大切に生きる」


 私は花火から、そんなメッセージを受け取っている。先日盛大に行われた隅田川花火大会では、夜空に上がった多くの輝きに心を奪われた。「同じ種類」の花火玉は存在しても、「同じもの」は二つとない。ひとつひとつが唯一無二の存在であり、輝くのは“一瞬”だけ――。


 そう思うと、花火を見上げる思いも変わってくるだろう。私は今、輝く今を生きているか? 自分に問うてはみるが、いまいち首を縦には振れない。


 高校三年生の夏、私が住んでいた街で大きな花火大会があった。高校生活最後の夏休み、いわば青春の締めくくりということもあって、誰と行くかで本当に悩んでいたのを覚えている。


 本来ならば誰と行くかなんて、些末事に過ぎないのだろう。されども当時の私は日常生活をそっちのけで考えに耽り、悩まなくても良い問題で苦しみ続けた。結局、その夏は誰とも行かず、居候先のマンションのベランダから一人寂しく眺めるという顛末に終わった。「これで良かったのかな?」と自問自答し、友人関係でいざこざを多数抱えていた自分自身が情けなくなり、最後には涙を流してしまったような。


 けれども、そういった過去の記憶も大切な思い出。今でこそ広い視野や柔軟な思考を身に着けてはいるが、当時の私は自分でも嫌になるほど狭量だった。


 現在は悩まない問題も、当時は死にたいくらいに悩んだ。それもまた、あの頃の“一瞬”を彩る要素だったのだと信じたい。そう結論付けなければ、私は前を向くことができないだろう。


 時代と共に花火の意義や形が変わってゆくのも、見る人が次第に大人びてゆくのも、どちらも止まることない時間の流れによるもの。私たちは、その“一瞬”の中にいるのだ。現在、あるいは昨日、それとも明日、瞳に焼き付く美しい花火はどんな印象を残すだろうか。


 さて、私の好きな映画に北野武監督の『HANA-BI』がある。たけしさん演じる老境の男の“生き様”をドラマチックに描く、日本が世界に誇る超大作だ。


 この映画のタイトルの意味についてはここで書くとネタバレになってしまうので敢えて書かないでおくが、やはりその一瞬ごと命を燃やし尽くそうとする生き方の尊さ、そして美しさを端的に表現したネーミングだと思う。


「その一瞬を大切に生きているか?」


 自分自身に深く問いかけながら、人生を歩んでいきたい。幸運なことに、今シーズンの花火大会はまだまだ日本全国で連日のように行われている。機会があれば、読者の諸先輩方にも是非、足を運んで頂きたい。


 冒頭には「夏」と書いたが、花火は決して暑い時期だけのものではない。季節やイベントによって異なる顔を見せるのも、花火の大きな魅力。一方でクリスマスのイルミネーションの代わりとして用いられたりもする。特に大晦日のカウントダウンで打ち上がる花火は、人々の心を爆発的に華やかにさせる。


 どんなものでも一期一会、同じものは二つと無い。花火が一瞬を燃やし尽くすように、現在いまという時間を大切に生きていきたいものだ。

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