真緑高校ミステリー研究会

天西 照実

第1話 春のトイレットミステリー

1 ミステリー研究会への依頼


 木漏れ日の射す校舎に、柔らかな春の風が流れている。

 真緑まみどり高校、北校舎1階。

 静かな廊下の奥に、ミステリー研究会の部室がある。


 一般教室の半分ほどの広さがあり、長机やパイプ椅子を適当に並べている。

 明るい窓際には古いソファーが置かれ、ふたりの女子高生がくつろいでいた。

 緑がかったグレーのブレザーに、深緑のチェックスカート。

 校則も、それほど厳しくない県立高校だ。

 ふたりとも制服は、少々だらしなく着崩している。

 黒髪ストレートヘアの3年生、副部長の青枝あおえだは文庫本を眺めていた。

 黒タイツの細脚を伸ばし、ソファーに寝そべっている。

 その向かいに座る2年生の書記、菅黄すがきはボンヤリと部室内を眺めていた。

 生足に黒ハイソックスの菅黄は、なんと金髪ベリーショートヘアだ。

 ピアスだらけの耳に触りながら、

「青枝先輩。そこの棚、真ん中の本が抜けてますけど」

 と、聞いた。

 文庫本を開いたまま青枝は、壁際の古い本棚に目を向けた。

 様々なミステリー小説の詰められた本棚が、壁一面に並んでいる。

 その中央に、スッポリと歯抜けになった棚があった。

「よく気付いたね。じゃあ、隙間の謎を解いてみて」

 と、言って、青枝は薄い笑みを浮かべた。

「……えーっと。ポーでしたよね、そこにあった本」

「うん」

「図書委員でも来ましたか? 赤井あかい先輩が図書室から借りパクしてた本を、取り上げられた的な」

 菅黄が首を傾げながら答えると、青枝は読んでいた本を閉じ、

「正解。ナイス推理」

 と、言って拍手する。

 パチパチと青枝が拍手する音に、近づいて来る足音が重なった。

 ふたりが目を向けると、ガチャンッと勢いよく部室の扉が開かれた。

 飛び込んで来たのはミステリー研究会の部長、栗色ポニーテールの赤井だ。

「ミステリー研究会に調査依頼よ!」

 長机に通学鞄を下ろすと、赤井は菅黄の隣に元気よく腰掛けた。

 寝そべっていた青枝は身を起こしながら、

「依頼? 誰から?」

 と、聞く。

「この学校の近くに、真緑市まみどりしの市民体育館があるでしょ? うちの伯母さんが、そこの事務員をやってるの」

 黒タイツの膝をポンポン叩きながら、赤井は楽しげに言う。

 青枝と菅黄は、のんびりと首を傾げた。

「市民体育館が、何を調査してほしいってんですか」

 と、菅黄が聞くと、赤井は身を乗り出し、

「トイレが詰まるんだって!」

 明るい声で言った。

「……」

「……」

 菅黄はポカンと口を開け、青枝は吐き出しかけた溜め息を吸い込んだ。

「トイレ掃除なんか引き受けて来たんじゃないでしょうね」

 と、言って、青枝が眉を寄せる。

 赤井も真似して眉を寄せ、

「そんなの頼まれたって断るよ」

 と、即答した。

「うちは下水の仕組み研究会じゃないのよ」

「トイレのトラブル解消屋でもないですよ」

 ふたりに言われ、意気込んでいた赤井は、やっと落ち着いた様子で息をついた。

「わかってるってば。とにかく聞いてよ」

「はいはい」

「市民体育館も古いから、元々あったトイレが時々詰まってたんだって。それで最近、別の場所に新しいトイレが新設されて……」

 そこまで話すと、赤井は思い出したように立ち上がった。

 本棚から『活動記録』と書かれた1冊のノートを持ち出し、菅黄の前に置く。

「書記。書いて書いて」

「……はーい」

 と、書記の菅黄は渋々ペンをとる。

「そう言えば、少し前までトンカン聞こえてたね。市民体育館の、トイレの新設工事だったんだ」

 と、青枝が言った。

「地下設備から新設したから、けっこう大掛かりだったらしいよ」

 頷きながら、赤井が答える。

「それでうちらに依頼って、新設しても詰まりが解消しなかったってこと?」

「そうなのよ。水を流しまくったら流れてったらしいけど。新しいトイレも詰まりそうな気配なんだって」

 意外に達筆な菅黄は『トイレの新設後も詰まりの気配』と、ノートに書き込んだ。

 ウサギ柄のボールペンを揺らしながら、菅黄は、

「原因不明なんですか?」

 と、首を傾げっぱなしで聞いた。

「体育館の職員さんたちは、設備じゃなくて人為的な原因があるんじゃないかって言ってるみたい」

「運動で快腸になって、便秘をたっぷり解消してる人がいるとか?」

「そのくらいは許容範囲なんじゃないの? わざと詰まらせてる可能性ってことよ」

 真面目に話す青枝と赤井に、菅黄は小さく咳払いし、

「うちらに依頼する理由がわからないですけど?」

 と、聞いた。

「もし、もっと深い下水なんかが原因なら、近所にあるこの学校でも詰まりやすいはず。それで伯母さんに聞かれたのよ。学校のトイレ詰まるかって。でも、うちの学校に詰まりやすいトイレはないでしょ? だからミステリー研究会が、ボランティアで調べてみるって言ったの」

「あ。名乗り出たのね」

 合点のいった青枝と菅黄は、揃って溜め息を吐き出した。

「なによぅ。トイレにはお世話になってるでしょ? どこのトイレだって大事よ?」

 口を尖らせる赤井に、

「確かにトイレは大事よ」

「お世話にならない日は無いですけどね」

 と、青枝と菅黄は渋々頷いた。

「でしょ? もっと詳しい話を聞こうと思って、伯母さんと待ち合わせしてるの。さあ、出張調査に出かけるよ!」

 ひとり意気揚々と立ち上がり、赤井はすぐに通学鞄を肩にかけた。

「えっ、出かけるの? 今から?」

「たまには身近なミステリーにも触れあいましょ。ほら、早く早く」

「トイレの詰まりがミステリーですか?」

「ミステリーの定義とは……」

 赤井に急かされ、菅黄と青枝もぶつぶつ言いながら通学鞄を持つ。

「きっと、トイレに謎が詰まってるのよ!」

「あ、ちょっと面白いです」


 こうして、ミステリー研究会の3人は謎の解明に動き出した。

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