第18話

 三人で部屋を出て大講堂へと向かう。

 私は部屋に木刀を置いてきたが、ジェーンは木刀を持ったまま大講堂へと向かっている。


「あなたは一度部屋に戻って木刀を置いてくるべきでは? 木刀を持って歩く淑女など聞いたことがありませんよ」


 ここぞとばかりにナッシュがジェーンに言い放った。

 しかしジェーンにナッシュの言葉に従う気はないらしく、木刀を握りしめたまま歩き続けている。


「ほら、他の生徒たちに奇異の目で見られていますよ」


「だから何だと言うのですか」


「部屋に木刀を置いてくるべきだと言っているのです」


「フン。その間に抜け駆けしようとしているのが見え見えですよ。誰が行くものですか!」


 相変わらずナッシュとジェーンは私を真ん中に挟んで火花を散らし合っている。

 高校生とはこういうものだっただろうか。

 もう少し同級生と仲の良いフリが出来ていたような気もするが……いや、変に仲の良いフリをされるよりも、いっそこっちの方が清々しいかもしれない。


 ……この争いに付き合おうとは思わないけれど。


「私は一人で大講堂へ行くわ。喧嘩をするのは勝手だけど、私をあなたたちの喧嘩に巻き込まないでちょうだい」


「申し訳ございません、お嬢様!」


「喧嘩してごめんなさい、ローズ様。お隣にいさせてください!」


 二人とも、潔いほどの変わり身の早さだ。

 ナッシュの暴走とジェーンの王子×ローズ過激派思想さえなければ、息がピッタリな友人同士になれていただろうに。


「私の傍にいたいのなら、喧嘩はしないでちょうだい」


 私は大きな溜息をついた。


「承知いたしました」


「分かりました」


 これでとりあえずは喧嘩をしないでくれるだろう。

 ……いつまで続くかは分からないけれど。


 私たちが再び大講堂へ向かっているのは、これから学園で活動している部活動の紹介が始まるからだ。

 新入生たちは部活動紹介を見て、気になった部活動の見学に行き、仮入部期間に部活動体験をし、所属する部活動を決める。

 なおこの学園では帰宅部も認められているが、ほとんどの生徒が部活動に所属している。


 原作ゲームでは、入る部活動によって仲良くなる攻略対象が変わるため、誰を攻略するかで部活動を決めていた。


「ローズ様はどういった種類の部活に入るつもりなのですか?」


 ジェーンが楽しそうに聞いてきた。

 横でナッシュも耳を澄ませているようだ。


「もしご迷惑でなかったら、ローズ様の入る部活に私も入りたいです」


「そうねぇ」


 どの部活動に入りたい、か。


 ゲームでは、部活動は攻略対象との親愛度を高めるために入るものだったから、自分の希望など関係が無かった。

 それに『私』は高校時代、アルバイトに明け暮れていたから、帰宅部だった。

部活動、ねえ。


「まだ候補すら決めていないわ。それに大講堂に行く目的は、部活動紹介ではなく委員会紹介が見たいからなの」


「委員会紹介……! ということは、つまり!」


 察しの良いジェーンが目を輝かせ始めた。


「ご想像の通りよ」


 この後の大講堂での説明会で、部活動紹介のついで扱いをされているのが、委員会紹介だ。

 部活動紹介のように剣を振って見せたり、歌ってみせたりの実演が無いから、注目度が低い。

 それに部活動紹介のようにこの後見学に行くことも出来ないので、本当に紹介だけだ。

 だから委員会紹介を目的に大講堂へ行く生徒はほとんどいない。


 しかし私の主な目的は、委員会紹介の方だ。


 委員会紹介では、生徒会の会長であるエドアルド王子が演説をするのだ。

 私は今夜『死よりの者』と対面しなければならないから、推しを見て少しでも鋭気を養っておきたい。

 そう思ったため大講堂へ向かっている。


 『死よりの者』を退治するのはウェンディの仕事だけど、『死よりの者』と同じ場所にいるだけでも、殺されないように気を張って疲弊してしまう気がする。

 それに考えたくはないけど、もし被害者を救うのが間に合わなかった場合、死体とも対面しなければならない。

 SAN値が削られることは間違いないだろう。


「王子殿下、その麗しいお姿でどうか私の心に活力をください」


 祈るように独り言を呟くと、私の独り言を聞いたジェーンが隣でガッツポーズをしていた。



   *   *   *



 青春そのものと言ってもいい華やかな部活動紹介が終わると、ついに生徒会の説明になった。

 舞台の上に優雅な歩みでエドアルド王子が登場すると、どこからともなく黄色い声が上がった。

 気持ちはよく分かる。


「みんなありがとう。これから生徒会の説明をするから行儀良く聞いてほしいな」


 王子は慣れた様子で生徒たちを鎮めると、生徒会の紹介を始めた。


「生徒会の仕事は多岐に渡るが、主に生徒たちが円滑な学園生活を送るためのサポートをしていると思ってほしい。校内活動のための予算を算出したり、校内の備品の買い替えを検討したり、それに生徒たちが立ち入る場所の鍵を管理することも生徒会の大切な仕事だ」


 王子はその生徒会の大切な仕事として管理している鍵を私的に使用しようとしていたけれど。


「僕は生徒会長として、生徒みんなの意見を取り入れて学園をより良いものにしていきたいと思っている。学園に対する意見や要望は、生徒会室の入り口に設置されている私書箱に投函してほしい。内容を生徒会のメンバーで検討し、有用な意見の場合は教師陣に掛け合うことになっている。生徒会と言うと偉そうなイメージを持つ者もいると思うが、実際の仕事は地味なものが多い。あくまでサポート役だからね」


 そう言って王子がウインクをすると、大講堂内の数人が倒れた気配がした。

 王子の演説はアイドルのライブのようなものなのだろうか。


「このように生徒会の仕事は地味ではあるが、しかしとても大切な仕事だ。僕たちと一緒に学園を善き方へ導きたいという志の高いメンバーを、生徒会は待っている」


 最後にそう締めくくって、生徒会の紹介は終わった。



   *   *   *



「英気、養ったわ」


「やっぱり素敵ですよね、エドアルド王子殿下は! ローズ様とお似合いです!」


 王子の演説を思い出しているのだろうジェーンは、うっとりしている。

 正直大したことは言っていなかったが、王子の地位と、最強の顔面と、甘い声を併せ持った人間は、存在だけで他人を魅了することが出来る。

 まんまと魅了された私が言うのだから間違いない。


「ところでお嬢様。興味を持たれた部活動はございましたか?」


「部活! そうでした。この後、部活の見学に行きますよね!? どこの部活を見に行くのですか!?」


 大講堂へ行く前にも言っていたが、ジェーンは本当に私と同じ部活動に入るつもりなのだろうか。


 ……だとしたら申し訳ないが、私は部活動をするつもりはない。

 その分の時間を使って『死よりの者』と戦う準備をしなければならないから。


 実際に戦うのはウェンディだから、私は現場にウェンディを連れて行くだけだが、それにも準備が必要……と考えたところで、嫌なことに思い至ってしまった。


「私が時間稼ぎをする……の?」


 『死よりの者』の退治はウェンディに任せるからと安心していたが、聖力を発動させるには時間がかかる。

 ゲームではそのときウェンディと一緒にいる攻略対象が時間稼ぎを行なっていたが、予定よりも早く『死よりの者』に接触するとなると、攻略対象はその場にいない可能性が高い。


 今夜もたぶんいない。


 そうなると必然的に私が、ウェンディが聖力を発動させるまでの時間稼ぎをしなければならなくなる。

 ローズは魔力量が多いから魔法で時間稼ぎをするのが手っ取り早いだろうが、今の私は魔法の使い方を知らない。

 それにいくら多いとは言っても魔力には限りがあったはずだ。

 魔法の使い方は優先的に学ぶとして、今後魔力を使い切ったときのために、ある程度は物理攻撃や護身術も学んでおいた方がいいかもしれない。

 それなら。


「私は剣術部へ行くわ」


「剣術部ですか!?」


 ジェーンとナッシュが同時に驚いた声を上げた。

 そんなに意外だろうか……意外だろうな。私だってローズが剣を振るう姿なんて想像が出来ない。


「さっきの部活紹介で興味が湧いたの」


 大嘘だ。

 剣術部の紹介なんてろくに聞いていなかった。


「そうなのですか? 確かに一部の男子生徒は目を輝かせていましたが……」


「私も目を輝かせたクチなのよ」


 いまいち納得していない様子のジェーンとナッシュを置いて歩き出すと、二人とも急いでついてきた。


 そういえば、剣術部の見学へ行くと、同じく見学に来ていたルドガーに会うことが出来るはずだ。

 彼とはまだ話すらしていない。ここらで一度接触しておくのもいいだろう。




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