第17話

「あなたは勉強が得意なのよね?」


 前にジェーンは自分でそう言っていた。

 同時に、勉強は誰でも時間をかければ出来るようになるものだとも言っていたが、そんなことはないと私は思う。

 それも特進科クラスに入れるほど勉強の出来る人は滅多にいないだろう。


「勉強が出来ると言っても、私は他人より少し記憶力が良いだけです。自頭が良いかと問われると……」


「あなたの控えめなところは美徳だと思うけれど、もっと主張もした方がいいわ」


 謙遜はときに必要だが、謙遜ばかりでは舐められてしまう。

 証拠は元いた世界の『私』だ。

 私は強く主張をする人たちに、自分の成果を取られ続けた。

 あの世界の私は、もっと自己主張をするべきだった。


「ジェーン。私はあなたの知識を当てにしているのだから、自信を持ってくれないと困るわ」


「恐縮です」


 私の言葉を聞いたジェーンは、なおも恐縮するばかりだった。

 ……これは、仕方のないことなのだろう。

 人間はそう簡単には変われない。

 この短い会話のやりとりだけで性格を変えられるわけがないのだ。


 それなら。

 徐々に自信を付けてあげればいいだけだ。


「あなたの知識が必要なの」


「私の……何の知識がご入用ですか?」


「聖力について。あなたなら、今日の授業よりももっと詳しい知識を持っているのでしょう?」


「聖力、ですか」


 ジェーンは少し間を置いてから、すらすらと話し始めた。


「聖力は未知の部分が多い力です。魔力に関しては遺伝によって魔力量の多い少ないが決まることがほとんどですが、聖力は聖力を持たない家系の子が、突然変異のように聖力を持って生まれてくることがほとんどです。ウェンディさんもそうなのでしょう。だからウェンディさんは周りから聖力についての知識を教えられずに育ったのだと推測されます。先祖に聖女がいたのなら、力を使った瞬間にそれが聖力だと周りの誰かが気付くはずですから」


 原作ゲームでの知識だが、ウェンディは村に来ていた学園の関係者に、枯れている花を再生させるところを偶然目撃されて、学園に入学することになった。

 村人の中にはウェンディの力を知っている者もいたが、ただの魔法だと思っているようだった。


「聖力を持つ人間は『聖女』と呼ばれます。これまでの歴史で、聖力を持っているのが全員女性だったために『聖女』なのでしょう。そして先生は噂と仰いましたが、聖力で死人を蘇らせたという文献はいくつもあります。私はこれを本当のことだと思っています。その力を目撃したからこそ、民衆は聖女を崇め奉ったのでしょう」


「文献まであるのに、どうして噂扱いになっているのかしら」


「きっと聖女が百年に一人しか生まれないせいでしょう。現に父の時代にも祖父の時代にも聖女はいませんでした。実際に聖女の力を見た者が子孫に語り継げるほど頻繁に聖女は現れないのです。そして今ウェンディさんが聖女ということは、次の聖女が現れるのは私たちが死んでからずいぶん経つ頃でしょう」


 なるほど。

 生き証人がいないから、聖女の能力は眉唾な噂扱いになっているということか。


 今なら記録魔法があるから聖力を記録することも可能だが、きっとウェンディの前の聖女のときは記録魔法が発達しておらず、文献しか残っていないため、信憑性が低いのだろう。


「大病人を完治させたり死人を蘇らせるなんて奇跡のような力だものね。実際に見た人がいないと信じられないのも無理はないわ。そしてそれが本当なら聖女が救世主と呼ばれるのも頷けるわね」


 これにジェーンは微妙な顔をした。


「過去の文献を読むに、民衆は聖女の誕生を喜び、どの時代でも必ず崇め奉っていたようです。ですが……大きな声では言えませんが、自然の摂理に逆らうのは正しいことなのか、私は考えてしまうのです。人間には越えてはいけないラインがあるのではないか、と」


「頭の良い人が抱きそうな考えね」


 「聖女には死者を蘇らせる力がある」と聞いたら、「聖女がいるから死んでも生き返れるぞやったー!」と考える人の方が多数派だろう。

 死を克服することが人間の越えていいラインかどうかなど、少なくとも私は悩まない。

 もし母親が生き返るなら、ジェーンの言う倫理の問題などどうでもいい。

 ……母親はここではない『私』が元いた世界で亡くなっているから、聖女の恩恵を受けられるわけもないけれど。


「本当にただの噂かもしれませんけどね。小さな火傷を治しただけなのに、噂に尾ひれが付くうちに死者を蘇らせたという話にすり替わった可能性もあります」


「そうね、噂って怖いものね」


 そのとき、ドアをノックする音が響いた。


「お嬢様。武器を持ってまいりました」


「入って」


 私に入室の許可を与えられたナッシュはドアを開け、部屋の中にいるジェーンを見て眉間にしわを寄せた。

 ナッシュが何事も無かったかのように鍵の掛かったドアを開けた様子を見たジェーンも、眉間にしわを寄せていた。


「朝も思っていたのですが、どうしてあなたがローズ様の部屋の鍵を持っているのですか!?」


「あなたには関係の無いことです」


「大アリです! このことがエドアルド王子殿下の耳に入ったらどうするのですか! あらぬ誤解を生んでしまいますよ!」


「誤解を解く自信がありますので心配無用です。それに、やはりあなたには関係ありませんよね?」


「関係あるのです!」


 私は喧嘩中の猫を引き離す要領で、二人の間に割って入った。


「顔を合わせるたびに喧嘩をしないでちょうだい」


「ですが、お嬢様」


「だって、ローズ様」


 二人が同時に口を開いた。

 仲が悪いのに息はピッタリだ。


「……二人とも、私を困らせたいのかしら」


「そんなことはございません」


「そんなわけはありません」


 また息ピッタリだ。

 これでどうして仲良く出来ないのだろう。


「……まあいいわ。それにしてもナッシュ、早かったわね」


 早々に二人を仲良くさせる努力を放棄した私は、ナッシュの持ってきた武器に目をやった。


「お嬢様がお急ぎのようでしたので。こちらがご希望のものです」


 ナッシュは私に二本の木刀を手渡した。

 何気に木刀を持ったのは初めてだが、想像していたよりも重い。

これで打たれたら相当痛いだろう。


「どこで手に入れたの?」


 木刀を受け取りながら聞く。

 見た感じこの木刀は新品ではなさそうだ。


「修練場です。練習用の木刀が余っているようなので借りてまいりました。本当なら新品を用意したかったのですが、すぐに用意するのは困難でしたので」


「……まさか、勝手に拝借したわけではないわよね?」


「もちろんです。お嬢様が盗人扱いされては困りますから。きちんと正規の手続きを踏んで借りたものでございます」


 それなら問題は無いだろう。

 私自身は木刀が新品であろうと中古品であろうとどちらでもいい。

 ただ、勝手に盗んだのであれば学園内でローズの立場が悪くなると思っただけだ。


「よくやったわ。ありがとう」


 恭しくお辞儀をするナッシュに声をかけながら、木刀の一本をジェーンに手渡す。


「いざというときは、これで身を守ってちょうだい」


「ありがとうございます。あなたも……ありがとうございます」


 私にお礼を言ったジェーンは、そのままナッシュにも礼を述べた。


「お気になさらず。お嬢様のご命令で、お嬢様のついでに、仕方なく、持ってきただけですので」


「木刀のついでに素敵な嫌味までくださって、本当にありがとうございます」


 ナッシュとジェーンは互いに睨み合ってから、形式的に頭を下げた。

 頭を下げている二人の口から舌打ちが聞こえたような気がしたが……きっと気のせいだろう。


 うん、きっと気のせいだ!

 もう気のせいってことでいいや!





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