第2話 ユーリの実力
「なんで私を連れて来たんですか…」
「いいだろ別に減るもんじゃないんだから。なあ、負けた方が勝った方の言うことを聞くって言うのはどうだ?」
不満げにボヤくナギを宥めながら、男たちに提案をした。
ダンジョン配信をする前に自己紹介動画として『ベテラン探索者パーティを壊滅させてみた』を投稿する予定だ。
配信ではなく動画なので、いい感じのオチを用意しておきたい。
「いいぜ。お前が負けたらそうだな…全裸で土下座でもしてもらおうか?」
「構わない。逆にお前らが負けたら配信に必要な道具全部貰うからな」
配信に必要な道具を揃えるにはそれなりに金が必要だ。高校時代にバイトして稼いだ金はあるにはあるが、節約できるならそれに越したことはない。
「ははっ、いいぜ。どうせお前は負けるんだからな!」
「ふん、それはどうかな」
鼻を鳴らして対抗してみるが、今の俺がそれをしたところで若者の去勢にしかならない。
「ぎゃはははは!こいつめちゃくちゃ威勢張ってるぜ!」
だがそれが男たちのツボになったらしく、辺りが笑いに包まれた。
気づけばギャラリーも増えていた。平凡な探索者はもちろん、ギルドの補佐官らしき人物や、他の奴らとはとはレベルが違う本物のベテラン探索者もちらほらいる。
話題作りには困らないような見事な大所帯となっていた。
「おい、そろそろ始めようじゃねぇか?」
男たちはしびれを切らしたのか、急かすように言ってきた。俺もそろそろ始めようと思っていたところなのでその提案に乗ることにした。
「あ、ちょっと待て。なあナギ、この勝負お前のダンジョンカメラで撮影してくれないか?動画にしたいんだ」
「なんで私がそんなことを…」
「いいから、な?」
そう言うと、ナギは渋々自身の荷物の中からカメラを取り出した。
自動追尾型ダンジョンカメラ。
値段にもよるが、視聴者に受けやすい映像を自動で撮影して配信してくれる。
ダンジョン内であればコメントを脳内に直接送り出すという実に有能なダンジョン配信アイテムだ。
まあその分高いので、高性能なものほど普通の探索者では買えないのだが。
「武器はいいのか?」
「素手で十分だ」
「ムカつく野郎だ…!てめぇら、こいつぶっ殺すぞ!」
「「「おう!!」」」
リーダーのかけ声と同時に、男たちは一斉に襲いかかってきた。
ある者は剣を、ある者は槍を。またある者は魔法を使って攻撃してきた。
だがその全ては、この18年間をダンジョン配信でバズるために鍛えてきた俺にとっては大したことのないものだった。
「遅いな?」
それらの攻撃を軽々と避けつつ、カメラにしっかり映っているかを度々確認する。
ベテラン探索者4人からの攻撃を特に苦労なく避け続ける捜索者希望の少年。
この絵面はさぞ視聴者の興味を引くことだろう。いい場面があればサムネイルにも使ってしまおう。
そう思いながら、相手パーティで唯一魔法を撃ってくる奴との距離を詰めて、握りしめた拳で顎から殴りあげた。
「ヴォッ!」
「くそっ、ブオウがやられた!」
悲鳴にもならないような声を上げて、魔法使いはぶっ飛んだ。鍛えただけあって素手でもかなり行けるなと思いつつ、一旦奴らとの距離を取った。
「なんだ、逃げ腰かガキ!」
「違う、撮れ高考えてんだよ。お前らをどう調理すれば面白い動画になるかな」
このセリフは後でカットだな、と思いながら、俺は端から見ているナギが持っている長剣に目をつけた。
剣技で魅せればいい撮れ高になるか?
前世ではそれなりに使った武器の1つだ。多少は鈍っているだろうが扱えないほどではないだろう。
「ナギ!こいつを借りるぞ!」
「あ、ちょっと…」
ボーッと観戦していたナギから剣を奪い取り鞘から抜いた。大した傷はついておらず、まだ新しいものに感じた。
「返してください!それは私の友人の物なんです!」
「この剣が、お前の友人を見殺しにした相手に一矢報いるとしたら、お前はどうする?」
「え?」
「このまま友人の死を引きずってたら、死んでまでしてお前を助けた友人があまりにも報われないぞ?お前はそれでいいのか?」
奴らは、ナギに過酷な運命を背負わせた。その友人と共に死んでいられたら、どれだけ幸せだっただろうか。
そう思ってしまうほどに、残された側というのは辛いのだ。しかもナギは年端も行かない少女だ。
こんな若い子供にそれを背負わせたあいつらは、あまりにも趣味が悪い。
だからここでナギの意思を聞く。彼女がこのままでいいというなら、俺は剣を返して素手であいつらを制圧する。
ただもし、ナギが一歩踏み出すことができたなら、俺の動画の1つの撮れ高になる。
「あなたの言葉を信じたわけじゃない…でも、私はあの子の死を受け入れて、前に進みます」
「ふん」
ここもカットだな。
彼女の言葉に鼻を鳴らして答えると、鞘から刀身を剥き出しにして、奴らの元に戻り槍を使う男の脳天を蹴り上げた。
「ごあっ!?」
剣を振られるのだと勘違いした槍使いは咄嗟にガードをして大きな隙を見せたので、迷わず脳天に攻撃した。
戦闘において決めつけは最大の敵である。剣を持ったからといって剣で戦うわけではないのだ。
「おらよっと」
その流れで拳闘士にボディブローを叩き込んだ。剣は女性用だったのか非常に軽く、重量に引っ張られない戦い方ができた。
そうこうしているうちに、相手はあと1人だ。他のメンバーは泡を吹いて倒れており、再起不能状態だ。
「お前に1つ助言してやるよ」
「じょ、助言だと…!?」
「ああ。ナギをパーティに入れようとしたのは、お前らのダンジョン配信の伸びが悪かったからだろ?だから助言だ」
男は剣を構えて、生唾を飲みながらこちらの様子を伺ってくる。
「片腕縛りでダンジョン攻略、とかどうだ?」
「っ!」
俺の言葉に何を察したか男は剣を捨てて背中を向けて逃げ出した。
「おい逃げんなって、これ動画にするからあんたの醜態が視聴者のみんなに見られるぞ?」
「や、やめてくれ!」
途中で足に力が入らなくなったのか、尻餅をついて後ずさるようにして涙目で懇願してきた。
だが残念、泣いているのはただのおじさんだ。美少女ではない。
「はあっ!」
本気で腕を切り落とそうとしたその瞬間、俺の視線は奴の薬指に移った。
「ひっ!」
俺は奴の腕を切り落とすギリギリのところで攻撃を止めた。こいつに戦闘の意思はないし、これ以上攻撃するのはなんだか気分が悪かった。
「お前にも家族とかいるんだろ?」
婚約指輪だ。こいつには、帰りを待っている人間がいる。
男は怯えたまま黙り込んでいる。
「家族の為なら他人の未来だって蹴落とせる。その気持ちはよく分かるが、お前があの子の未来を汚す理由にはならないんだぞ?」
「…んなこと分かってる」
「だったらやることは1つだよな」
「え?いででででででで!!」
俺は男の首根っこを捕まえて、ナギがいる場所まで引っ張った。
「ほれ、言うことあんだろ」
「…っ!君の友人を見殺しにして、すまなかった…」
男は涙を流しながらナギに膝をついた。
ナギは俺の言葉を信じていないとは言いつつ、その事実を聞かされても大したリアクションは見せないでいた。
でも、先ほどよりも気力を感じる顔つきに変わった気がする。
「あなた方が助けてくれなかったら、私の命はありませんでしたし、責めることはしません。ですがどうか、あの子の死を弔ってあげてください」
「本当に、すまなかった…」
これでめでたくハッピーエンド。
そう思ったが、これって自己紹介動画としてはクソなのでは?
撮れ高目当てでこのおっさんの腕を切り飛ばそうと考えていたというのに、指輪なんかつけてたから変に同情してしまった。
「自己紹介動画は別で撮るか…」
とりあえず勝負の約束としては、こいつらの配信道具を貰うことになっている。
今のところはそれでいいかと思いつつ、俺は今後のことについて思案した。
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