シーオブスターズ

SACK

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「ほら、チエコ、座布団出して!」


おじいちゃんが亡くなってしまった。

決して口数が多い人ではなかったがおばあちゃんとは夫婦円満、私が幼い頃から暖かく見守ってくれて、就職の為上京した後も食べ物に困ってないか、体調を崩していないか、慣れないはずのスマホのメールで伺ってくれていた。

私はというと、社会人になってからは一年に一度帰省できたらいい方で、忙しさにかまけて二年空く時も、それ以上の時もあった。

もっと会っておけばよかったな…

なんて今更思ってどうにかなる話ではないが。

久々におじいちゃんの家に来ていることだし、悲しみはもちろん幼い頃の思い出などいろんな感情に浸りたかったのだが…

「座布団出した?じゃあ次麦茶作っておいて!その後お寿司出前の注文よろしくね」

田舎恒例、怒涛の葬式準備。

亡くなるまで知らなかったのだが、どうやらおじいちゃんは人望が厚く、地元ではなかなかな有名人だったらしい。

そのため通夜に参列する人数も膨大で、葬儀後の会食の手配や会葬御礼の準備など目が回るような忙しさだ。

久しぶりに家族や親戚が集まり、おばあちゃん指示のもと皆んなが準備に勤しんだ。


7月の湿度の高い風が首元を撫でる。

冷房は一応ついてるが、玄関や勝手口のドアが空いているためあまり涼しさは感じられず額から汗が垂れてきた。

「おばあちゃん、寂しいはずなのにテキパキすごいね」

団扇を仰ぎながらそう冷静に呟くのは三つ上の姉だ。

「頑張ってるだけかもしれないけど、おばあちゃんが元気そうで安心したよ」

「この後が心配だよね。私はちょこちょこ孫の顔見せにきてるけどさ、あんたも盆と正月くらい帰ってきなよ」

「そうだね。おじいちゃん死んじゃって、それマジで思った」

姉には三歳の子供がいる。実家を出ているが隣の市に住んでる為、私よりも実家に帰っている頻度は高い。その都度おじいちゃんとも会っていたようだ。

「チエコが仕事忙しいのも分かるけどさ。ぶっちゃけお父さんお母さんだっていつまでも生きられるわけではないんだし。…あ、こら!走ったらダメって言ってるでしょ!」

話し込んでいた私たちに構ってもらえず退屈になったのか、甥が会食用に準備した和室の畳で走り始めた。

終始こんな状態で姉は積極的に手伝えない為、その分私がコキを使われている。

私が帰省しない理由は正直仕事が忙しいだけじゃなかった。

あと少しで三十路を迎えるというのに結婚の予定もない私は、家族や親戚と会うとなると「早く結婚しろ」→「相手はいるのか」→「だれだれさんの息子が同じ歳だから会ってみないか」…のお決まりパターン。

今は仕事が楽しいし、結婚願望なんてない。

田舎じゃみんな二十代前半で結婚してるけど、こっちは同僚全員独身だっつーの。

走り回る甥を追いかける姉を見て、心の中で毒づいた。


通夜が終わり会食も無事執り行われた。

あんなに大量にあった瓶ビールもほとんど空になっている。

心身共に疲弊してるであろうおばあちゃんには先に休んでもらい、後片付けは比較的若い者で行った。一度も会ったことないような親戚とも協力したお陰で思ったより早く終わり、あとは翌日寿司桶を回収しにきてもらうだけだ。

「あんたたちはお父さんと家戻っていいよ。お母さんはおばあちゃん心配だから今日は泊まるわ」

一人になってしまったおばあちゃんを独りにしないよう母は、娘として家に残るようだった。

同じ立場だったら私もそうするだろう。

すっかり眠ってしまった甥を大切に抱える姉と私は、父の運転する車でおじいちゃんの家を後にした。


よくもまぁこんなにも暗い道を車で走れるな、と感心するくらい田舎の道は暗い。どこに行っても明るい都内の道とは大違いだ。

家に着き車を降りると、海の音が聞こえた。家から100メートルほど歩くと海が広がっている。

海水浴場ではない為派手に遊ぶことはできないが、小さい頃からそこで水遊びするのが好きだった。

私って、贅沢な環境で育ったんだな…

自然とかけ離れた生活を送る今だからこそ分かる、自然の素晴らしさ。

山もあるし海もある。

久しぶりに聞く波の音と、都内では絶対に見れないような星空を見上げ、慣れない作業で自分も疲れていることに気づく。

明日晴れたら行ってみよう。

父と姉に先を越され、私も慌てて家に入った。


一人暮らしの私の普段の休日は基本昼まで寝ているのだが、実家ということもあり早朝に起こされた。

母はまだおばあちゃんのところにいる為、父が台所に立ち朝食を作ってくれている。

トーストと、炒めたキャベツの千切りの中に目玉焼きが落としてある。昔から父がよく作ってくれていた朝食の定番メニューだ。

毎日コンビニやスーパーの惣菜にばかりお世話になっている私には、手作りのものは例え簡単なものでも全てが心に沁みる。

「うまっ」

「パンもまだ焼けばあるからな」

「サンキュ」

有難いもので、もうアラサーの私に対しても親はいつだって親だ。

職場では後輩が増え、仕事も責任のある立場を任される立場が多くなってきて毎日緊張感のある生活を送っていた分、娘、として存在しているこの空間が少し照れ臭くもあり心地がいい。

2枚目のトーストに手をかけた時、玄関のドアが開く音がした。

「ただいまー。慎ちゃんきたよー」

母の声と「お邪魔しまーす」という男の人の声。母は慎ちゃんと言っていたが誰だろう。

キャベツを口に放り込みながら考えていると、リビングに母と慎ちゃんとやらが入ってきた。

こんがり焼けたトーストがぽとりと手から落ちた。

「チエコ、慎ちゃん!覚えてる?」

「慎ちゃん…?」

「あのちっちゃかった慎太郎だよ!おじさんとこの」

慎太郎と聞いてやっと思い出した。

母の弟は一度結婚に失敗し、その後再び結婚した相手には私より三歳下の連れ子が居た。それが慎太郎だ。

当時住んでいる家も近く、一緒に旅行に行ったり公園に行ったりしていた記憶がある。

今となっては三歳なんて歳の差は僅差に感じるが、幼い頃の…しかも男女の三歳差は大きい。

姉の影響もあり小さい頃からませていた私は、自分だって十分子供のくせに、三歳下の慎太郎をだいぶ子供扱いしていたっけ…。

「チエちゃん、久しぶりだね」

少し長めの髪はパーマが掛かっていて、シルバーのアクセサリーが小麦色に焼けた肌に映えている。Tシャツに短パンというラフな格好だが背も高く体格もいい慎太郎にこれ以上なく似合っていた。

「でかくなったね…」

慎太郎の成長に思わず呆然として、あまりうまく言葉が出て来ない。

「そりゃあね。だって15年振りくらいだよ。元気だった?」

「まぁまぁかな」

女子の15年と言う月日が生む外見の変化もすごいが、男子もすごいものだ。幼い頃の可愛さはどこへやら。当時ギリギリ同じくらいだった身長も、当然だが今は比べるまでもない。

「慎も昨日の今日で大変だったな」

とっくに朝食を食べ終えている父が髭を剃りながら言う。どうやら慎太郎は海外出張の最中、訃報を聞き急いで戻ってきたらしい。飛行機の関係で昨日の葬儀には参加できなかったが、今朝線香をあげてきたようだ。

「海外まで出張ってすごいね。どこまで行ってたの?てか何の仕事してるの?店はこの辺り?」

久しぶりの再会で、質問ばかり浮かんでくる。怒涛の質問攻めを喰らっている慎太郎は苦笑いしながらも一つ一つ答えてくれた。

「輸入のアクセサリー屋。今回はメキシコだったけど、海外は時々買い付けで行くからアメリカとかドイツにも行くよ。店は隣の市。意外と中高年の男の人が常連になってくれてて、なんとかやってるよ」

地方は若者少ないからなぁ、といつの間にか髭を剃り終わった父が呟いた。

慎太郎は、唯一血の繋がっていない親戚にも関わらず昔からうちの両親ともとても仲がいい。

むしろ血が繋がっていないからこそ友達のような感覚で接しているのだろうか。

最近もちょくちょく一人でうちに顔を出しては一緒に食事をしたりするらしく、今晩も一緒に夕飯をするとのことだった。

「(実の弟と)血が繋がってないからこそ慎ちゃんはいい子なのかもね」

あとで母がこっそりと笑いながら私に言った。


夕飯は昔から使っている大きなホットプレートを出してお好み焼きを作った。うちは昔から客人が来たり、何かイベントがあるとお好み焼きをする。

お好み焼きを囲みながら慎太郎といろんな話をした。

ドイツ出張の時にパスポートを無くした話や、常連のちょっと変わったおじさんの話、最近できた居酒屋が美味しかった話。

私はと言うと、対して盛り上がる話題もなく…

仕事の愚痴や、都内の家賃がこっちに比べてめちゃくちゃ高い話、マッチングサイトで会った男性の私服センスがやばかった話…とほぼ文句だ。

それでも慎太郎は手を叩いて笑って話を聞いてくれた。

慎太郎の性格のお陰でもあるが、15年ぶりに会って話していると言うのに、そんなに月日が空いたように感じられず、爆笑する慎太郎の顔に幼い頃の面影なども感じられて少し安心した。

父の作るお好み焼きはやっぱり美味しくて、普段youtubeと食事を共にしているだけの私は誰かと一緒に笑いながら食事をすることの幸せを改めて感じた。

「はぁ…実家最高。仕事辞めて戻ってきたいわ」

思わずそう呟くと、すぐさま「帰ってくんな!」と母の声がキッチンから飛んできた。


「あ、大変。明日の朝の卵がないわ」

夕食後にリビングでだらだらしながら飼い猫を撫でていると、キッチンで食器を片付けている母の呟きが聞こえた。

慎太郎は甥とボードゲームで遊んでいて、姉は楽しそうに遊ぶ我が子をにこにこと眺めている。寝室からは早寝の父のいびきが既に聞こえていた。

「なに?どうしたの」

ソファにめり込んでいた腰を持ち上げ、母の元へ行く。

「明日の朝ごはん用の卵がなかったのよ。お好み焼きで使っちゃったんだった。また明日もお父さんあれ作るから」

(あれ)とは父が作る定番メニュー、千切りキャベツの真ん中に卵を落として焼く、名前のない料理のことだ。シンプルだけど、カリカリに焼いたトーストによく合う、家族全員が大好きなメニューだった。

「私買ってこようか?」

「本当?まるごうならまだ空いてるから行ってきて」

「おっけー」

地方にしかないスーパーに行くのが何気に好きだ。置いてある商品も都内のものと若干異なり、いつも帰省する度目新しいものを買ってはお土産に持ち帰る。

「暗いから懐中電灯持ってってね。玄関にあるから」

母に言われエコバックと財布の用意をしていると、甥と遊んでいたはずの慎太郎がこちらにきた。

「危ないから俺も行こうか?」

「あら、いい?慎ちゃんいるなら安心だわ!ついてってあげてくれる?」

大丈夫だよ、と言っても母はもう聞いていない。

スーパーまでは歩いて10分もかからない距離だが、お言葉に甘えて慎太郎にも来てもらうことにした。


「まるごう久し振りだなぁ。白バラコーヒーも買っちゃお」

「チエちゃん昔から白バラコーヒー飲んでるイメージある」

「都内のスーパーでも売ればいいのになぁ」

他愛もない話をしながら、真っ暗な住宅街を懐中電灯で照らしながら慎太郎と歩く。

これは慎太郎についてきてもらって正解だった。街灯も少ない夜道は、一人だとちょっと怖いかもしれない。

スーパーに着き、母に頼まれていた卵と、私が昔から好きな地元にしかないコーヒーをカゴに入れた。

その他にも地方ならではの商品を色々探していると、慎太郎がビールを両手に持ちこちらに来た。

「チエちゃん、海でちょっと飲まない?」

「あ、いいね。結局海行ってないわ」

本当は今日行きたかったのだが、母の買い物に付き合ったりしていて結局行けていなかった。

母から預かっていた財布があったのだが、ビールもあるから、と慎太郎が支払いを済ませ、その間に私はエコバックに商品を詰めた。

涼しかった店内から一歩外に出ると生ぬるい風が体を包んだ。

「あっちぃーねー」

慎太郎がTシャツの袖をさらに捲り先を歩く。可愛らしい猫の絵の描かれた母のエコバックを持つ、男らしい慎太郎の腕。その対比が面白いな、と思いながら後ろをついていく。

スーパーから歩き自宅を通り過ぎるともう海だ。海岸は当然だが灯りはなく、月明かりだけが足元を照らしてくれる。満ちては引いていく波の音と、都内ではあまり聞かない種類の虫の声。

暗さに徐々に目が慣れていくと、白い波が見えて来た。

「よっこらしょ」

慎太郎が砂浜に腰を下ろす。おっさんじゃん、と笑いながら私も隣に座った。

エコバックからビールを取り出し、軽く缶と缶を合わせる。

「かんぱーい」

こんな時間に砂浜にいるのは私たちだけだ。聞こえてくるのは自然の音だけ。

喉を通り過ぎる冷たいビールが環境のせいか異様に美味しく感じた。

「チエちゃんいつまでこっちいんの?」

「明後日まで。有給全部使っちゃったよ」

「そっか。忙しい?」

「今はまぁまぁかな。年度末は鬼」

慎太郎の笑い声が静かな海に響く。冷たいうちにビールをもう一口流し込んだ。

「慎太郎は?自分の店だったら結構自由な感じ?」

「店は基本暇だからねー。一応開けてるけど、売上は通販の方がいいよ。今回新しく仕入れた分これから忙しくなることを期待してる」

「自営業も大変だよね」

「まぁね」

笑いながら慎太郎の横顔をちらりと見た。もう幼い頃の慎太郎を思い出そうとしても難しい。風に靡く長めの前髪と、海をまっすぐ見つめる横顔に妙にドキッとして視線を戻す。

「チエちゃんさぁ、また遊びにきなよ」

「うん、お姉にも言われた。お母さんとお父さんもいつまでもいると思うなって」

「まぁそれもそうなんだけどさ」

少し間があった。大きな波が打ち寄せたあとに慎太郎は再び口を開いた。

「俺チエちゃんのこと昔から好きだったんだよね」

「えっ…?」

「昔は歳の差もあって上下関係やばかったけどね!」

そう言われ、昔のことを思い出す。慎太郎が年下なのをいいことに、お菓子を奪ったり、駄菓子屋までパシらせたり…私って最低。

「マジあの時はごめん」

再び慎太郎の笑い声が響いた。

「でも、何故かそんなチエちゃんを好きになっちゃったんだよね。それから何人かと付き合ったんだけどなんか微妙で」

「慎太郎モテるでしょ」

「まぁまぁよ」

「否定はしないんだね」

そりゃこの見た目なら寄ってくる女性も少なくないはず。お互い笑い合いながらビールを飲み干した。

「俺、チエちゃんの両親には実の息子のように可愛がってもらってるし、今更どうしたいって訳じゃないんだけどさ。昔感じてた圧倒的な歳の差も今は感じないし、やっと対等に立ててる気がして」

ビールも空になり手持ち無沙汰で砂浜にただ付いていた手に、慎太郎の大きな手が重なった。

心臓が高鳴る。思わず慎太郎を見つめると、視線がぶつかった。

ビールのせいか、突然の告白のせいか分からないが物凄く顔が熱い。きっと今私の顔は真っ赤になっているが、月明かりでは分からないことを願う。

「一夏の思い出…ってことで、キスしてもいい?」

この目に見つめられ断れる人がいたら教えてほしい。真っ直ぐな優しい瞳が徐々に近づいてくる。羨ましいくらいのぱっちり二重で、でもいたずらっ子のように少しつりあがった慎太郎の目を見て、この目は昔から変わらないな…と冷静に考えている自分もいた。

そんな冷静さを断ち切るように瞼を閉じると、ゆっくり唇が重なった。きっと、ほんの数秒重なっていただけ。波が満ちて、引くときには離れていたはずなのに、時が止まったように長く感じられた。

一度離れたはずの唇が再び近付いてきた。自分を見つめる慎太郎の眼差しがひどく優しくて胸が締め付けられる。男らしい見た目でこの目はずるい。もう何も言えなくなってしまう。

重なるだけだった唇が少し開き、柔らかい舌がゆっくり私の唇をなぞった。従うように口元の力を緩めるとすぐに舌を捕らえられる。

お互いを探るように絡め、時々舌先を吸われる。骨張った手に髪を撫でられ、時々首筋や耳にその指が触れるとくすぐったくて首をすくめた。

「チエちゃん…」

少し息の上がった声が色っぽい。暗闇に目が慣れてきたせいか、慎太郎の表情がよく見える。

「ごめん、止まんないかも」

「えっ…?」

きつく抱きしめられ、首元に顔を埋められる。汗ばんだ首に何度も唇が触れ、思わず慎太郎の腕をぎゅっと掴んだ。

「ここで!?」

「やだ?」

「だって、誰か来たら…」

「大丈夫。こんな所誰もこないよ」

「でも…」

帰りが遅いからって誰か迎えにきたら、と言おうと思ったがその言葉はキスで塞がれた。

何度も角度を変え舌を絡め合い、もう口の中にある唾液はどちらのものだか分からなくなっている。

髪を撫でていた手が少しずつ下に下がってくると、Tシャツの上から胸の膨らみに触れた。良くも悪くも手のひらサイズの胸がすっぽりと大きな手に包まれ、壊れ物に触れるように優しく揉みしだかれる。

ハーフパンツにしまっていたTシャツの裾から慎太郎の手が侵入して背中に回ると、いとも簡単にブラジャーのホックが外された。

「慣れてるね」

「もうだいぶ大人になったんで」

笑いながら直接胸に触れられると徐々に感度が上がり、上半身を支えている手に力が入らなくなってくる。慎太郎の指が胸の中心に触れると、体がビクッと跳ね肘が震え始めた。

声が出そうになるが、堪えるために口を強く結ぶ。

元々汗ばむ気温の中、こんなに息の上がる行為をしているせいで汗が首から胸の谷間を伝って流れた。汗で慎太郎の手が肌に吸い付く。

マッサージのように心地よい愛撫から時々乳首を摘まれる刺激の強弱で、ついに肘が折れ背中が砂浜に倒れた。

「背中痛くない?俺のTシャツ敷く?」

「ううん、大丈夫」

言葉こそ優しいが、仰向けになった私の上に慎太郎がまたがり完全に身動きを封じられた。

私のTシャツを捲り、ホックだけ外れた中途半端な状態のブラジャーをたくし上げると熱い舌が乳首に触れた。

「んんっ…」

慌てて口を手で塞ぐが、声が漏れてしまった。指先とはまた違う、湿った柔らかい感覚に敏感になった体はいちいち反応していまう。

きゅっと硬くなった乳首を口に含み、優しく吸い上げられる。腰がいやらしく動き、慎太郎の腰に当たると硬いものが太ももに当たった。

いつから興奮してくれてるんだろう。そう思うと嬉しくて、手を伸ばして慎太郎の股間に触れた。

スエット素材の柔らかい布越しに、硬くなってるもの形を確かめるように探る。

少しは感じてくれているのか慎太郎の呼吸が荒くなっている。熱い吐息が胸にかかり、自分まで余計に感じてしまう。

慎太郎の手がハーフパンツのウエストにかかり、下着まで降りてくると、薄い布の上から指で股間をなぞり上げた。

「ぁっ…!」

きっと下着まで濡れているだろう。

一方的な快楽に負けないように、こちらも慎太郎の硬い場所を弄り続けるが、巧みな指先に時々頭が真っ白になり腕の力が抜けそうになった。

少し爪を立てて割れ目を上下され、時々ぶつかる突起を柔らかく指の腹でこねられる。

「はぁ…それっ…だめ…っ」

「気持ちいい?」

小さな声で尋ねられ、首を何度も縦に振った。

まだ下着の上からだというのに、この先私はどうなってしまうんだろう。

絶え間なく与えられる快感に負けて、慎太郎に伸ばしていた腕ががくりと砂浜に落ちた。

汗ばんだ腕に細かい砂が張り付く。どちらかと言うと神経質な方で本当なら体に砂がつくのなんて嫌だが今はもうどうでも良い。きっと今シャワーを浴びたら髪から砂が大量に流れ出てくるはずだ。

汗と、また別の原因で濡れている下着の中に指が入ってくる。直接触られて改めて自分の愛液の量を感じた。まるでローションをつけているように慎太郎の指を濡らしている。

下着の上から触られている時とはまた違う感覚に背中が仰反った。

夜空には数えきれないくらいの星が、月に負けじと輝きを放っている。昔から見上げていた空の下で、今こんなことになるなんて人生何があるか分からない。

割れ目を探り、ゴツゴツとした関節の太い指が体の中にゆっくり入ってきた。

「あっ…!」

思わず甲高い大きな声が出てしまい慌てて口を塞いだが、いいタイミングで高い波が打ち寄せ、声をかき消してくれた。

ほっとしたのも束の間、慎太郎の指は私の内部をを分かりきってるかのようにいいところを探し当て、次から次へと快感の波を運ぶ。

「っ…んん…あっ!」

堪えるように慎太郎の腕を掴むと、筋肉質な二の腕が汗で濡れ指が滑った。

激しくはないが確実にいいところを攻められ徐々に体に変な力が入り、ふくらはぎが攣りそうなくらいつま先が伸びる。器用に動く指先から逃げようと腰を動かすが、逆に弱いところに自ら当てるようになってしまった。

「慎太郎…ダメっ、かも…」

その言葉を聞いた慎太郎は指をもう一本増やすと、その部分に顔を近づけた。

「やっ…!ダメ…そんなとこ…っ」

2本の指を絶え間なく出入りさせながら、芯芽に口付けられる。舌で割れ目をつつき、鳥が啄むように軽く吸われ、自分の太ももがガクガク震えてきたのが分かった。

「んんっ…んっ…!」

もう自力ではどうにも出来ない声を必死で手で塞ぐが、どうやったって指の間から漏れてしまう。生暖かい舌に、指に、どんどん攻め立てられもう限界だった。

内部がぎゅっと慎太郎の指を締め付け、その力が抜けると同時に脈打つように収縮が始まった。全身の力が抜け、だらしなく足を放り出す。その収縮が徐々に弱くなっていくと、ゆっくり指が抜かれた。

「はぁ…はぁ…」

口を塞いでいた手を離し、ままならない呼吸を整える。何も考えられずにただ星空を眺めていると、片足にだけ引っ掛かっていた下着とハーフパンツが取り除かれた。上半身にはTシャツとブラジャーがまだ残っている為アンバランスでなかなか恥ずかしい。

そして慎太郎は自分のハーフパンツと下着を一気に下ろし、また私に覆いかぶさった。

「中には出さないから」

こんな急なシチュエーションでコンドームを持っている方が用意周到で引いてしまう。

小さく頷くと、慎太郎の先端が濡れそぼった場所に触れた。先端で穴を探すように割れ目をなぞり、その感覚だけでまた声が出てしまう。

的を見つけられると、ゆっくり挿入され穴が慎太郎のサイズに広がっていく。

男性経験が豊富なわけではないが、確実に今までのどの人よりも太く硬いそれが最後まで入りきると、自分の意志とは別に、離さないとばかりに締め付けてしまった。

「チエちゃんっ…痛い?」

「ううん、大丈夫」

「もうちょっと、力…抜ける?」

苦しそうな、何かに耐えている声だ。

「そんな締め付けられたら、すぐイっちゃいそう」

照れたように笑いながら慎太郎が言う。締め付けているのは決して自分の意思ではないが、意識して下半身の力を緩めるよう努力した。

「こ、こう?」

「そう、ありがとう。気持ちいいよ」

そしてゆっくり腰が動き始め、さっきとは比べ物にならない体積が中で動く。快感が襲ってくる度、指を絡めて繋いだ手に力を込めた。

最奥を突かれる度、堪えきれない喘ぎ声が漏れる。波の音がもっとうるさければ、声を出しても紛れるのに。

上で腰を振る慎太郎の首から汗が落ち、ぎゅっと瞑っていた目を開き慎太郎を見上がると、苦しそうに眉間に皺を寄せている表情がとても色っぽかった。暗闇でも分かるくらいTシャツの色が、所々汗で変わっている。

慎太郎も余裕がなくなってきているのか、胸を揉まれるがさっきのような繊細さはなく荒々しい。腰を打ち付ける力も強くなって来た。

体をぐっときつく抱きしめられキスをされる。体の角度が変わり、より深いところを刺激され更に締め付けてしまう。舌を絡めあいながらもお互い腰をなすりつけ合うように動かし、唇が離れる度お互いの荒い吐息がかかる。慎太郎の熱い息からビールの香りがふと漂った。きっと私の息もビールの匂いなんだろう、と靄のかかっている頭で思う。

唇が離されると、両膝を抱えられ慎太郎は肩に担ぐようにかけた。

汗で濡れた前髪を男らしくかき上げ、私の顔にかかっていた髪もサイドに流してくれる。さっきまで私の体の中をいやらしく刺激していたはずのその指は今はとても優しく、胸が苦しくなった。

軽くおでこにキスをされ、静かだった腰の動きが再び激しさを取り戻す。

「あっ…あっ…んん…」

肌と肌がぶつかる音と、同じリズムで声が上がる。何度も奥を突き上げられ、息苦しさで慎太郎の腕を掴むが、押し寄せる快感に力が抜けて砂の上に落ちた。

「チエちゃん…」

吐息混じりに名前を呼ばれ、答えるように見上げると快楽に表情を歪めたひどく色っぽい慎太郎と目が合った。その表情があまりにも愛おしくて思わず抱き寄せると、今までより更に早く、強く腰を打ちつけられた。もう声を我慢することも忘れ、どこかに行ってしまいそうな意識を必死に繋ぎ止めていると、一度最奥を力強く突き上げられ慎太郎は自身を一気に抜いた。そしてそれと同時に太ももに温かい液体がかかり、慎太郎が達したのだと気付いた。

「はぁ…はぁ…」

足元から洗い息遣いが聞こえる。

「チエちゃん」

鉛のように重たく感じる体を持ち上げ目線を合わす。背中や髪についていた砂が今更ながら気持ち悪い。

軽いキスをすると、慎太郎は私の髪につく砂を軽く払ってくれた。

「付き合わせちゃってごめん…。もうこんなこと求めないから。」

うまく言葉が出ずに遠くの海を眺める私の姿は、慎太郎にはどう映っているだろう。

無理矢理抱かれ、傷ついているように見えているのだろうか。

「そんな風に思わないで。大丈夫だから」

何もなかった胸の中に、小さな灯火をつけられたと言うのに。

こんな気持ちになってしまうのなら、セックスなんてしなければよかった。一夏の思い出だけに、私はできるだろうか。

「みんなもう寝ちゃったよね。帰ろっか」

慎太郎が砂を払いながら立ち上がり私に手を差し伸べた。

この手を取ったら、私は離すことができるだろうか。

「どした?」

何も出来ずに差し出された手を見つめていると、慎太郎が心配そうにこちらを覗き込んだ。

「ううん、ごめん」

今度は素直に手を取り立ち上がると、自分の感情を断ち切るように手を離した。

これでいいんだ。

来た時より高い位置で輝いている月が照らしてくれている道を、2人で並んで歩き、家へと戻った。


家に戻ると、案の定家族はみんな寝ていてリビングの照明だけが唯一ついていた。

「じゃ俺帰るね」

慎太郎は財布と携帯をまとめてハーフパンツのポケットに突っ込むと、玄関まで歩いていく。

「慎太郎…」

ビーチサンダルを引っ掛けた慎太郎が振り向く。

「…お父さんもお母さんも、慎太郎のこと大好きだから、忙しいと思うけどご飯とかたまに一緒に食べてあげて」

「うん、分かった」

「あと…」

言いたいことと自制心の葛藤で、長い沈黙を作ってしまった。

「また帰ってくるから。また…その時は…一緒にご飯食べよう」

慎太郎の目が少し丸くなり、その後笑顔になった。

「もちろんだよ。またすぐに帰って来てね」

「うん、ありがとう」

そうして慎太郎は出ていった。誰もいない玄関で私はしばらく動けなくなっていたが、首にまとわりつく汗と砂の不快感を思い出し浴室に向かった。

シャワーを頭から浴びると、予想以上に砂が流れ落ち1人で笑ってしまった。そして排水溝に流れていく砂を眺め、少し泣いた。


あっという間に東京に戻る日が来た。

空港で職場に配るお菓子を買い込み、見送りに来てくれた両親と別れる。

搭乗手続きと荷物検査を済ませて飛行機に乗り込み、一息つく。

色々なことがありすぎた。

おじいちゃんとの別れや、怒涛の葬式準備で白目になったり。

--慎太郎。

騒々しい音を立てて飛行機が飛び立つ。

徐々に上昇し、窓から海が見えた。

ついさっきまで足を付けていた土地からどんどん遠ざかっていく。

明日出勤したら、おそらく仕事が溜まりに溜まっているだろうな。

頭の中を仕事のことにシフトチェンジする。盆暮以外に5日間の休みを取ったことなんて初めてだった。もう有給は残っていないので、また馬車馬のように働こう。

そして年末になったらまた…また…。

いつの間にか雲の上まで飛行機は上がっていた。

太陽の光がひどく眩しくて、ゆっくりサンシェードを降ろした。

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