532話 課長を癒やしたい僕と、癒やされたい課長。

 課長が戻ってきた。

 酷く疲れた顔をしているけど、どうやら追い返せたらしい。

 フラフラと僕の元に来て「岩崎ぃぃ…」を後ろから抱きついてきた。

 抱きつくのは良いんですけど、首筋に鼻があってですね、くすぐったいんですよ…鼻呼吸で。

「課長、ありがとうございます…」

「ハグして癒やして!」

 なんか幼児退行しかけてませんか!?



 結局、正面から抱きしめて「えらいねー、よくがんばったねー」とか言いながら背中トントンしつつ『慈母の癒し・改』を課長に掛けると、そのまま寝てしまった。

「まあ、そうなりますよね…課長はずっと眠っていないようでしたし」

 生温かな目で見ていた巽さんがそう呟く。

「いや、それは巽さんも一緒では?」

「私は2時間眠っています」

 巽さんのドヤ顔可愛い。

 でも多分「合計2時間」というオチだろうなぁ…

 昨日ずっと動き回っていただろうし…巽さんにも『慈母の癒し・改』を掛ける。

「っ!?」

 一瞬巽さんがクラッと倒れかけ、僕を見る。

「突然掛けるのは反則です…課長のように寝てしまう所でした」

「いやそれって疲れてるって事だよね?」

 あ、顔を逸らした。

「…私も課長と同じ事して欲しかったです」

 僕は試されているのかな?

 欲望を制御するとかそういった感じで。

 今も課長のお胸が思い切り押しつけられていますし?

 …あ、これ、絵面的にマズイ構図だ。

 今更気付くお馬鹿さんな僕です。はい。

 でも意識しても身体的変化は意識の徹底制御で問題なし!

 さりげなーく課長を退かそ…っ!?ガッチリホールドされてるっ!?

「タイムさんヘルプッ!」

「はいはい…起きるッスよー師匠は神鉄レベルの自制心で制御しているッスからそんなアピールしてもダメッスよ」

 そう言いながら課長を引き剥がす。

「…むぅ…惜しいが、しかたない…」

 課長、起きてるし…

「4分57秒…では私も…」

 巽さんはイソイソとジャケットを脱ぐ。

 ───マジで同じ事するんだ…

 巽さんが座っている僕に正面から抱きついてきたので同じようにハグしたまま背中トントンをした。



「課長、弟さんが居たんですね」

「ああ、4ヶ月しか一緒ではなかったがな…母親の連れ子だった」

 課長は懐かしげにそう呟く。

「当時は全ての人間を恨んだよ…父を亡くし、数週間と経たずに弟が殺されたんだ…母もかなり衰弱していってな…私もダンジョンどころの話ではなかった。

 犯人は弟を誘拐し、報道を見てすぐに殺害。そして身代金を要求するという卑劣なことをした…しかも狙った理由がこれも探索者の特集で、一攫千金だなんだと囃し立てる内容のものだったが、父はそれを否定していたんだが…

 父が死に、その遺産の件で再び偏向報道がされ、結果あの事件だ。しかしその時奴等は「有名税だ」なんて恐ろしいことを平然と言ってきたよ」

 苦笑するも課長の目は笑っていない。

「ただな…ある青年が…いや、同い年くらいだったか。その青年が犯人を捕まえ、私達に弟の霊との最期の別れをさせてくれたんだ…聖職者の務めだと言って」

 ……んっ?

「あの時、母とたくさん泣いて、話し合って、別れを言って…なんと言えば良いんだろうな…人を救う探索者になりたいと思ったんだよ」

 えっと………

「課長。何年くらい前の…話ですか?」

「6~7年ほど前の話だ」

 ああ、うん。

「その聖職者、兄さんです」

「……んんんっ?」

 課長が僕を二度見する。

 うん。なんか、ご免なさい…でも、

「兄さんです。確かそんな話していました」

「………確かに、いや、カソック姿だったが!?」

「多分知人の神父さん…松谷神父のアルバイトを引き受けたんじゃないかと…あと、聖職者でもそんなとんでもない事出来る人ってそういないと思いますし」

 と言うか居てたまるかという話である。

「…ははっ、そっかぁ…感謝は不要、己が善を成せと老成したような声で言っていたが…岩崎の兄さんかぁ…」

 その神父はアカンて兄さん!愉悦神父はガワだけでお願いしますよ!?

 涙目で微笑みながらあの時を思い出している課長には申し訳ないけど、僕はそれどころじゃないくらい心の中で兄さんにツッコミを入れていた。


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