501話 先手、おやつ 後手、ダンジョン反転

「で、ゆーちゃん。何か用があってきたんじゃあ…」

「おやつを持ってきたんですけど…」

 コトン

 クレープが綺麗に敷き詰められた大皿が置かれる。

 折りたたまれた先端が60度のクレープが6つ。

「「わぁ……!」」

 それを見た二柱の神は目を輝かせる。

「では僕はお夕飯の支度がありますので…失礼します」

 一礼してスタジオを出る友紀に、


【ママだ…絶対にママだよ】

【おやつテロは…仕事が手につかねぇえ!】

【気が付くとクレープ屋を検索している営業職。ゴメンよ】

【多分外回り君がこれ見てクレープ屋を捜しているはず!依頼しよう】

【巫女様のクレープ…美味しそうなんですが…】

【しかもそっとコーヒーまで置いて行ってるんですけど?】

【狡い!僕も欲しい!ママァ僕も!】

【貴方のような子は知らないのですが?】


 コメント欄は友紀のママぶりに改めて戦慄していた。



 SIDE:世界


 大都市部以上に中小都市部で巫女にゃんこ配信からの神への祈りによる聖域形成というコンボが有効だったためか人々の表情は穏やかだった。

 モンスターの脅威も現在展開されている聖域で抑えられている。

 僅かな時間かも知れないが、例え僅かであっても精神的な余裕につながり、体勢を立て直すのには必須だ。

 何よりも大都市と違い小都市は特殊な守りも無く軍や治安部隊が昼夜問わずに守っている状態だった。


 この町も小都市…というよりも町クラスの場所ではあったが、住民等が団結してモンスター等を撃退し、軍警察が早めに駆けつけたおかげで一応の形を保っている状態であった。

 しかし現在はそれぞれが自宅へと戻り移動のための荷造りを急いでいた。

 それが出来る一番の理由はダンジョンが町のすぐ手前にあり、現在そこが聖域の壁によって封じられているためだった。


「日本や一部の国ではダンジョンの入口が結界で守られているらしいな」

 荷造りをしながらチラチラと外を見る女性に男性が声を掛ける。

「みたいね。羨ましいわ」

 そう言いながらも女性は気になるのか時折外を見ていた。

「で?ジッと見つめてどうした?」

「…さっきから小さな揺れを感じていて…地震とかじゃなくて、空気の振動?」

「え?」

 そう言われ男性は動きを止めて目を閉じる。

「……うん。感じない?」

「………いいや?」

「気のせいかしら…でも、縦に振動している感じなのよね」

 女性はそう呟きながら手早く最低限の荷物をまとめ終えると車へと向かう。

「おいっ!みんな急いで逃げろ!ダンジョンがおかしい!」

 と、二軒隣の住人が車に乗り、大声を上げながらこちらに向かってくる。

「…急ぐか」

「待って、隣のお婆ちゃんの様子を見ないと!」

「戻っているのか!?」

 男性は慌てて車に残りの荷物を詰め込み、女性は隣の家へと駆け込む。

 そこには老婆が何事もないようにソファーにもたれかかっていた。

「…ああ、お隣さんかい。早く逃げないと駄目じゃないの」

「お婆ちゃんこそ!必要なものは!すぐに出ますから」

「良いのよ。息子は私を受け入れる余裕が無いらしいし、私はもう、この家を離れるつもりは無いわ」

「そんなっ!?」

「ほら、早くいきなさい。ダンジョンが割れて、中からモンスターが溢れ出るらしいわ」

「えっ!?」

「さっき緑の小人さんがそう言ってたのよ。だから急いで逃げなさい。そうなったらここの結界もそう長くは保たないそうよ」

 老婆は優しく微笑み、紙袋を女性に手渡した。

「っ~~~~~!」

 熱々の焼き菓子の香りが紙袋からほのかに香る。

「私は大丈夫。あの子達もいるし、今までありがとうね」

「急げ!外の様子がおかしい!」

 玄関で男性が叫ぶ。

「お婆ちゃんッ!」

「いきなさい。私よりもお腹の子を大事にして」

「!?」

 女性が固まる。

「…えっ?」

「…時間が無いわ。早く行きなさい」

 老婆がそう言うと同時にドンッと空気が震えた。

「!!」

「早くしないと間に合わないわ。いきなさい。ただ、戸は確り閉めてね?」

 悪戯っぽく笑い、老婆は目を閉じた。

「……お婆ちゃん、ありがとう!」

 女性はそう言い残して家を出る。

 言われたとおり、扉を確りと閉め、車へと走る。

「お婆ちゃんは!?」

「行かないって…あと、ダンジョンが割れて中からモンスターが溢れ出るらしいわ!」

「なんで分かるんだ!?」

「小人がそう言ったらしいわ!早く出して!」

 紙袋を抱きしめ、涙声でそう叫ぶ女性に男性は驚きながらも車を走らせる。

 その数分後、町の聖域は破られ、ダンジョンが反転した。


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