497話 先手、誓文誓約 後手、管轄区内判決

「オネショタてぇてぇ…」

 佑那の顔が他所様に見せてはいけない顔になっている。

「…兄さん早く帰ってこないかなぁ佑那の心をたたき直して欲しいんだけど」

「えっ?兄さん何処行ったの?」

 別の世界か、この世界のどこかか…としか言いようが無い兄さんの行動範囲。

「わっかんない。夕飯までには帰ってくるんじゃ無いかなぁ…もしくは実家にいる」

「あー…実家一度行かないと」

 いや、行かないと、ではなく帰らないと…じゃないのかな!?


 コッ、コッ、コッ…

 静かな廊下をひとりの青年が歩く。

 やがてその足が止まり、鍵が解錠され、扉が開く。

「───あら、結羽人。ご苦労ね、迎えに来たの?」

 室内で椅子に座り優雅に読書をしていた女性が悪びれも無くそう言った。

「迎えかどうかは今から決まる。これにサインをするかどうかだ」

 結羽人はそう言って誓約書をその場から机に向けて飛ばす。

 誓約書はスルリと机の上を滑り、女性の手前で止まる。

「……却下よ。私が不利じゃないの」

「であれば死刑と言うだけだ」

「はあ?意味が分からないわ!合衆国では私は担ぎ上げられただけで何もしていないわよ?」

「『私が来いといえば友紀は必ず来る。あの子だけは大切に育てたのだから』…だったか?」

 僅かに女性の顔が歪む。

「………」

「それに、巫女の母を大々的にアピールして金品を巻き上げていたようだな?」

「あら、事実じゃない。縁を切ろうがなんだろうが」

 女性は本を閉じ、机の上に置くと結羽人を見て鼻で笑う。

「いいや?お前が人の家の養育費を持ち逃げしようとした際に書いてもらった誓約書。アレは有効だ。お前は、親である事を名乗ってはならないし、それらに関する一切の義務と権利を放棄した。そしてそれは死後も続く」

「そんなものは法律で認められるわけが無いわ」

「ああ、そうだな。法律ならな」

「……?」

「あれは誓文誓約書だ。スキルで作られた誓約書。破った場合の罰則も確りと記された代物だ」

「……罰則」

「俺が誓約を破りお前に会いに来た場合、誓約は俺責で無効。その場合日本円にして1億5600万円を支払う。

 お前が破った場合は如何なる理由があろうとも生命誓約書にサインをする、と。見覚えが無いか?その誓約書は一緒に提示したぞ?」

 結羽人に言われ女性の顔色が変わる。だが、

「…!そうよ、ここは日本じゃ無い。だから神名を以て誓約するのは不可能!ああ、だから強制力は働かないのね!それにこの国は死刑制度は無いわ」

「サインする気は無い、と」

「無いわね!」

「強制送還の可能性もあるが?」

「このご時世、早々出来ないわね!」

 パチン

 結羽人が指を弾く。

 カッカッカッカッ…

 スーツ姿の青年が一封の封筒を手に早足で近付いてくる。

「書類は?」

「はっ!こちらに!」

 封筒を結羽人に手渡すと一歩下がり待機する。

 結羽人は封筒を開け、中の書類を女性に見せる。

「喜べ、強制送還だ」

「嘘よ!」

「現時点を以て貴様の身柄は日本国預かりとなり、神名管轄区内の誓約は履行される。尚、本人は生命誓約書へのサインを拒否したため、更なるペナルティーが履行される。展開!」

 室内が乳白色の壁に囲まれる。

「大天使の承諾は得ている。日ノ本の神よ、彼の者に刑の執行を」

 結羽人の声に乳白色の囲いが突如灰色に反転する。

「えっ?ちょ、誓約する!誓約するから!」

「明確な否定を口にしたのは貴様で、もう手遅れだ。それに…」

 ジャッッ、ジャッッ、ジャッッ…

 ナニカがゆっくりと女性に近付いてくる。

「え、なに…鬼?えっ?やだ、やだ!何!?」

「貴様の行く先は黄泉の国、八雷神が直々に貴様を連れて行くそうだ」

「いや、や…嫌ァァァァァァァッッッ!」

 絶叫が聞こえ、灰色の囲いが消える。

 部屋の中には誰も居らず、誓約書も無くなっていた。

「───ご協力、感謝します」

「あっ、ああ…いえ、あ、はい」

 青年は目の前で起きた何かに気を取られすぎて生返事をしてしまい慌てるが、結羽人は気にした様子も無く部屋の電気を消して来た道を戻っていった。

 青年はもう一度部屋を目にしたが、思い出したのか身震いをして慌てて結羽人の後を追いかけた。


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