決意
僕の書斎となる部屋のドアを開けるとリビングに出る。
そこの大人数で座れるテーブルに僕達は座った。
「あ、ちょっと良いかな? お茶を3人分用意してくれ。それと食事も」
フェイスが屋敷の使用人にお願いした。
「さて何から話そうか? そうだな。まず彼女の名前から話そう」
(いよいよ、彼女の名前がわかるのか?)
「彼女の名前は、『リリィ』。『冥府の舞姫』と呼ばれている。もちろん僕らも同じように彼女を呼び、恐れている。そして、……」
フェイスは、言葉を続けた。
「『冥府の舞姫』と言えば、帝国随一の暗殺者だ。彼女の姿を見て生き延びたものは誰もいない。恐らくね。もちろん百戦錬磨の剣士でさえも。彼女は死神みたいな存在だ。まあ女の子だから『死の女神』かな? 君は、そんな相手と渡り合って生きているんだよ。仮に彼女が本気を出せていなかったとはいえ」
(そうか、あの気迫。それで納得した)
僕は奇跡的に生き延びたらしい。
しかし、それよりも名前を知れたことが嬉しかった。
「出生不明。出身地不明。年齢も正確には不明。17・8歳ぐらいと噂されている。顔を見て生き延びたものがあまりいないんだから、良くわからないんだよな。仮面してるし」
「殆ど、不明なんだな」
「孤児なんだろうな」
「そうか、孤児か?」
「彼女は今、君が住んでいた宿やお店を中心に、それとなく目立つように探しまくっているらしい。流石に他国に亡命されたことは把握しているんだろう」
「僕を、探していると……」
僕は嬉しかった。
もちろん殺し損ねたターゲットを探しているだけかもしれない。
「嬉しそうだね?」
フェイスが、ニッコリ笑って尋ねてきた。
「あ、いや……」
僕は答えに困った。
「フェイス! いちいち茶化さないで話を続けなさいよ。
優しいローズは時折脱線するフェイスに釘をさす。
「おかしなことに失敗した彼女は自由に動き回っている。普通なら失敗の責任を取らされるはずなんだけどね。帝国側からも皇国へ確認することすらしていないそうだ」
「誰かが、それを抑えていると?」
「そう見るのが妥当だろう。罠なのかも知れないけどね」
フェイスは説明し終わった資料を閉じて、お茶を飲み始めた。
「以上なんだけど何か質問あるかな? 僕らも、この資料以上の詳しい事は説明できないかも知れないけど。何でも聞いてくれよ」
(ん? 何でも……、か?)
こんなに詳しく説明されるとは流石に思わなかった。
ローズさんを見るとそっと涙を拭いていた。
(ローズさんは、リリィさんの生い立ちを知ってショックを受けたのかな? 闇の仕事をさせられるのは孤児か追放者とか決まっているけど、知らなかったんだろうな)
「ありがとうフェイス。けど良くここまでの情報わかったね? 君達は一体誰なんだい?」
「え? 俺達? 私は、リンド皇国皇太子のサーフェイス・ウヒジニ・バルデマーだよ。そして彼女は……」
「待ってフェイス、私は自分で紹介するわ。名前は、ローズ・ウラニア・ヒルデガルドです。王族伯爵家の娘で御座いますわ。そして、フェイスの婚約者です」
ローズさんはスカートの両手で軽く上げて挨拶をしてくれた。
(ローズさんは、貴族の御令嬢だったか? 品の良さそうな女性だなと思ったけど)
僕はその姿少しドキッした。
「フェイス、それは本当?」
「ん? 何で嘘つく必要あるの?」
キョトンとするフェイス。
「え? だって? 皇太子殿下? が、転移者と言えども、普通の人間の前で普通に接してくるなんて信じられなくて」
「不満かい?」
「いやいや、そういうわけではなくて」
「ハハハ。君は、自分の立場が、とても重要なことを理解する必要がある。
「いや、そんな事はない」
「だろう? 君の存在自体が、秘密にしておかなければならない事なんだ。誘拐みたいなものだからね」
「あ、そうなるのか?」
(誘拐は、日本では、重大犯罪だったな)
「だが何故だか帝国は君を放り出した」
「それは、僕が利用価値のない人間だったからか?」
僕は、あの時のやり取りを思い出して少し不快な気分になった。
「それだけではない。そうなるように俺達からも仕掛けてはいたけど、こうも簡単に行くとは思ってなかった。だから、対応に追いつくのがちょっと後手後手になったわけだ」
「ええええ?」
「ええって言うけど一生幽閉されててもおかしくなかったぞ。あるいはその場で処刑されてる可能性だってある」
「それは、どうもありがとうございます」
僕はフェイスにお礼を言った。
「何のために、そこまでするのか? そして、君の歴史を書かせたら直ぐにリアクションが来た。その理由は?」
「んん? 兵力とか武装強化? かな?」
「そう言う事だ。そして、この世界は、まだ群雄割拠の時代だ。後は分かるね?」
「うーん」
僕は、思わずうなってしまった。
「さて、ここから本題だ」
畳みかけてくるフェイス。
「この状況で、君は何をするのかい?」
「え? この状況で僕に何が出来るの? 魔術も何も使えないし、剣士でもないし」
「そうか。では君を暗殺に来たあの子。あのまま放って置くのかい?」
「え? それは……」
僕は答えに困った。
どうしろと言うのだ。
帝国に潜入して連れてくるとか?
いや無理でしょう。
「僕には、何も出来ない」
僕は肩を落としてガッカリする。
「何も出来ない? 本当に?」
フェイスが首を傾げる。
「僕に何が出来るって言うんだよ」
「じゃ君は何故、暗殺されそうになったんだい?」
「それは、君が僕に僕の世界の歴史を主に軍事関係の歴史を書かせようとしたから」
「それはそうだ。だが、その歴史を書いた小説は誰でも書けることかい?」
フェイスの言いたいことが何となくわかって来た。
「いや、資料的なモノだったら書けるだろうけど。僕のような書き方する人は、この世界にはいないんでしょう?」
「そうだな。その歴史小説が読みやすく良くできた内容だった。それが他の手に渡ったら、帝国に取っては大変困るわけだ。色々な意味で」
「まあ、そうだ」
「ということは、だ」
「うん。僕に小説を書けって言っているんだね?」
「正解だ!」
「小説かぁ?」
嫌とは言わない。
しかし、何をテーマに書けば?
「その小説で彼女をこちらに呼び寄せるんだ」
(え?)
僕は、その提案に驚いた。
僕にラブレターを書けという事か?
しかも、それを小説で物語風に。
という事は、沢山の人の目にしても読んでもらえる内容にしなければならない。
「どうする? 他に手はないぞ」
フェイスが畳みかけてくる。
「僕が小説を書いても、どうやって世間に広げるんだよ」
「そこは任せろ。皇国の意地にかけて全世界にばら撒く。君の本で帝国を追い詰める」
「そうか、帝国と戦うことになるんじゃないのか?」
「嫌かい?」
「いや、そんな事はない。こんな目に会わされて黙っていられるものか。それに……」
「それに、リリィさんが君を探している。君もリリィさんが好きだ。彼女に来てもらう決心を、君が迫るんだ」
フェイスが言う。
「君がリリィさん宛てにラブレターを書くという事は、君がこの世界に来た経緯とかも書かないといけなくなる。架空の人物が君であることを関係者へわかるようにしなければ伝わらないからね。つまりはだ……」
「つまりは、帝国が秘密裏にやっている軍事拡大と侵略準備の野心を、同時に世界にも知らしめるということだな?」
「そうだ。
フェイスは「ハハハ」と満足げに笑った。
「わかった。フェイス。僕は書くよ。帝国と戦争することになっても。もう一度彼女と会いたい!」
方針は決まった。
と言うか最初から、フェイスのシナリオ通りと言うわけだが。
よし、書いてやる!
恋愛小説を書くこととなるが、ラブレターを全世界の人達に公開しながら文通をするようなものだ。
彼女の、いや、リリィさんは手紙で返信してくれる悠長な状況でない。
だが、恥ずかしい何て思っていたら1文字も掛けないんだ!
しまった。
こちらへ来る前に、もうちょっと恋愛小説も読み込んでおくべきだった。
必ず、彼女の心に響かせて見せる。
帝国と戦うことになっても、彼女を『俺の嫁』にするぞ。
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