整理

「ヒ……さま。……様。朝ですよ。もう、起きてください」


「う、うーん」

(誰かが、起こしに来てくれたのか?)

(もしかして、こちらへ来る前に夢で見た、あの女の子が? あの暗殺者の子が? 帝国から、こっちに来てくれたのか? 本当に!)



「キャ――!」

 パチーン!

 大きな声と同時に、僕は思いっきり引っぱたかれてた。

「痛って! 何? 何するの?」

 引っぱたかれた頬っぺたに手を添えながら、相手を確認した。


 それは、ローズさんだった!


「え? 僕、何をしたの?」

 両手で体をガードしながら、ムッとした顔をするローズさん。

枇々木ヒビキ様! 誰と間違えて、抱き付いたんですかー?」

 怒るローズさん。

「え? そんなことしたの? ご、御免なさい」

 起き上がると同時に、僕はベッドの上で土下座した。


「もう。昨日、遅くまで起きてたんでしょ? だから、寝ぼけて」

「ご、御免なさい」

 体を起こして、再び僕は謝る。ただひたすらに。


「まあ、いいですわ。けれど、もう『様』付けでは、呼びません。『さん』付けか、呼び捨てにさせてもらいます」

 両手を腰に当て、プリっとした顔でお怒りになるロースさん。

「はい。ご自由に」

 自分的には、呼び捨てか、『さん』の方が助かる。

 それにしても、年上なのにローズさんも可愛いなぁ。

 これは、ラッキースケベと言う所か?

 まあ、胸とかお尻だったら、今日の昼には絞首刑になってたかもしれないが。


「何を騒いでいるんだい? 枇々木ヒビキ、そろそろ荷物を部屋に入れて欲しいんだが。もう、朝食の時間も過ぎたぞ」

 フェイスが後から入って来た。

「い、いや、ちょっと虫が出て」

 僕慌てて胡麻化す。

 だって、寝ぼけてたとはいえ、抱きついたと知ったら異世界での人生終わる。


「ええ、ちょっと、ビックリしただけですわ」

 ローズさん、優しい。

 僕に合わせてくれる。

 いや、「びっくりした」と嘘は言っていないだけか。


「そうか。まあ、先に食事を取るかい?」

「簡単に取れるなら、先が良いです」

「ああ、パンだから簡単だよ。リビングに用意してあるから、着替えて食べると良い」

「ありがとう、フェイス」

 

 軽く朝食を済ませ、帝国から持ってきてもらった荷物を部屋に整理していく。

 あの部屋に合った物一式ある。

 ありがたい。

 少し、涙が出そうだった。

 転移でこっちの世界に一方的に連れて来られて以来、あからさまではないが他人行儀に扱われて、結構孤独できつかった。

 

 帝国の城で会った使用人の女の子を、夢で見た暗殺者の子に似てると思ったりもした。

 転移前の世界と同じ仕事をして、生活しようとした。

 もしかして、使用人の女の子は、僕に気があるのではと勘違いもした。


 少しでも、何か安心できるものが欲しかった。

 その使用人の女の子が、皇国のナビさんと知って嬉しかった。


 量は少なかったにしろ、あそこに有ったものを全て運んでくれた配慮が有難かった。


 そして、整理している内にペン立てを見つけた。

 あの、ガラスのペンが入れてあったペン立てだ。


(あの子、暗殺者のあの子。今頃、どうしているんだろう)


 確か、あの子がペンを最後に握っていた。

 あのまま、落としてはいないから、きっとあの子が持って行ってしまったのだろう。

 今頃、悔しくて、叩き割っているかもしれない。


「……」

 僕は、まだペンを入れていない空のペン立てを見て、しばらくボーっとしていた。


「どうした、枇々木ヒビキ君! 何、黄昏てるんだい? まだ、昼前だよ!」

 フェイスなりに心配して声を掛けてくれた。

 しかし、言い方が癪に障るぞ、こいつ。


「ああ、あの最後の夜の時の事を、ちょっと思い出しててね」

「あの女暗殺者の子の事か? どうして、そこまで気になるんだい? 君を殺しに来たんだろ?」

「そうだけど」

「ん?」

「いや、こちらへ来る前に、夢に出てきた子にそっくりなんだよ」

「誰が?」

 と、尋ねるフェイス。

(こ、こいつ)

 ワザと聞き返しているのか?

「あの暗殺者の子だよ」

 僕は、力なく答えた。

 せっかく出会えたのに、あんな事だけで終ってしまった。

 そう考えると、寂しいからだ。


「ふーん。一目惚れって奴か?」

 的確に、言い当ててくるな、こいつ!

「そうだよ。多分」

 子供じゃないから、この感情が何を意味するのかわかる。

 真っ赤になって答えられないなんてことにはいかないから、普通に答えた。


「そうか。運命的な出会いだったな。それは」

 フェイスに、そう言われて、ハッとした。

(そうか? 『運命』なのか? その為に、僕が、この世界に転移者として選ばれたのか? 帝国の連中にしてみれば、残念な人材だったようだ。呼ぶ人間を指定する事は出来なかったのか?)


「うん。……。そうかもしれない。きっと」

 僕は、この感情が、理性ではコントロールが効かないことを危惧していた。


「それと、もう1つ、違う意味もあるのかもね?」

 フェイスが言う。

「え? 違う意味?」

 フェイスは、何を言おうとしているんだ?


「だから、ただ出会うだけだったら、そんな時じゃなくても良いだろう? 街中で偶然ってのも、有るんじゃないのか?」

「それは、もしかしたらって言えば、切りがないよ」

 僕は、この時点では、彼女との衝撃的な出会いが、どんな事を意味するのか良くわかっていない。

 誰だって、これだけの情報では、そうだろう。

 それに、殺されそうになった原因は、皇国が原因でもあるんだが……。


「で、その子の名前、聞いたのかい?」

「え? 聞いてないけど」

(あんな状況で、相手が自己紹介などするものか!)

(何を言っているんだこいつは!)

 相変わらず、フェイスの毒口には、困ったものだ。


「知りたいかい?」

「え?」

 僕は、思わず顔を上げて、フェイスの方を見た。

「お! 元気出たな。良し良し」

 ニコニコするフェイス。

「なんだ、冗談かよ」

 まったく、こいつは。

 

「冗談なんかじゃないよ、君が惰眠を貪っている朝早くに、彼女の情報が送られて来たんだよ。知りたいかい?」

 僕は再び、フェイスの顔を見た。

 

「ほ、本当に?」

(彼女の名前がわかる。そして、今、何をしていたか? 今まで、何をしていたか?)

「そろそろ、整理もついただろう。残りは午後にして、昼を取りながら話そう」

「わかった」

 

 ガラスのペンの入っていたペン立てを机に置いて、僕はフェイスと一緒にリビングへ向かった。


 

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