令和の徒然日記~私が思うところ

多賀 夢(元・みきてぃ)

第1話 自分って人間は

 とりわけ暑いうえ、湿度が高かった今日の昼。

 イベントの最中に、隣の男性が「ああ、あかん」とつぶやいた。


 その人は虚ろにぐらぐら揺れだした。私はその人が、直前に水道で体を冷やしていたのを思い出した。ヤバいと私が抱きかかえると、ゆっくりと体を落ち畳む感じで座り込んで気を失った。

 そこはアスファルトの駐車場、日光から逃げる場所など皆無。助けなきゃと焦った直後、私じゃ無理だと即決した。


「ごめん、熱中症みたいです! お願いします!」

 ……って、私は叫んだらしい(覚えていない)。


 ガタイのいいあんちゃんが2人、意識のないその人を速攻で運んでくれた。

 それで少しほっとしながらも、私の胸はざわついた。 ――え、あの二人だけで大丈夫?

 急いで追いかけて休憩室に行ったら、たった二人ぼっちで処置をしていた。そこにはたくさん人がいたのに、誰も部屋に近づこうとしなかった。

 ――やばいやん!

 私は邪魔なのを承知で首を突っ込んだ。

「脇の下とか冷やした!?靴も脱がした方がええよ、(足の関節あたりを触って、恐ろしく冷えているのを確認して)おっちゃん、寒かったら寒いって言いなよ!毛布なりタオルなりなんでも持ってくるけんね!――ボールペンがいる?借りてくる!」


 その人は救急車で運ばれていった。

 イベントは、その後も場所を屋内に移して続いた。



 ――それから数日。

 なんでこんなにお節介を焼くのか、反省も兼ねて後からゆっくり考えた。

 人命救助の講習を受けていたのもある。

 保健体育の『日射病』のページを、今でも覚えていたからもある。

 私自身が、昔よく倒れていたからもある。


 だけど、落ち着いてからじっくり考えた結果、私はそういう星に生まれたのだと納得した。


 下の弟が家出して自殺未遂を起こした時、腑抜けになった両親に変わって弟を説得したのは私だった。

 上の弟が悪性腫瘍で余命宣告された時、泣くだけだった両親に代わり弟の世話をしていたのは私だった。

 祖父がいよいよという時に、まるでかつての虐待をやり返すかのような叔母から祖父を守ったのは私だった。


 弱った人を助けずにおれないのだ、その人の為に戦わずにおれないのだ。

 そのために普段から知識をつけている。

 今回倒れた人についても、普段から集めていた医学知識が役に立った。



 そういえばイベントの最後に、私は助けてくれた二人にお礼を伝えた。

「さっきは助けてくれて、ありがとうございました」

「いえいえいえ!――あのぅ、もしや看護師さんですか?」

 と聞かれて、私は苦笑するしかなかった。

「いいえ、私が昔よく倒れていたので」


 私はプロじゃない。だけど、助けられる人は助けたくて、知識だけは十分に備えた。それが多少なりとも活かせて良かった。

 まあ本音を言えば、もう一人くらいお節介がいてもよかったのにと思う。

 人を助けるには、沢山の人が必要だ。補い合う関係が必要だ。

 救急車を呼んだら終わりではない、プロっぽい人がいたら任せればいいのでもない。

 命の終わりは待ってくれない、終わってしまったら後悔では済まない。


『人を助けたい』、そういう気概を持つ人が増えてほしいと思う。

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