寝室、五分経過

 娘が部屋へやはいってから、何分なんふん経過けいかしただろうか。私にはひどく、ながかんじられた。きっと娘もおなじような気持きもちなのだろう。やはり娘はやさしい子だと私は思った。私をつべきかどうか、真剣しんけんなやんでくれているのだから。その選択せんたくれるべく、じっと私はった。


 まだ十五才の娘が、これから海外かいがい逃亡とうぼう生活せいかつをするとしたら、きっと苦労くろうえないだろう。いまの学校には友達ともだちるはずだ。娘にはさびしいおもいをしてしくなかった。あのまわりに、ささえてくれるひと居続いつづけてくれますように。


 よる永遠えいえんつづくかのようだ。もし私があさむかえられたら、そのときは、私たちの関係がわるかも知れない。私と娘、そしてミモザが三人さんにんらす未来みらいにくしみがえ、愛にってあらたな関係がきずかれる世界せかいかみおしえにれば、私たちはみな罪人つみびとだ。そのつみゆるい、あいことでしか、きっと戦争の傷跡きずあといやせないのだろう。


 ミモザにいたい、という気持きもちががってきて、自分でおどろく。なに今更いまさらともおもうが、しかし娘の成長せいちょうをこれからも見続みつづけたいという気持きもちと同様どうように、ミモザをおも気持きもちはむねなかからえなかった。そういうつよい、おもいや愛情あいじょうというものはあるのだ。私が射殺しゃさつした女性の愛情が、彼女の死後しごも娘に影響えいきょうあたつづけたように。


 をもえる愛情あいじょう。まるでのろいのようだ。しかし、それほどつよあいがあれば、人はにくしみの連鎖れんさこと可能かのうなのではないか。根拠こんきょなどい。だがにくしみが永遠えいえんつづくと、だれれるのだろう。


 無限むげんともおもわれるよるやみなかで、私は自分がなにかんがえているかもからず、ただ娘とミモザのこと思考しこうしていた。えるはずがくて、だからかぎけていない玄関げんかんから、建付たてつけのわるいドアを乱暴らんぼうけてが走ってきたときゆめかと思った。


じゅうろしなさい、おじょうちゃん」


 そうっていたままだった寝室しんしつのドアから、ミモザがはいってくる。おもわず私はベッドからこして、娘に両手りょうてじゅうきつける彼女のほういた。屋内おくない電気でんきえたままだが、まどからのつきかりで状況じょうきょうえる。きっとミモザはやみなか数時間前すうじかんまえから自転車じてんしゃいえまえて、様子ようすうかがっていたのだ。


 そして私は、娘にをやった。えるようなひとみがあって、娘は背後はいごのミモザをにもけない様子ようすで、私にじゅうける。やはり両手でかまえていて、それは娘の五才当時とうじ、私がそだての母親を射殺しゃさつしたときかまえとおなじだった。


 娘はベッドのそばっていて、私との距離きょりはかなりちかい。ミモザは娘から、ややはなれた距離きょりで、私へのしゃおそれて躊躇ためらっている。私は娘にも、ミモザにもきずついてしくなかった。


「ミモザ、めて!」


 娘がたれるかもれない。私はさけびながら、娘をかばうようきにく。強張こわばったミモザと娘のかたに、ちからはい姿すがたえたがした。




 まちはずれの何処どこかで、パン!という、自動車じどうしゃのタイヤがパンクしたようなおとひびいた。

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