恋獄坂の告白
クサバノカゲ
本田愛里
その日は、三限目で臨時休校になった。
寄り道も禁止ということで、生真面目だけが売りの僕は、高校の担任の言いつけ通りまっすぐ家路についていた。
「あ! やっぱりそっちも
家の前まで続く、なだらかな坂道の途中。
右手から合流するT字路で目ざとく僕を見つけ、駆け寄って右隣を歩きだしたセーラー服は、小中学校と何度か同じクラスだった本田さん。
初夏の
「……さすがにね。市内の小中高はぜんぶだと思うよ」
彼女のフルネームは
「そっかあ。……ねえねえ、そんなことよりさ」
家が近くて母親同士の仲もいい。
我が家に母親と一緒にご飯を食べにくることもあった。
まあ、いわゆる
昔は二人でゲームをして遊んだりしたものだけど、中学のころそれを同級生にからかわれて以来、部屋に閉じこもって勉強するふりでやり過ごしている。
「きみに聞きたいことがあるんだけど」
ちなみに彼女の方はそもそも、バグり気味の距離感で接しては勘違いした男子に
「うん?」
素っ気なく返事をしながら、ちらりと彼女に視線を向ける。
その反対側を黙って歩いているのが、中学のころに転校してきた
話題を振られても、か細い声でぽつりぽつりとしか話さない彼女とは、同じクラスになったこともない。
本田さんと通う女子高が一緒の彼女は、いつも連れ立って帰る。なので今日のようにたまたま時間がかぶって合流したときは、基本こんなふうに三人並んで家に帰るのだった。
「いま、好きな子とかいたりする?」
で、そんな踏み込んだ質問を投げかけてくるのはもちろん本田さん。この距離感バグが、いたいけな少年たちを惑わすのである。
「……いない。そういうの興味ないから。受験もあるし」
まっすぐ前を向いて歩きながら、生真面目な答えを返す。
「ふーん。……でもわたし知ってるよ、きみの好きなひと」
「いや、だからほんとにいないんだって」
否定を重ねながら、再び彼女たちの方に視線を向ける。
こちらを覗き込む本田さんのまぶしい笑顔越し、白河紗月の青白く美しい横顔は、関心なさそうに前を向いていた。
「えー、そんなわけないけどな。あ、でもたしかに、いないって言えばもういないか」
急に何か納得したらしい彼女は、片手でスマホを操作しはじめる。
歩きスマホはよくないと思うけど、注意したところで「そういうマジメなところが好き」とかなんとか誤魔化されるので、やめておく。
「ほら、例の事件の」
いまこの町で「例の事件」と言えば、臨時休校の理由でもある
今朝のことだ。
町はずれの河川敷で、十代と見られる若い女性の変死体が発見された。
下着姿で腹部には無数の刺し傷があり、頭部は身元がわからないほど焼けただれていた。──脱がせた衣服を、顔の上で燃やしたらしい。
「あれがそうだよ。だから、もうこの世に
僕は困惑した。
彼女は、いったい何を言い出すんだろう。
実際に同世代の女性が亡くなったというのに、冗談にしてはあまりに不謹慎で、まったく笑えない。
たしかに距離感はじめ多少デリカシーに欠ける面もあるけど、とはいえ人の死をネタにするような子ではなかったはず。
「……自分がなに言ってるか、わかってる?」
「うん。
──は?
僕は絶句して、足を止めていた。
いろいろある。
自分が白河紗月に向けていたひそかな好意を、見抜かれていたこと。
それを紗月本人の目の前でバラされたこと。
しかも、親友のはずの彼女を猟奇殺人事件の犠牲者扱いしていること。
紗月本人がこの場にいるというのに。
「本田さん、ちょっとおかしいよ。なにかあった?」
どうにか平静を装う僕の鼻先に、返答のかわりにぐいと突き付けられるスマホの画面。映っていたのは、草むらの上に仰向けに寝かされた下着姿の少女の写真。
なまめかしい曲線を描く腹部を中心に、紅い血の色が青白い素肌の上を侵蝕するように拡がって、鮮やかな
おへその辺りには黒い棒状のものが
「きれいでしょ。記念に撮っちゃった」
画面をスライドさせ、再び目の前に突き付けてきたのは上半身のアップ。
顔は紗月のものに見えた。白いレースに飾られたささやかな胸のふくらみに、半開きの唇と虚ろな目はどこか恍惚の表情のようで、思わず見惚れてしまう。
「いや、だって白河さんは」
たぶん、はやりの画像生成AIでも使ったのだろう。そうに決まってる。きっと僕はこの二人にからかわれているのだ。
でなければ、もし本当に事件の犠牲者が紗月なら、犯人は自動的に本田さんということになる。いやそもそも、いま一緒にいる白河紗月はなんだ。幽霊だとでも言いたいのか。
「そこに、いるじゃないか」
「えっ……?」
しかし本田さんは僕の言葉を聞いて、絵に描いたような
「そっか。──
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