第35話
「清仁さんは知ってたんですね。俺が識ノ神の使い手だって」
俺が目覚めた翌日、報告と浄化力の回復も兼ねて清仁さんの部屋(と言ってもほぼ家のような扱い)に来ていた。スウェットを着て、普段の教師をしている服とは大違いだ。だが季節が変わり始めて暑くなって来たのか、袖をまくりあげてリストバンドをした大きな節のある手を見せている。
「もちろんだよ。河内家はそのことは伏せて、お前を弟子入りさせたけどね」
とことんやな奴、と清仁さんは口をへの字に曲げて肩をすくめる。
「で、どうすんの?」
「どうするっていうのはどういうことですか」
「家との関係。思い出したくないかなと思って言わなかったし練習もさせなかったんだけどさ、識ノ神が使えることがわかった以上、有耶無耶にはできないだろ」
緑茶を少し飲んだ。実はこのことは、目覚めたときから決めていたのだ。
「しばらくの間、河内家には言わないでもらえますか。秋くらいまで」
「それはどうして?」
「……怒りが収まらないんですよ。ちょっとくらい面白い反応見せてもらわないと困ります」
「はっはっ、なるほどね。秋の対抗試合までってことか」
「それまでに会合ありますよね。口滑らせないでくださいよ? 何なら久々宮家にも言わないでもらえると助かります。どこから情報漏れるかわかったもんじゃないので」
「おーけー、了解」
こりゃ面白い、と清仁さんが腕を組んだ。
柔らかい感覚。あたたかく包みこまれるような。これは……
「……き、御月」
「んん……ぅ……」
ゆっくり目を開けると、そこは保健室だった。日の光に目を細める。
(私あれからどうなって……)
「気がついたか」
「冬……」
そのときはっとした。
「しずは!? 浅田君も、うっ……」
こめかみに鈍い痛みが走って、思わず声が漏れる。
「いきなり起き上がるな。みんな無事だし、覚前と浅田は三日前くらいから元気に走り回ってるよ。先輩にも大きな怪我はない」
みんな無事。その言葉に息をゆっくり吐き出した。
「俺もあと浄化力が満タンになれば全快だ。お前だけなかなか目が覚めないから心配した」
コポコポと音がして、湯呑みに白湯が注がれる。差し出されて口をつけると、徐々に記憶が蘇ってきた。手が震えてお湯をこぼしそうになり、慌てて横のテーブルに置く。
「御月?」
ふるふるというより、わなわなが正しいだろう。胃を温めていた白湯が燃えるように熱くなり、怒りが込み上げて溢れ出しそうになる。
私では扱いきれない。今まで感情の起伏が微々たるものだった私では。
「私……怒ってるの。家族にも、私にも」
震えた声でそう言うと、自分で自分の体を抱きしめるようにして感情の濁流を抑え込もうとする。
「あの日、家に戻ってこいって言われて、周りが見えなくなった。もうあんなところには戻りたくないのに」
「……だから、もう戻らないって言ってたんだな」
「それにっ……みんなに怪我させて、みんなならわからないはず無いって思ってたのに――! だから自分で自分が許せない」
冬はどうすればいいか迷っているようだった。けれど慰めてほしくない私には、それがちょうどよかった。視界が歪み始める。
「こんな、我慢できないのは、初めてで……黙ってたら、爆発しそうでっ……!」
涙が後から後から溢れてくる。こんなに激しい怒りを今まで感じたことがなくて、どうすればいいかわからない。
「……俺、初めて見たよ。お前が泣いてるところ」
「え……」
ぐっと拭って冬を見ると、ただ優しそうに笑っていた。
「誰もお前に対して怒ってないし、なんなら今回のことでみんな、お前がいた家の方に怒ってる。次からちゃんと、こうなる前に相談してくれ。な?」
「……うん」
小さな子供のように泣く私の背中をさすってくれる冬のおかげで、私の気持ちは徐々に落ち着いていった。
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