習作

霜鳥しもとりの野郎、ゲロ吐きやがったって、傑作だろ!」


 俺は同期の吉田と二人でを馴染みの居酒屋で開いていた。ここのところ酒のつまみもひと皿の値段がどんどん上がってやがる。ただ、今日くらいは俺の奢りで飲ませてやっていた。それもそのはず――。


大木おおぎよ、真理まりちゃんと住むところはもう決まってんの?」


「ああ、もう引っ越しも終わってるからな。ローンはあるけど真理を手に入れたことに比べたら大したことねぇよ」


 真理――三カ月前、ようやくモノにした女だ。後輩の霜鳥と同棲している。顔もいいが、胸のでかさと足の長さが魅力的で、ヘタレの霜鳥には勿体ない女だ。さらに気が強くてガードが堅い。あいつを手に入れるためにどれだけ苦労したか。そのためにこの吉田とその女の由里にも協力してもらっていた。こいつとは昔からいろいろと悪いことをしてきたが、まさかこの俺が女を落とすことにまで手を借りる事になるとは思わなかった。


「ユリちゃんにも助かったって言っといてくれ。うまいもんでも食わせて」


「この前のアレのついでに二人でれいの温泉旅館の予約を入れておいたからな」


 アレ。つまり吉田の女に真理と仲良くなってもらい、女子社員同士で温泉旅行に誘って貰ったのだ。当然、俺たちも同じ宿に泊まり、酔わせて俺がモノにした。一度関係を持ったらあとは簡単に進んだ。少し脅してやるだけで渋々、真理は言うことを聞いた。少しずつ真理の好みを変えてやり、少しずつ身に着ける物も俺の趣味に合わせてエロく変えてやった。野郎が送った指輪もネックレスも売り払ってやった。


 真理は未だに後輩の霜鳥と同棲していたが、野郎の家の彼女の箪笥には俺の買ってやった下着しかもう残っていないはず。他は捨てさせた。それを霜鳥に問い詰められたのが一昨日の話。霜鳥はトイレに駆け込んでゲロを吐いたそうだ。そして俺は以前からの指示通り、真理に別れ話を切り出させた。


「霜鳥、どんな顔をするだろうな。明日が楽しみだ」


「同棲はしてるって聞いたが、婚約はしてないんだよな?」


「してないって言ってたな。してても慰謝料くらい払ってやるさ」


「そもそも霜鳥じゃ訴えても来ねぇか」


 二人で大笑いする。

 今頃は別れ話を切り出されて野郎、目を白黒させてるかもな。



 ◇◇◇◇◇



 翌日の水曜日、真理からの話を楽しみに出社してきた俺だが、真理のデスクが退社時のままだった。


「あっれ? 仁村にむらくん、まだ出社してないの?」


「そういえば見てませんねぇ。遅刻とか珍しいですね」


 近くの女子社員も見ていないと言う。

 俺は思い立って霜鳥のデスクを見に行く。



 霜鳥も来ていない?

 まさか――刺された?


 無意識に親指の爪を噛んでいたことに気づき、取り繕った俺は休憩室へ向かう。


 まさかとは思うが……真理に電話を掛けた。



 ――出ない。


 今からでも霜鳥の家に押しかけたかったが、そういう訳にもいかない。



 ◇◇◇◇◇



 昼頃、霜鳥が流感で休むと連絡してきたという話を聞いた。同棲している仁村 真理と一緒に週末まで休むと言うのだ。


 ――どういうことだ? 真理は確実に落ちてた。今更あのヘタレに心変わりするとは思えない。



 ◇◇◇◇◇



 夜、退社した俺は霜鳥の住むマンションに向かった。ただ、ここのマンションは住人に許可を取らない限り玄関で足止めを食う。何度かインターフォンを押すが反応はなく、携帯も相変わらず繋がらなかった。真理とは表向き、ただの会社の上司の関係でしかない。連絡を取る手段が無かった。



 ◇◇◇◇◇



 翌日の木曜日も当然のように真理は会社に来なかった。

 本来ならもうすでに真理との新しい生活が始まっているはずだった。

 何の気兼ねもなくゆっくりとベッドの上で夜を過ごせたはずだった。



 ◇◇◇◇◇



 金曜日。真理は来ない。連絡もなかった。



 ◇◇◇◇◇



 土曜日、何故か上司からの連絡が入っていた。

 ただ俺は昨日の夜から霜鳥のマンションの前の24時間営業のファミレスに居た。

 うるせえ、今日は休みだろうがよ――連絡を無視して霜鳥のマンションを見張った。


「何であいつがここに……」


 霜鳥のマンションの玄関ホールから出てきたのはユリだった。

 俺は慌てて万札を出して会計を済ませると、ユリを追っていった。


「ユリちゃん、こんなところで何してんの?」


「えっ? 大木さん?」


「さっき、真理ちゃんのマンションから出てきたよね」


「なあんだ、真理恋しさにこんなところまで来たんですか?」


「真理ちゃんは? 揉めたりして怪我してなかったか?」


「誰と揉めるっていうんです?」


「そりゃ霜鳥だよ。別れ話で」


亜月あつきサマと別れ話なんてありえないですよ」


「え?」


 いま、この女は何て言った? 亜月は確か霜鳥の名前だ。なぜそこにサマを付ける。しかもこの女が。何が起こってる? 由里の後をつけると、彼女は近くのモールに入っていった。彼女はモールで食材を買ったあと、再び霜鳥のマンションへと向かう。


「ちょっと大木さん、ここからは入れませんよ?」


「いいから。中に入れてくれ」


「無理ですよ」


「ユリお前、言うことくらい聞けよ」


「人を呼びますよ」


 揉めているとマンションの警備がやってくる。

 俺は舌打ちしてその場を後にした。



 ◇◇◇◇◇



 そして月曜日。

 彼女のデスクにはおかしな女が出社してきた。

 水色のウィッグを被り、服もまた同系統の色のヒラヒラした丈の短い衣装だった。


 ――なに……これ?

 ――コスプレ?

 ――アニメキャラクター?


「あっれー? 大木先輩~?」


 甲高い声で俺に声を掛けてくる。先週までと化粧がまるで違うが真理だった。

 おかしな格好だったが、スタイルの良さと何より足の長さ、顔の小ささがあったため、モデルのようにバランスは良かった。


「ちょ、ちょっと来い真理」


 俺は彼女の腕を取り、休憩室まで連れ込む。


「お前、何考えてんだ!? 霜鳥とはどうなった!?」


「亜月サマは――」


 まただ。また――亜月サマ――だ。


「――昨日エッチした格好でそのまま出社したら~、あたしの浮気を許してくれるって言ってくれました~」


 意味の分からないテンションと喋り方で真理が訳の分からないことを言う。


「は? はあああ??? お前、俺と一緒になるって言ったろ!」


「はい、言いました。でも、それもこれで許してくれるって! 亜月サマが!」


「その亜月サマってなんだ!」


「亜月サマは私たちのご主人様です~」


「お前! 頭おかしいんじゃねえのか?」


「はい、ベッドで頭トロけちゃいました~」


「霜鳥とはもうヤラないって約束させたよな!?」


「強引に押し倒されちゃいましたっ。それからずうーっとスるか食べるか寝るかの五日間でした。でもでも、同棲してるから問題ありませんよね?」


「俺の方がイイっつってたろ!」


「亜月サマは私が壊れちゃうからって手加減してくれてたの。優しいね!」


「つうかそのおかしな喋り方やめろ!」


「成りきらないとダメ! なのですよ。この格好の時には」


 頭が痛くなってきた。なんだこれ。

 ふと通知の響いたスマホを見ると、別の階の部署の吉田からメッセージが届いていた。


『由里が変なコスプレして俺がヘタだと煽ってくるんだが』


 は?


「じゃ、着替えてきますね、せーんぱい」


「あっ、待て――」


 俺が追おうとするのを遮る男。


「――邪……ま……」


 上司だった。その後ろには常務も居る。


「大木君、土曜の連絡、行ってたよね?」


「え、あ、ええ。来て……ましたね」


「経理の処理、ちょっと問題が見つかってね。金曜の夕方に告発? があったんだが……迷惑な話だよな? 休みの日に」


「あ、いえ……」


 俺は常務の部屋まで連れていかれ、吉田とやっていた横領について問いただされることとなった。


 夕方近くにようやく解放された俺はデスクで自失していた。


「お疲れさまです」


 そう声を掛けてきたのは真理。

 普通に喋り、普通の格好――俺が変える前の格好――をしていた。


「どうしてこうなった……」



「横領なんてしてたら当たり前だろ。由里が教えてくれたんだ」


 項垂れていた俺に声を掛けてくる男。


 霜鳥 亜月しもとり あつき


 俺が全てを奪ってやった――つもりでいた男。

 やつの横では真理がシナを作っていた。







 --

 @fsemodeさんの希望に沿っているかわかりませんが、こんな感じですかね?


 R18表現を避けるために寝取る側視点で書いてみました。

 私は寝取る側を書くのが苦手なのでその辺の描写は上手じゃないです。


 寝取られた側がそもそも心理描写されてないため感情移入し辛い分、胸が痛むことがなく、わりと復縁自体許されそうな感じかなとは思います。まあ、ただの寝取り返しになってるといえばそうかもしれませんが、ラレ側への感情移入を避けるのは結構重要ですね。


 私はどちらかと言うとヒロインとの関係を丁寧に書く方が好きなので、そこが逆にダメージとなっているのかも知れません。


 真理の許され度はどんなもんでしょう?


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