第26話 #ディア6(一人称パート)
海賊からわらわを助け出したのは、アヤハルという男だった。掘りの浅い顔立ちに、黒髪、黒目と派手さは無いが、清潔感があり、見目は悪くない。年はセーナと同じくらいか? 恐らくじゃが年齢より幼く見える民族なのじゃろうな。よくわからん。
得体の知れない輩じゃが、わらわ達を助けた事に裏はあるまい。言葉が伝わらない中、懸命に名を伝えようとしたり、屈託の無い表情は演技とは思えん。エスコートの所作については、及第点ギリギリといったところじゃったがな。
わらわはすぐにアヤハルの事が気に入った。それはセーナも同じだったようじゃ。肩を抱かれた際に、ぼーっと頬を染めておったからな。数多の令息や騎士にこなかけられても、顔色ひとつ変えずに断りを入れ続け、硝子の令嬢から防弾硝子の令嬢と囁かれるようになったセーナの心を、アヤハルは一瞬で溶かしおった。まあ、危機から救ってくれた同年代の異性に心がときめいてしまうのも仕方がないじゃろう。一応セーナも年頃じゃからな。
アヤハルがあのモノクロームの船に乗って来たのは間違いない。身にまとっている船外服も、共に連れているオートマタも、これまで見たことのないものじゃ。
あのガラガラを倒した実弾式の銃にも驚いた。無重力下で撃ちながら、アヤハルは反作用を受けておらんかったからな。
だが、これほどまで高度な技術を持ちながら、言葉が通じないのは何故なのじゃ?
アヤハル達が我が帝国にコンタクトをとる為に使わされた特使なら、予め言葉くらいは覚えて来るはずじゃ。いったい何の為にたった一隻で愚弟の即位式に現れた?
うーん、わからん。だが、面白い!
狭い機械兵に押し込められて、海賊船を脱出したわらわが次に目にしたのは、同じような格好をした女(身体のラインから間違いないじゃろう)と抱き合うアヤハルじゃった。中々熱烈に抱擁をかわしておったが、わらわ達の視線に気づくと、慌てたように離れてしまった。あまりに初心な反応で、つい「ヘタレなのじゃ」と口に出てしもうたくらいじゃ。
どうやら、ここはあのモノクロームの船の中のようじゃ。すぐ隣には、ガラガラの船と戦っていた白い戦翼機が、翼と機首を畳むように置かれている。鳥のような見た目は、とげとげしい帝国騎士団のサイバーンよりずっと好みじゃ。戦翼機の操縦は相撲、早駆け、剣術と並ぶ王侯貴族の嗜み。売ってくれんかのぉ? わらわの専用機に欲しいのじゃ。モノクロームの船はわらわの乗艦とするには小さすぎるが、戦翼機はこれがいい。乗っていたのはアヤハルと抱き合っていた女か? 是非顔を見たかったが、女は顔を見せぬまま出て行ってしまった。
入れ違うようにひとりの童が入って来た。髪は白く、眼は鳶色だが、掘りの浅い顔立ちはアヤハルと似通っている。艶やかな紅白の民族衣装に身を包んでいることから、使節の命を受けた、王族かそれに近い身分にある者なのだろう。
だが、なんなのじゃ!? この童に感じる違和感は!?
背は低く、顔立ちも幼いが、身体は妙に育っていて、年齢が読めん! なにより目じゃ! 一見笑みを浮かべているようでいながら、その目はまるで作り物のようで内心が見えぬ。この者は本当に人間か? 間違いなくただの童ではあるまい。実は100歳を超えていると言われてもわらわは信じるぞ?
声にしても聞き取りやすい良い声じゃ。この声には聞き覚えがある。海賊に警告を発したのはこの童に間違いない。
助けてもらった恩もある。わらわは感謝を込めて童に礼をする。ガラガラの前でやったカーテシーもどきではなく、皇帝の前でやる正式な奴じゃ。
童とアヤハルが何故か苦笑しておる。何か可笑しかったのか? わらわはこれまで父親以外に頭を下げたことが無い。まともな礼をするのは久しぶりじゃから多少さび付いていたやもしれん。
童も礼を返してきた。綺麗じゃが、まるで使用人のような所作で、身分ある者の礼の仕方ではない。わらわは童の身分を誤解していたのか? そういえば、アヤハルは童に対して別段礼儀を払ってる様子もない。というか、童が身分ある立場なら、ひとりでこの場に来るのも妙じゃ。この船には他に人がおらんのか?
訝しむわらわを尻目に、童が持っていた箱を開ける。恐らく救急箱じゃな。こういうのはどこの星でもあまり変わらん。童はそこから何やら綿棒のようなものを取り出すと、おもむろにそれをアヤハルの鼻に突っ込んだ。間抜けな声を上げるアヤハルに、わらわもセーナも思わず吹いてしもうたわ。わらわだけでなくセーナまで笑わせるとはこの童やりおる!
綿棒は防疫目的のものじゃろう。帝国でも船に乗る前には大抵ウイルスのチェックを行うからな。海賊船で素顔を晒したアヤハルがそれを受けるのは当然じゃ。
いや待て? アヤハルやわらわ達が危険なウイルスに感染している恐れがあるかもしれぬというのに、童は何故素顔を晒しておるのじゃ?
もしや本当に人ではないのか?
「ディア様。あのお方はもしや……」
「セーナも気づいたか。だが、そうだとして……どうしたものかの?」
帝国が繁栄出来ているのは、今より遥かに進んだ古代文明の遺産を発見することができたからじゃ。だが、高度な技術はそう簡単に理解し、模倣できるものではない。我らが先祖に古代の技術を教え、導いたのがヘザー様じゃ。古代文明の時代に作られた人造の神である。
もしかすると、あの童はヘザー様と同様の存在かもしれぬ。まあ、そうであったとして、どうすることもできん。童がアヤハルと同様の検査をわらわとセーナにしないのは、すぐ帰すつもりだからじゃろう。
この者達とはここまでなのか?
合って間もないというのに、それがやけに寂しく感じた。
わらわにはもう帰る場所は無い。このまま辺境でジジイに嫁がされるくらいなら、いっそのこと彼等と共にという考えが頭をよぎる。
命じられ婚姻を放り出す。それは王侯貴族としての義務を放棄することである。簡単には決められん。それにセーナもいる。
だが……
アヤハルと童が何かを眺めながら深刻な顔をしている。
あれは空間投影か? 帝国では未だ
なんてことじゃ……
海賊共は本当にやりたい放題やったようじゃ。大勢が殺され、傷つけられた。
わらわは自分の事ばかり考えていた事を恥じた。今はまず、砂の踊り子号にいる者達を助けなければならん。
映像を見るに、アヤハル達は重傷を負った者をどうするか決めかねているようじゃ。アヤハル達が助ける義理は無いかもしれない。砂の踊り子号にどれだけ生存者がいるかはわからんが、放っておけばこの者達は死ぬ。
「助けてあげてほしいのじゃ」
思わずアヤハルの腕にすがっておった。砂の踊り子号で傷ついているのは帝国の臣民であり、わらわが救わねばならない者達じゃ。だが今のわらわは、アヤハル達に頼るしか彼等を救う術が無い。
わらわの気持ちが伝わったのじゃろう。アヤハルが頷く。
よかった。ならばわらわも可能な限り手伝おう。
笑顔で返すと、照れくさそうに目を背けるアヤハル。年上のくせに可愛い反応をする奴じゃ。
そんなアヤハルに連れられて小型艇へと向かう。するとそこに、さっきの女が戻って来た。ウイルスに感染する心配は無いと分かったからじゃろう。今度は素顔を晒している。
アヤハルと同じ黒目黒髪。良い女ではないか。船外服越しにもわかる程良い身体をしながら、少女らしく幼い顔立ち。帝城に連れて行けば、突然真実の愛に目覚めた貴族令息共が群がってきそうじゃな。
しかし、やけにアヤハルとの距離が近い。やはりアヤハルの女か?
見つめ合うふたりの顔が近づいていく。よもやうら若き乙女が3人も見ている中で、ちゅーか? 接吻か? と期待した瞬間、童がアヤハルの尻を蹴飛ばした。
これはあれじゃな。
「修羅場なのじゃ」
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