第25話 惨劇
「くそっ。なんだよこれ……」
「酷い……」
客船内に入ると、そこはカウンターとテーブルが並べられたカフェテラスだった。
今そこには、優雅なティータイムを送る人々も、ウェイターの笑顔も無い。あるのは血を流し倒れた数多の屍だ。老人もいれば子供もいる。逃れようとして背中を撃たれた者。膝をつき、命乞い虚しく頭を撃ち抜かれた者。インセクターの麻酔針で眠らされた後、めった撃ちにされた海賊。惨劇の一部始終が生々しく見て取れるような凄惨な現場に、優雅なメロディだけが流れ続けている。
彩晴と涼穂は吐きそうになるのを懸命に堪える。
『おふたり共大丈夫ですか?』
「ああ」
「大丈夫だよ」
『お辛いでしょうが今はおふたりに頑張ってもらうしかありません。誘導しますのでインセクターについてきてください』
「了解だ」
ハツヒメに搬送が必要な重傷者はここにはいないらしい。インセクターの後に続いて、悍ましい殺戮の跡が残る船内を進む。
「どうする? 手分けする?」
「いや、何があるかわからないから一緒に動こう」
搬送予定の重傷者はふたり。二手に分かれた方が効率的ではあるが、単独行動では不測の事態に対処できなくなる恐れがある。二次被害を防ぐためにも、一緒に行動することにした彩晴と涼穂は、まず近い位置にいる重傷者のところへ向かう。
「結構大きい船なのに居住区は狭いんだな」
ARディスプレイで彩晴が眺めるのは、インセクターから得た情報で作られた船内マップだ。
『この船の大半は機関部と貨物の為のスペースですね。客室は50部屋くらいしかありません。乗員乗客合わせて200人程が乗船していたとみられます』
「貨物輸送がメインの貨客船だったってことか。どおりで大きさの割に人が少ないと思った」
このサイズの客船なら数千人が乗っていてもおかしくない。最もそれだけの人数が乗っている船ならば、海賊も20人程度で襲いはしなかっただろう。
「機関部や貨物室に海賊や生存者が隠れていたりはしない?」
『捜索はしていますが、その辺にはどうやら重力も空気を入れてないみたいなので、可能性は低いと思われます』
空気があるのはどうやら居住区だけらしい。確かに地球の船でも、貨物室の中まで常に空気を満たしていたりはしない。
「海賊の生き残りはどれくらい残ってるんだ?」
『逆上した乗客に何人か殺害されましたが、8人が拘束された状態にあります』
「一応インセクターを残して見張らせておこう。回収は諦めることになるな」
『まあ、仕方ありませんね』
重傷者を運び出したら、客船はハツヒメで最寄りのコロニーまで牽引する。来た時のような速度は出せないので、恐らく数時間はかかるだろう。麻酔の効果は半日くらい持つが、客船をこの世界の人々に引き渡すまでの間、生き残った乗客の安全は確保したい。
宇宙軍の備品であるインセクターは出来るだけ回収するのが望ましい。だが、客船の中の様子が分からなくなるのも不安だ。彩晴はインセクターを何体か客船に残していくことを決めた。
静かな通路を進み、客室が連なるエリアにたどり着く。
「あそこにいるのディアちゃんじゃない?」
「本当だ。セーナはいないようだけど、一緒にいるのは知り合いか? 」
彩晴と涼穂が向かう先で、ディアが生き残りの女性ふたりと話している。ひとりは二十歳くらいのボブカットの女性。もうひとりは彩晴や涼穂と同年代くらいの、ツインテールの少女だ。髪色が同じな事から姉妹なのかもしれない。どちらもかなりの美人だ。だからこそ海賊に見逃されたのだろう。そこにいたのはディアとこのふたりだけでセーナの姿は見えない。
『セーナさんは自分の部屋に戻ったようですね。彼女達はディアさんの関係者だと思われますが、注意してください。海賊の生き残りを拘束し、エアドームを起動させたのは彼女達です』
仮想ディスプレイに、その時の映像の切り抜きが映し出される。海賊を拘束する手際の良さから、彼女達が日頃から有事に備えた訓練を受けているのは間違いない。
「身なりからして船員じゃないな。考えられるのはディアの護衛か?」
『メイドさんを連れてるくらいですから、護衛がいてもおかしくはありませんね。本来ならお礼のひとつやふたつあっても良いところですが……警戒は必要だと思います』
「まあ、俺達、不法入国してる身だもんな。拘束してこないとも限らないし、わかった。気をつける」
『相手が美人だからって油断はしないでくださいね』
「わかってる。腕っぷしの強い美人には慣れてるよ」
とん、と涼穂に小さくわき腹を小突かれる。
「戦闘用ウォールスーツ着たままで良かったね」
「まったくだ」
見たところ彼女達は武装してる様子は無い。着ているブラウスやスカートも、100パーセント天然素材で作られた、この世界の一般的な衣服に見える。例え戦闘になっても、装備の差でこちらに分があるだろう。とはいえ、彩晴も涼穂もまだまだ未熟な学生だ。もしも、相手がシークレットサービスのようなプロフェッショナルだった場合、どれだけ装備に差があっても覆される恐れはある。
「ディア!」
彩晴が呼びかけると、ディアが手を振って答えた。そして大きく手招きする。
『重傷者のひとりがいる部屋です』
「了解」
開かれたドア。宇宙船の中とは思えない、ノブのついた木製のドアだ。その向こうで、わき腹を撃たれた裸の少女が、荒い息を吐きながらベッドにもたれていた。年はディアより少し上くらいといった少女だ。少女の手には銃が握られ、床には死んだ海賊が倒れている。下半身を露出した海賊。赤い染みの残る乱れたベッド。撃たれる前に、少女がどういった目に合ったのかが容易に想像できる。
凶行の後、海賊は少女を撃ち殺そうとした。だがその瞬間、インセクターが麻酔針を撃ち込んだことでレーザーは急所を外れ、少女は重傷を負いながらも銃を奪い、報復を果たしたのだ。
「君は頑張った。君はよくやった。必ず助けるから、あと少しだけ頑張れ」
彩晴は少女の手からそっと銃を取り上げると、それをベッド脇へと置く。
「すぐに運ぼう。ストレッチャーを! すず! 足を頼む!」
「おっけー!」
白い肌に赤黒く残る銃創。レーザーで傷を受けるとその面が炭化する為出血は少ない。だが、血流が阻害され患部周辺が壊死を起こし、小さな傷でもやがて死に至る。この少女もこのままではあと1時間と持たないだろう。
「「せーの」」
少女をストレッチャーに乗せると、自走型ストレッチャーは、1体のコマンドドッグに先導されて内火艇に向かって走っていく。
「よし! 次へ行くぞ。ハツ、誘導を頼む」
『了解です』
だがその時だ。
「あや!」
涼穂の声に振り返ると、ツインテールの少女が涼穂に銃を突き付けていた。
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