第21話 #ディア4(一人称パート)

「ところで、全員口封じに殺すという話じゃが、わらわの侍女は見逃してはもらえんか? これほどの器量良しの娘をここで死なせるには惜しいじゃろう?」


 今もずっと目を伏せているセーナ。大方自分のせいで船が襲われたとでも考えておるのじゃろう。


 だがセーナのせいではない。もし、わらわが乗っていなくてもガラガラはこの船を襲っていた。目を付けていたと言っておったしな。


「確かに売れば良い値が付きそうだが、先ほど姫様がおっしゃられたとおり、我々は目撃者を全て殺すように上から言いつけられています。そちらのお嬢さんは諦めて頂く他無いですな」


 お役所か!? 海賊のくせに融通のきかん奴じゃ!


「まあ、せめてもの情けとして死ぬ前にこのガラガラが極楽へご案内して差し上げましょう」

「ずるいですぜ頭!」

「俺達にも回してくださいよ!」


 ガラガラの側近じゃろう。ここにいるのは、どいつもこいつもいい歳こいたおっさんばかりじゃ。まあ、若ければいいのかってわけでもないのじゃが。


「わかったわかった。だが最初は吾輩だ。その後は好きにしろ」


 ひゅうと歓声を上げる海賊共。


 調子に乗るでないわ貴様等! セーナへの手出しは絶対に許さんぞ!


 と、口から出かかったのを寸前のところで抑え込んだ。幸い、セーナを救う為の屁理屈は既に考えてある。感情に任せて怒鳴りつけては全てがご破算。セーナの命は無い。

 

「待て。その娘は後に必要になるはずじゃ」

「どういうことですかな?」

「貴様等は、わらわを引き渡した後、自分達が口封じに消されるとは考えんのか? その娘、セーナ・キルケシィは侯爵に対する切り札になるからとっておけと言っておるのじゃ」

「はっ! 何を言い出すかと思えば! そんな事あるはずない」

「本当に無いと言えるか?」


 押し黙るガラガラ。盛り上がっていた手下たちも顔を見合わせて、気まずそうな表情を見せる。


 やはりな。


 皇族を攫う。いくら頭のいかれた海賊とて、それがどれだけやばい仕事かくらい理解している。無事わらわを侯爵に差し出したところで、口封じに消されるのではという予想くらいはしていたはずじゃ。だが、小奴らは受けるしかなかった。数百隻の艦艇を持つ侯爵相手に、海賊お得意の暴力は通用しないし、訴え出たところで、碌な扱いを受けれずに消されるじゃろう。暴力しか能の無いものは、それ以上の暴力の前に屈するしかない。言われるがままに汚れ仕事を行い、死ねと言われたら死ぬしかないのじゃ。


 ガラガラの反応から行けると思ったわらわは、海賊共に救いの手を差し伸べる。


 わらわには海賊を抑える力はない。だが貴族と戦う術を知っている。それを伝授することで、ある程度の要求は通せるはずじゃ。


「この娘。セーナ・キルケシィは実は宰相の娘である。この事はサイサリアス侯爵も知らんじゃろう」

「ほう?」

「ディア様!?」


 セーナが驚いて声を上げるが、わらわは黙っているようにそれを制する。


 セーナがギッツの娘だというのは勿論でまかせじゃ。だが仕方がない。宰相の愛人候補やお気に入りでは、取って付けたように話を盛ってる感じしかせんからの。


「お嬢さんが天下の宰相閣下の? 確か宰相閣下は30そこそこだったはず。子供だというには大きいようにも見えるが?」


 海賊がセーナの顎をしゃくる。ええい! 汚い手で触れるでないわ!


「16年前、ギッツは17歳。ありえん話ではなかろう? 若き日の過ち故、今でも表立っては実の父を名乗れず秘匿しているのじゃ」

「わはははは! なるほど確かに!」


 破顔するガラガラ。ゴシップが好きなのは、貴族も海賊も変わらんらしい。


「サイサリアス侯爵といえども、宰相と正面からやり合えばただではすまん。だからセーナの事は侯爵に見つからないところで大事に隠しておけ。万が一、まあ、確実だと思うが、侯爵が貴様らの口を封じを行ったとしても、セーナが宰相に保護されれば悪事は全て明らかになり、侯爵を道連れにできる。交渉の材料としては十分じゃ」


 海賊の口から訴えたところで侯爵を裁くことなどとても無理じゃ。なんせ海賊じゃからな。信用ゼロじゃからな。


 だが、セーナなら別じゃ。貴族令嬢であり、帝宮の侍女であり、わらわの傍付きじゃ。国の中枢に使える人物であり、その証言はギッツの耳に直接届く。


 例え宰相の娘でなくても、セーナの身柄は十分交渉の材料になりうる。だが、そんな事情は海賊には知る由もない。だから、サイサリアス侯爵は、わらわ以外の人間を全員殺すようにガラガラに念押ししたのじゃ。


 まさか、わらわが海賊に入れ知恵するとは、夢にも思っとらんじゃろうしな。


「なるほど確かに……おい、こちらのお嬢さんもお姫様と同じく丁重に扱いなさい」

「ちぇっ! 残念だなぁ……極上の生娘ですぜ?」

「なに、少しの間楽しみを後に取っておくだけですよ。最初に楽しむのは吾輩ですからね! つまみ食いしたら許しませんよ!?」


 ちょろいもんじゃ。


 だが、わらわが救えるのはセーナのみ。他の乗客を救う術は無い。


 すまん。


 無力ですまん。


 心の中で乗客達に許しを請う。


「お頭……メドカ号からです」

「ふむ。失礼」

 

 どうやら外にいる海賊船の一隻から通信が入ったらしい。手下のひとりから無線機を渡されたガラガラが席を立つと、セーナが涙ながらに語りかけてきた。


「ディア様」


 セーナの言いたいことはわかる。自分ひとり助かる事への不満じゃろう。


 繊細で優しい娘じゃからな。そんな貴族令嬢らしからぬところが気に入ってわらわはセーナを侍女にしたのじゃ。


 だが、次にセーナが放った言葉は予想とかけ離れたものじゃった。


「ディア様は、私の父の事をご存じだったのですね」


 ……


 嘘じゃろ?


 自分でもよく声を上げなかったと褒めたいくらいじゃ。


 セーナよ。本当にギッツの娘だったのか?


「……ディア様はこれまでずっと私を傍に置いて護ってくださいました。大切にしてくださいました。なのに私は……あなた様の事を裏切っておりました」


 セーナは本当にギッツの娘だったと? それで、わらわにつけられたギッツのスパイだったと言うのか?


 確かにな。セーナを侍女にすると言った時、すんなり認められてちょっとおかしいと思ってたんじゃ。セーナは良い子ではあるが、皇族の侍女になるには経験が浅すぎるし、何より後ろ盾が弱い。わらわと日頃から直接接するセーナは、わらわに取り入ろうとする者にとってみれば恰好の弱点じゃ。貧乏貴族のキルケシィ子爵家では自分達の身を護ることができん。家族をネタに脅迫することで、セーナを自由に操る事が出来れば、わらわに対して直訴も暗殺も思いのままじゃからな。だから本来であれば、セーナが帝宮で侍女になるなど認められるはずがなかったのじゃ。


 ギッツは自分がキルケシィ子爵家を庇護下に置くことで、セーナが侍女になる事を認めさせたのじゃろう。だが普通は縁もゆかりもない他家のためにそこまでしない。贔屓になるからな。


 愛人にすると偽って帝城に呼んだり、わらわの侍女にする事に協力したり、ギッツは余程セーナを手元に置いておきたかったらしい。で、侍女にするついでに、わらわの動向を監視させていたと。


「わらわがこの船に乗っていることをギッツは知っておるのか?」

「はい」

「そうか。よくやった」

「ですが、私はあなた様のことを裏切っておりました」

「裏切ってなどおらん。わらわにはギッツにバレて困る事情など無いからな。セーナが気にする事はない」


 ギッツの手のひらで踊らされていたようで悔しいが、今回ばかりは助かった。確実に救援を期待できるようになったのだから。


 この船にも近衛インペリアルナイツの騎士か庭番ガーデンガードの隠密が乗っていたはずじゃ。とはいえ少数であろうし、5隻の海賊船からなる襲撃には対処できなかったじゃろう。まだ無事ならば良いのじゃが……


「ディア様。申し訳ございません」

「よい。わらわは知っておった。知っておったのじゃ……ガラガラが戻ってくる。この話はまた後でしよう」

「はい」


 もう、知ってた事にするしかないじゃろ。娘だと知っていながら侍女として庇護下に置いてやっていたことにすれば、後にギッツへの貸しに出来るからな。一杯食わされてしまったが、ただで起きてやるものか。

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