第20話 #ディア3(一人称パート)
「海賊男爵ガラガラ。帝国の至宝ディア姫を頂きに参上仕った!」
と、仰々しくのたまうのは派手な格好をした髭のおっさん。
金の刺繍がごてごてと入った青いコートに下は白タイツ。幅広の帽子には極彩色の鳥の羽飾り。絵本の中から出てきたかのような見てわかりやすい海賊船の船長じゃ。趣味の悪さと白タイツに思わず吹き出しそうになったわ。
後ろには銃を手にした手下がふたり。こちらはいかにも下っ端海賊といった感じで、シャツとズボンに頭にはバンダナ。どうやら形を大事にする古風な海賊のようじゃ。ただ、絵本の中の逞しい海の男と違い、三人とも青白い肌にひょろろりとした身体付きで、なんとも貧弱そうな見た目じゃ。一対一で銃を持っていなければ、わらわやセーナでも勝てそうな気がしなくもない。
だが、弱そうだからと言って油断は出来ん。ドアを開けるのにマスターキーを使ったのだろう。少し前に部屋の外で言い争う声が聞こえた。恐らくドアの陰にはマスターキーを持っていた乗務員の亡骸が転がっているのが想像できる。
人の命を奪う事を躊躇しない相手。そんな輩を果たして人間と呼んでよいのか、まったくもって厄介じゃ。
海賊共はわらわとセーナを確認すると、ねぶるように視線を送り、にやにやと笑みを浮かべた。
あんなのに抱かれるくらいなら死んだ方がマシじゃな。触れられるのも嫌じゃ。
寝室に連れ込まれたら、隠しておいた銃で迷わず頭を撃ち抜こうと心に誓う。
「ディア姫とお見受けするが、間違いございませんか?」
髭の男がわらわに向けて語りかける。言葉遣いは丁寧だが、態度は蕪村極まりない。
しかし、海賊共の狙いがわらわとはの。まったく、どこから嗅ぎつけてきたのじゃ?
「海賊が貴族を名乗るな。不愉快じゃ。あと、わらわは姫ではない。帝姉である」
「ほう。流石は肝が据わっていらっしゃる」
じろじろと不躾に視線を送ってくる海賊共に、わらわはあえて席を立って出迎える。
「ルギエス皇帝が姉、ディア・ニィ・ルギエスじゃ」
スカートの端を持ってちょこんとカーテシーもどきをして見せる。
知っておるぞ? 男の子はこういうの好きなんじゃろ?
わらわはの服装は、やや丈の短い白の薄手のワンピースに、足にはサンダル。清楚な気品と、子供の健康的な可愛らしさを引き立てる見事なチョイスである。無論、これらの服を用意したのはセーナじゃ。
むき出しの肩や腕。素足を海賊なぞに見せるのは勿体ないが、どうやらその価値はあったらしい。
男などロリコンばかり。オルカの言った通りじゃな。だらしない顔のまま固まっている海賊共を尻目に席に戻ると、セーナに茶を入れるように命じる。
「セーナ。客人に茶を。ガラガラと言ったか? 後ろのふたりにも必要かの?」
「……いやいや、こいつらは茶の味などわかりませんからな。気づかいは無用です」
「そうか」
ガラガラとかいう海賊は、わらわの対面の椅子に腰を下ろす。
いい調子じゃ。
わらわは内心でほくそ笑む。交渉で時間を稼ぐという、こちらの思惑に思いのほかあっさり乗って来た。こんなおっさんと茶など飲みたくないが、まあ、仕方がない。
ガラガラの手下達は鼻の下を伸ばしてセーナの後ろ姿を追っている。はてさて。極上の美少女であるセーナを前に、小奴らがどこまでお預けができるか微妙なところじゃな。
「ガラガラよ。貴様は茶の味が分かるというか?」
「多少は。吾輩は元々このあたりの資源採掘コロニーの代官を務める男爵家の生まれでして、今でも貴族の嗜みは忘れておりませんよ。姫殿下」
男と言うのはやたら自分の事を語りたがるとオルカが言っておったな。聞いてもおらんのに自分の事を喋ってきおる。
しかし、わらわの言ったことを聞いておらんかったようじゃな。今のわらわは姫ではないというに。まあ、面倒だし良しとしよう。貴族ならば許されん間違いじゃが、相手は
まあ、語りたいなら語らせてやろう。こちらにとっては好都合じゃ。
「ほう? それが何故海賊になった?」
「趣味ですよ」
は? と言いたかったが寸前で飲み込む。
「祖父が過激な人でしてね。表面上は上手く隠していましたが、その本性はとにかく人を苦しめるのが好きな人でした。気に入らない部下を殺したり、気に入った女を攫って犯し、飽きたら殺すといった事を日常的に行っていました。しかし、狭い領地です。領民をいたぶることだけで満足できなくなった祖父は、外からやってくる船を襲うことを思いつきました。それがガラガラ海賊団の始まりです」
心底胸糞の悪い話じゃな。
どこまで腐っておるのかとなじってやりたかったが、ここで激高されては元も子もない。小奴らが盛大に報いを受ける時は必ず来る。それまでは刺激せず、わらわは口を噤み聞きに徹する。
「ところが、20年ほど前に二代目を継いだ父がへまをしましてね。これまでの悪事や海賊行為がばれてしまい、我が家は取り潰し。父を始め家族は皆処刑されましたが、吾輩はひとり運よく逃れ、3代目海賊男爵を襲名したのです」
何が3代目じゃ。阿保過ぎて話にならん。胸焼けしそうな気分のところにセーナがガラガラの分の茶を運んできた。
「ありがとうお嬢さん。まともな茶を飲むのは久しぶりだよ。なんとも良い香りだ」
ガラガラはそこそこ様になった仕草でカップに口をつける。
「ほう! これは美味い!」
こいつ。疑いもせず飲んだな。毒が入れられているとは考えんかったんか?
まあ、毒など盛ってはおらんがの。最もそんなもの持っておらんし。折角の茶を台無しにするなど以ての外じゃ。勿体ない。
「皇族御用達の茶葉の中でも最高のものじゃ。皇帝でも特別な日にしか飲まないようなとっておきじゃぞ?」
「ほほう!」
セーナに頼んでわらわもおかわりを貰う。香りも味も素晴らしい最高級の茶葉。海賊風情には勿体ないが、あの世には持っていけんからな。
「吾輩にももう一杯いただけますかな?」
図々しくおかわりを要求するガラガラ。セーナは黙ってそれに従う。
「随分悠長に構えておるがよいのか? 警邏艇や賞金稼ぎがやってくるのは時間の問題じゃぞ?」
「ご心配なく。この宙域を担当する警邏隊の司令とは顔なじみでしてね。近辺に他の船は当分やってきません。それになにより、頭目として、部下達を楽しませてやらねばならないのですよ。殺して奪う快楽を味わえなければ、海賊などやってられませんからね」
清々しい程のクズ共じゃな。
中古のぽんこつといえど、船というのは庶民にとっては一財産じゃ。売れば一生遊んで暮らせるくらいの額になる。だがそれをせず、わざわざ危険な海賊家業を行うのは、単に頭がおかしいからに他ならない。
「で? ガラガラよ。なぜわらわがこの船に乗っているのがわかった?」
「元より我々は、この船に目を付けていましてね。乗客名簿を確認していたところ、そちらのお嬢さんの名前を見つけたのです」
そう言ってガラガラはセーナに目を向ける。
「海賊が襲う船の乗客名簿を確認するとはまめな事じゃ」
「我々も、巷で思われてるほど自由ではありませんので」
海賊というのは大抵、背後に貴族や豪商といったパトロンがいて、その汚れ仕事を請け負っている。船の改造や維持、略奪した金品の換金などは、社会的信用ゼロの海賊だけではどうにもできんからな。地位のあるパトロンは海賊にとって不可欠なのじゃ。だから、襲う船は事前に調査を行い、パトロン様の身内や揉めると厄介な人物が乗り合わせていないかを一々確認しているのだという。
ギッツの用意した船に乗りたくなかったわらわは、セーナに民間船のチケットを取るように命じた。だが辺境へ向かう民間船のチケットは、その頃どこもいっぱいだった。戴冠式があるせいで人の動きが多くなるから無理もない。そこでやむなくセーナは実家であるキルケシィ家の名を使い、貴族特権で割り込みをかけて、戴冠式の翌日に出る砂の踊り子号のチケットを入手した。ちなみにわらわは帝城の食堂で働く娘の名を借り、書類上はセーナお嬢様のメイドという立場で乗船している。
船内では明らかに立場が逆なことを不審に思われたじゃろうが、船員は貴族の事情に口出しなどしないから問題ない。
わらわが帝城でる事で、セーナは侍女を解任される予定じゃったし、娘の出身はレクレード辺境伯領じゃ。わらわを慕って追いかけるセーナと、里帰りする娘という具合で不自然には思われんと思っておったが甘かったか。
──とはいえじゃ。
「海賊風情がわらわの侍女を知ってるはずがなかろう。言え。貴様の背後にいるのは誰じゃ?」
セーナのことだけではない。隠しているわけではないが、王侯貴族の女子は社交界デビューを終えるまで公の場には出ないのが習しじゃ。先日即位した愚帝……おっと、愚弟に双子の姉がいることなど、民にはほとんど知られておらん。そんなわらわが家出同然に帝城を出ることなど、海賊ごときが知りえるはずがない。
さて、どこの馬鹿じゃ? 海賊のパトロンというだけでも問題なのに、わらわを攫わせるなどを命じた輩は?
ギッツではないな。あれでも為政者としては出来た男じゃ。皇帝のお膝元である帝星系内での海賊行為など奴が許すはずがない。連れ戻すにしろ、暗殺するにしろ、民を巻き込むような真似はせん。
愚弟という線もない。友達のいない愚弟には自由に使える駒など無いからな。
「確かにそうですな! なるほど。聞いていた通りあなた様は胆力、知性共に帝国の至宝と呼ばれるにふさわしいお方のようだ。ですが、申し訳ありません。吾輩はそれを口にするわけにはいかぬのです。どうかご容赦願いたい」
「ふむ。サイサリアス侯爵あたりか?」
ガラガラの口元が僅かにひきつったのをわらわは見逃さない。どうやら当たりを引いたようじゃ。
帝国には数千もの貴族家が存在するが、その中で帝宮内に顔が効き、野心が強く皇族の誘拐を企むような阿保は片手で数えられる程に絞られる。その中から直感で言って見事的中させたわけじゃが、実はまぐれだったなど言うてやる必要は無い。わらわは全てお見通しみたいな顔をして話を進める。
「表情に出過ぎじゃ。そんな簡単にぼろが出るようではすぐに切り捨てられるぞ?」
「ははは、これは参りましたな。ご忠告痛み入ります」
畳みかけると額を叩くガラガラ。やはり背後にいるのはサイサリアス侯爵で間違いないらしい。
「すげぇ。お頭が子供にいい負かされてるぜ」
「やっぱ、本物の貴族は頭の出来が違うんだなぁ」
「何か言いましたか?」
「いえ、なんでも……」
「……ありません」
「結構」
軽口をたたく手下を黙らせるガラガラ。
黒幕が知れた上に、良い感じに会話の主導権をとれてわらわとしても一安心じゃ。
しかし、サイサリアス侯爵とは面白い。
サイサリアス侯爵家は前皇帝の第二皇妃カペラの実家である。
カペラが嫁いできたのはわらわと愚弟が8歳の時じゃ。その頃カペラは16歳で、父とは20近く歳が離れておった。まあ、行き遅れや未亡人が皇妃に選ばれたりはしないから、歳の差婚になるのは仕方が無い。
さて、帝国では、皇族と結婚してもすぐに皇族として認められるわけではない。子を作り、その子に皇位継承権が認められる事で、初めて皇族として迎え入れられると法で定められている。
皇帝の妃、帝配であっても同じである。皇妃の場合、次期皇帝である皇太子、皇太女を産む事で皇后と呼ばれ、皇帝と並ぶ権威を得る。だが、子供を作らなければ、皇帝の妻であっても皇族ですらないのである。
前皇后の子である愚弟とわらわがいる限り、カペラが皇后になることは無い。しかも、皇帝である父はカペラが18歳になるまで床を共にせんと公言していた。皇族としても扱われず、カペラの帝宮での立場は、側室と変わらんかそれ以下。半ば幽閉状態に置かれておった。まあ、わらわ達の身の安全を鑑みれば当然の処置じゃろう。そんな中、皇帝が消息不明となったことで焦ったのじゃろう。カペラはあろうことか幼い愚弟の寝所に潜り込み、無理やり貞操を奪おうとした。で、あっさりバレて帝城を追い出された。サイサリアス家が一族郎党帝宮出禁になったのは言うまでもない。
倍も年の違う年増に辱められて、可哀そうに愚弟はそれからというもの、自分より力の弱い年下の令嬢としか付き合えなくなってしもうた。ギッツとしては年上の令嬢をあてがい、とっとと次代を作らせたいところじゃろうが、あの調子じゃ当分それも望めないじゃろう。
面倒な第二皇妃が排除出来て、愚弟の面白エピソードが増えて、ギッツが困って、わらわからすれば大変面白い顛末じゃった。今思い出してもうっかり頬が緩みそうになる。
いかんいかん。表情に出さぬことをガラガラに忠告したばかりじゃ。
「大方、侯爵家の誰か……ここは面識のある五男当たりかの? それと、わらわが駆け落ちした挙句、わらわと五男は不慮の事故で死亡。数年後、侯爵は自身の子とわらわが生んだ子供と涙の体面を果たすという筋書きじゃろうな」
サイサリアス侯爵の五男坊……名前は忘れたが、年齢が近かったこともあって、かつて愚弟の遊び相手として皇宮に出入りしていたことがある。姉のカペラが帝城を出禁になってからそ奴もこなくなったが、わらわと面識があり、婚約者候補にも挙がらないような五男坊は駆け落ちというシナリオには都合がいい。
子が出来てしまえば、用済みとなったわらわは殺されるじゃろう。五男も殺されるな。優秀だという話も聞かないから、駆け落ち期間中の辻褄合わせでぼろが出る恐れがある。わらわを攫うなど侯爵家にとっても大博打じゃ。リスクは極力排除するじゃろう。それが我が子であったとしても。
「姫殿下は随分と想像力が豊かでいらっしゃいますな」
「考えるまでもない。海賊を使いわらわを拐かすのは、わらわをもう帰すつもりが無いということじゃ。貴様等は目撃者を全員殺せと念を押されているのじゃろう?」
「本当によくお分かりで」
「侯爵の目的は、密かに自分の血を引く子をわらわに産ませ、その後見となることじゃ。その後は皇帝を排除し、その子を皇帝に据える腹積もりじゃろう」
サイサリアス侯爵は非常に野心の強い男じゃ。
我が母亡き後、すぐさま幼い娘に皇妃教育を施し、見事第二皇妃に押し上げてみせたりと、無能でもない。もし首尾よく父とカペラとの間に子が出来ていたら、侯爵はやはり愚弟とわらわの命を狙ってきたじゃろう。父もギッツの父親である当時の宰相もカペラに対して警戒していた。それはカペラを追い詰めることになったのじゃが……
カペラの件でサイサリアス侯爵家は帝宮だけでなく、社交界からもはじき出されておると聞く。決まっていた跡取りの息子の婚約は白紙撤回され、有力貴族との縁談は今後絶望的な状態じゃ。
サイサリアス侯爵家は最早貴族としての体面を保てぬほど切羽詰まっている。
だから、まあ、やれるところまでやるじゃろうな。
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