第17話 妖精とTバック
ずた袋を開けたとたん、飛び出してきたのは12、3歳くらいの女の子だった。
さらさらとした金色の長い髪、白い肌に清楚なデザインの白のワンピースが無重力空間でふわりと広がる。
(この世界には妖精がいるのか?)
一瞬目が合う。暗がりの中でも輝くような翡翠の瞳。強い意志を感じる視線に彩晴は一瞬呑まれた。
「※※※!」
女の子は無重力に慣れた様子で身を翻す。白いワンピースひざ丈のワンピースが大きく捲れて、健康的な太ももと、その奥までが露わになる。
(レースのTバックだと!?)
彩晴が目が目を奪われた次の瞬間、女の子の足がヘルメットのバイザーを強く蹴りつけた。蹴りつけた反動で通路の奥へと消えていく女の子。彩晴にダメージは無いが、背中を壁にぶつけることになった。
『何やってるんですか!? 早く彼女を追ってください!』
「あ、ああ」
ハツに叱責されて女の子を追う彩晴。
女の子は海賊に掴まったことでパニックになっているのかもしれない。通路の奥から必死に誰かに向かって呼びかける声が聞こえてくる。
「※※※! ※※※!」
「おい! 待ってくれ! って……言葉通じてないよな」
彩晴が声をかけるが、女の子は彩晴を一瞥すると通路の奥へと進んでいく。
ただ、分かったのは女の子は決してパニックに陥っているわけではないということ。明確な意思を持って何かを探しているようだ。
『あや!? いったい何してるの? 早く脱出して!』
海賊船の主機は限界寸前であり、いつ爆発が起こってもおかしく無い状況だ。外で待機している涼穂としては気が気でないのだろう。
「ちょっと待ってくれ。誘拐されてきたと思われる民間人を見つけた。中学生くらいの女の子だ。それにもうひとりいるかもしれない」
彩晴は、海賊が背負っていた袋がふたつあったことを思い出した。その中に女の子の縁者が入れられていたことは十分考えられる。
「このあたりだったはずだけど」
海賊と撃ち合ったエレベーターホール周辺を見回す。そこには、プラズマインパクトガンを受けて気を失った海賊ボス(仮)が浮かんでいる。海賊ボス(仮)を見捨てて逃げた海賊は既にコマンドドッグによって制圧済だ。
(悪いけど、お前を助ける余裕はない)
目を覚ますと面倒だ。彩晴は海賊ボス(仮)を通路の奥へと蹴り飛ばす。
「あった!」
エレベーターホールをライトで照らすと、天井にひっかかった袋が見えた。
「※※※!?」
「うおっ!」
頭に衝撃。ちゃっかり後をついてきていた女の子が、彩晴の頭踏み台にして天井に飛び上がったのだ。
「俺を踏み台に……」
『随分無重力に慣れてるようですね』
「無重力で活動する服装じゃないけどな」
無重力に慣れている上に、運動神経も良いのだろう。女の子の動きはまるで無重力空間を泳ぐ人魚のように軽やかだ。ただ、必死なのか、元から見られても気にしないのか、女の子はスカートが捲れようがお構いなしだ。年齢にそぐわない際どい下着を身に着けているのも問題である。
『ハツ、私にも映像回して』
「脇見運転危ないだろ?」
『あやは黙って!』
「……はい」
『映像回します』
女の子の映像を見た涼穂は一言。
『あやのスケベ』
『奥さんの検閲に引っかかったようなので、この映像データは後で消去しますね?』
「『奥さんじゃないし!』」
『相変わらずですね』
ふたりの息ぴったりな反応にハツは苦笑するしか無い。
『※※※! ※※※!』
女の子は必死に袋を開けようとしている。だが、結び目が固く、女の子の力では解くことが出来ないようだ。
彩晴へと向けられる女の子の視線。
目は口程に物を言う。翡翠の瞳が雄弁に語りかけてくる。
黙って見てないで助けるのじゃ!
「オーケー」
言葉は通じないだろう。彩晴は身振りで敵意が無いことを伝えながら刺激しないように女の子に近づく。
袋の中から声がする。人が中にいるのは間違いない。シェルパンツァーのセンサーを通して、ハツが袋の内部をスキャンする。
『こっちも女性ですね。身長約160センチメートル、体重47キログラム』
「いや、それはいいから」
『要救助者の身体データは救助計画に関わることです。可能な限り共有するようマニュアルで定められてるんですよ』
「わかってるけどさ。宇宙軍に訴訟が多い理由がなんとなくわかった」
ナイフで結び目を切断する。すると、今度は彩晴と同じくらいの歳の女の子が出てきた。
フリルのついたエプロンドレス。頭を飾る白いプリム。
メイドさんだと!?
「※※※!」
「※※※※!」
女の子がメイドの胸に飛び込んだ。メイドも女の子を受け止めて、無事を喜び合うように抱きしめる。
メイドのロングスカートの裾が捲れて、ちらりと覗く白い太ももと黒のガーターベルト。女の子の方はお尻まで全開だ。
『あや!』
「いや、仕方ないだろう!? 宇宙でスカート穿いてる方が悪い!」
『確かに、彼女達の衣服はどう見ても天然素材100パーセントです。宇宙なめてんのかって感じですね』
「ほんと、どんな文明だよここ」
宇宙進出を果たし、星間国家を築きながら、文化レベルはまるで地球の中世だ。
「※※※※※※※※※※※」
女の子を庇うようにしてメイドが彩晴を睨みつけてくる。
女の子は恐らくこの世界で、かなり高い地位に属しているのだろう。気品のある容姿。普段から人を使うことに慣れているかのような立ち振る舞い。中型船で暴虐の限りを働いた海賊が、わざわざ彼女を攫おうとしたことからもそれが伺える。
メイドは華奢な身体を震わせながら、得体の知れない存在である彩晴から、主人である女の子を必死に健気に護ろうとしている。
「これでいいかい?」
彼女を安心させるため、彩晴はヘルメットを外す。
『彩晴さん!?』
『あや!?』
「仕方ないだろう? 顔を隠したままじゃ警戒するに決まってるって」
目は口程に物を言う。たった今、それを彩晴が女の子から教わったばかりだ。
彩晴は彼女達に向けて笑顔を浮かべる。
「あやはる」
自分の胸に手を当ててゆっくりとわかりやすく名を名乗る。
女の子は一瞬きょとんとした表情を見せたが、彩晴はもう一度それを繰り返す。
「アヤハル!」
女の子はそれが名前だと理解したようだ。指をさして名前を呼んできたので、彩晴は肯定を示すように頷く。
「ディア!」
「セーナ」
女の子がディア。メイドがセーナ。ふたりは彩晴がやったように、自分の胸に手を当てて名前を言う。
「ディア、セーナ」
彩晴が確認するように名前を呼ぶと、笑顔を見せるふたり。
『ディアさんとセーナさんですか。こうも容易く女性の名前を聞き出すなんて、流石は我らがキャプテンソーマですね』
(こら。まるでろくでもない男みたいな言い方するな)
突っ込みたかったが、無暗に通信に反応するとふたりに警戒されかねないので、心の中にとどめておく。
『凄い美人……まるで妖精と天使みたい。もう! あやがどんどんラノベ主人公になっていくよ~!』
後半は異議を申したいが前半は涼穂に完全同意である。ディアもセーナもとびきりの美少女だ。子供っぽく無防備だが利発な妖精ディアと、健気に主を護ろうとする天使セーナ。
(まあ、お前も負けてないけどな)
と、素直に口に出せない彩晴である。
「ディア、セーナ」
彩晴はお嬢様お迎えする騎士になった気持ちで、エスコートをするかのようにディアに手を差し伸べた。
士官学校のカリキュラムにはマナー教育も含まれている。軍人というのは意外にパーティーに参加する機会が多く、また、要人の接待といった任務を受ける場合もあるからだ。
『あやってマナー講習の成績かろうじて可だったよね?』
(うるせーよ!)
つい突っ込みたくなるのを必死に耐える。
本物のお嬢様とメイド相手に地球のマナー、それもかろうじて可の付け焼刃が通用するかはわからない。だが、ディアは満足そうな笑みを浮かべて彩晴の手を取った。
(よし!)
地球の学生、相馬彩晴とルギエスの帝姉ディア・ニィ・ルギエスとの出会い。
銀河の対極に位置するふたつの文明に生まれた少年と少女物語の始まりとして、後世語り継がれることになる。
「すず、ハツ見てるか? 異星人とのファーストコンタクトだ」
『地球へようこそエイリアンは?』
「うるせーよ!」
そんなの当然ノーカウントである。
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