小説の始まりを指定ワードから紡いでいく企画参加作品集/#シロクマ文芸部

想田翠/140字小説・短編小説

第1話 『最後の私の日』/「私の日」始まり指定

「私の日! 今日だけは私の日だから」……口から出そうだった言葉を慌てて飲み込んだ。

 弟はよだれをダラダラ垂らしながら、ママにすがりついている。

いつでも抱っこしてもらえるんだから、今日ぐらいは遠慮してほしい。


 久しぶりのママと二人きりのおでかけに、ウキウキしていた。

三人ででかければ、「ごめん、少し待っててね」の連続だから。

弟のオムツ替えや授乳の度に、私はベビールーム脇のベンチで待たされる。

時々「ちょっとお願い!」と呼ばれることがあるから、すぐにお手伝いができるように。

数歩先にかわいいお店があるけど、勝手にお洋服を見に行ったりしない。


「さすがお姉ちゃん!」

「立派な小さなママだね」

 パパやばあばはよく私を褒めるけど、うれしくない。

たまに手伝う人達が、いつも手伝っている私のご機嫌とりに言っているだけに聞こえて。


「パパ達には内緒ね」

 買い物の後、ママとおしゃれなカフェに入った。

普段はファミレスばかりだからちょっとドキドキしたけど、ワクワクした。


「女子会みたいだね」

 フフフと笑うママも、いつものママの顔と違っていた。

隣の席のお姉さん達が食べている、デコレーションされたかわいいスイーツに胸が躍って、似たような物を注文した。

ママも、弟がいると頼めないホットコーヒーをゆっくり味わっている。

「ねぇ、これからもたまには私の日を作ってよ」今なら言えそうかな……とタイミングを見計らっている。

ママが大変なことは私が一番わかっているから、今までわがままを言わないようにしてきたんだ。


「こればっかりは、パパには頼めないからね」

 今日買ってくれたのは、生理用ショーツやスポーツブラだった。

小学校で男子と女子に別れて、【大人になるための準備の授業】をした後だったから。


「こんなに成長したのね……今後は女同士の会話もできるわね」

 これからますます「私の日」がなくなることを察した。

大人ぶって頼んだピスタチオジェラートは、変な味がした。




#800字小説『最後の私の日』

◆#シロクマ文芸部 /7/6発表・7/9〆切のお題「私の日」から始まる

超短編小説

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