第2話 開花花
蛍光灯の光を受けながら様々な楽器が音を奏でている。
ここは恐怖中学校吹奏楽部。
部員数は50名を超える大きな部活動の1つだった。
恐怖中学校の吹奏楽部は毎年県内の中学校コンクールでは3位以上の成績を収めていて、中学校の中でも特に気合の入っている部活動だった。
「アサミ、今日も調子いいじゃん!」
友人のサトコに声をかけられてアサミはフルートから口を離した。
アサミもサトコも今年年生で、最後のコンクールを控えている。
そのコンクールが終われば3年生は部活動を引退することになるので、今から悔いのないように練習に励んでいるのだ。
「そう? ありがとう」
アサミは演奏しやすいように長い髪をひとつにまとめて、赤いリボンを付けている。
サトコはショートカットで、同じフルートパートをふいていた。
「アサミなら音楽学校行けるでしょ」
「そんなことないよ。すごくレベルが高いって言うし」
「だけど高校に入ってもフルートは続けるんでしょう?」
「うん。一応、吹奏楽が強い高校を希望はしてるよ」
答えながらも、現実はそれほど簡単ではないけれど、と頭の中で考える。
幼い頃から音楽が好きで、両親の影響で子供用の楽器にも触れてきた。
それが功を奏してこの恐怖中学校の中ではなかなかの腕前になっているけれど、上には上がいることくらい、アサミはすでに知っていた。
毎年参加してきたコンクールでは、どうしても恐怖中学校吹奏楽部が超えられない壁もある。
だから、今年こそはその中学校に勝って、最優秀賞を取りたいと願っているのだ。
これはアサミひとりの願いじゃない。
きっと、吹奏楽部全員の願いだ。
「ニナ、調子はどう?」
少し離れた場所でフルートの練習をしていたニナに声をかけた。
ニナは3年生にしてはまだ体が小さくて、肺活量も弱い。
同じフルートパートの中では一番心配の多い生徒だった。
「うん。なんとかやってる」
ニナはフルートから口を離して大きく息を吐き出した。
3年生に上がってから本格的に筋肉トレーニングを始めたようで、ニナが出す音は明らかに変化してきていた。
いままで音程が危うかったり、行きが続かずに消えたりしていたけれど、それが全くと言っていいほどなくなったのだ。
「すごいじゃんニナ。その調子で頑張ればすぐにアサミだって追い越すよ」
隣からサトコにそう言われてアサミは一瞬ドキッとする。
吹奏楽を始めたころには全然気にならなかったニナの存在が、最近確かに気になり始めていたところだったのだ。
「それは無理だよ」
笑い飛ばすようにそう言ったニナに少しだけ安心する。
ニナもまだアサミの方が上手だと思っている証拠だ。
だけどうかうかしていられない。
少し手を抜いている間に追い越されてしまう可能性は十分にある。
ニナの練習を見ていて熱が入ったアサミは再び自分の練習に戻ったのだった。
☆☆☆
練習を終えて音楽室に集合したとき、女性顧問の大木先生は少し険しい表情を浮かべて教卓の前に立った。
先生が話をしているときに私語はご法度で、アサミもサトコもニナもひとこともしゃべらなかった。
「次のコンクールだけど。正直今のままでは少し弱いかもしれない」
突然言われた言葉に3人の心臓はドクンッと大きく跳ねた。
3人にとっては中学最後のコンクール。
なんとしてでも強豪校を倒して最優秀賞を取りたいと願っていた。
「だから、今回はフルートのパートでソロを作ることにしたの」
楽譜に視線を落として大木先生が言った。
フルートでソロ!?
アサミは驚いて目を見開く。
サトコとニナも目を見開いて目配せをしてきた。
「ちょうど練習している楽曲もフルートが目立つものだから、いいと思って」
それはそうかもしれないけれど、突然ソロパートができると言われても頭が追いつかない。
それってつまり、フルート奏者の中のだれかひとりだけが目立つってことだよね?
コンクールで舞台の上に上がることはなれている。
だけどそれは隣に同じようにフルートを吹いている子がいるからだ。
だからいつもどおり安定した演奏ができるようになる。
けれど突然ソロを入れられると、それはもういつもとは違うものになってしまう。
舞台上でひとりで演奏しているところを想像してみると、アサミは血が騒ぐのを感じた。
やってみたいと瞬時に感じる。
同時にそんな緊張に耐えることができるのかどうか、不安もよぎった。
「それならアサミがいいと思います!」
右手を上げてそう発言をしたのはサトコだった。
アサミは驚いて右隣に座っていたサトコを見つめる。
サトコは一瞬ウインクしてみせた。
「確かにアサミさんの演奏は1位2位を争うくらい上手ね。だけど一応ふたりくらい選出しておいて、課題曲をどれくらい演奏できるかで決めたいと思うのよ」
大木先生の言葉にサトコは手を引っ込めた。
ふたりということは、私以外にもうひとりということで合っているはずだ。
誰になるんだろう?
アサミはフルートパートをしている他の4人へ視線を向ける。
サトコ、ニナ、そして1年生で入部したばかりの2人。
このメンバーで行けば選ばれるのはサトコかな。
そう思っていた次の瞬間だった。
「ひとりはアサミさん。もうひとりはニナさんです」
大木先生の言葉に一瞬頭の中が真っ白になった。
教室の中がざわめく。
みんなサトコが選ばれると思っていたはずだ。
ニナ本人も目を見開き、唖然として先生を見つめている。
「みなさん静かに! 実力的にはサトコさんも申し分ないの。だけどニナさんの最近の頑張りを見ていると、ソロでも大丈夫なんじゃないかと思ったのよ」
その言葉にアサミは横目でサトコを見つめた。
サトコは別に気にしていない様子で、口角を少し上げて話を聞いている。
「それじゃみなさん、練習に戻って!」
先生の声を口切りにして、生徒たちはそれぞれ自分の持ち場へと移動したのだった。
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