第12話 日記

俺は子供のために必死で働いた。

子供は男の子で健作と名付けた、生まれてきた香住にも会いたかった。

しかし、恵子の父親が理由はわからないが、行方不明になってしまっていた。

聞いた話では事業が失敗して多額の借金を作ったと聞いたが真実はわからない。

それよりも、俺は香住に会いたくて仕方がなかった。


ある日の事だった。恵子の母親が俺に悲し気な表情で話しかけた。


「幸樹さん、恵子の机の中から日記がでてきました」

「お母さん、見せてください」


恵子の日記には、こう記されていた。


今日も幸樹さんのために、手作りの料理を作ったけど……

できるなら、沖縄の美しい島で家族で生活したいな。

駄目、駄目よ、幸樹さんは東京で活躍する人だから。

こんなに幸せなのに、私ってどうしてわがままなの

幸樹さん、愛しています。

私の事より、自分の事を心配してくださいね。


「そうだったのですね、お母さん、せめて恵子の夢を叶えさせましょうか」

「沖縄に健作と一緒に住みましょう」


「でも、東京から沖縄の島ですと、働くところが限られていますよ」

「いえ、私は恵子さんの、せめての夢を叶えさせたいと思います」

「よろしいのでしょうか」

「ええ、もちろんです。沖縄で子供と三人で暮らしましょう。できれば、香住も連れていきたいところでしたけどね」

「仕方ないですね、夫が香住を連れて行方不明になるとは思ってもいませんでしたから。どこかで、元気にしているといいのですけど」

「そうですね、お母さま、きっと香住は元気にしていますよ。」


俺は沖縄に住むことになった。

しかし、俺は恵子と香住の事を忘れる日はなかった。

そして、医師という仕事はやめて会社勤めをしたのだった。

やはり、医師の仕事をしていると、恵子への想いが一層強くなるからだった。

いつまでも、記憶に残しておきたいという気持ちと、いっそのこと忘れたいという気持ちが混在していた。


それは、ある日のことだった。

この間と同じように恵子の母親が俺に悲し気に話しかけてきた。


「ううう、幸樹さん」

「どうしました?」

「恵子の机の中からもう一冊日記が出てきて……」

「見せてください」

「いえ、見ない方がいいと思います。私がこんなことを言うべきではありませんでした」

「いえ、覚悟は決めていますから大丈夫ですよ」

「わかりました、それでは……」


7月15日


生まれてくる子供へ


どうかどうか、無事産めますように

幸樹さんがついているから大丈夫よね

うん、大丈夫。大丈夫よ

でも、不安だな

お母さんは頑張るからね

幸樹さんもついているからね

生まれてきたらいっしょに沖縄に行こうね

どうか、無事に産まれますように

やっぱり不安だな

駄目よ、こんなことを書いたら

幸樹さんに怒られる

優しい幸樹さんに怒られる

ごめんなさい。

幸樹さん、不安なの

でも、大丈夫ですよね

大丈夫ですよね

なんてことを書いているの

きっと幸樹さんに似た可愛い子供が産まれてくるから

私も頑張らないと

幸樹さん

大丈夫ですよね

幸樹さん信じています


7月16日


痛い、痛い、幸樹さん、助けて

幸樹さん、助けて

幸樹さん、助けてください


うううう タッタッタッタ


「幸樹さん、待って」

「全部、私のせいです。恵子さんを殺したも同然です」

「そんなことないわよ」

「いや、もう……」

「ごめんなさい、見せなければよかったですね」

「いえ……」


恵子の気持ちを想うと、俺はどこの会社に勤めても上手く行かなかった。

仕事に集中できないため、思うように仕事ができず転職を繰り返した。

不幸はさらに続くものだった。恵子の母親も病で亡くなったのだった。

それは突然の事だったのだ。


そして、次第に酒に溺れていった。

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