忘却の海~白き記憶

虹のゆきに咲く

第1話 心に突き刺すものとは

グサ


何だこの音と共に胸に突き刺すような感じは……

これは夢だったのか。


どこまでも白く澄み渡る海が特徴である沖縄の小さな島に、父親と共に僕は住んでいる。


「健作さん、どうしたの?うなされていましたけど」

「ああ、家政婦さん、夢を見たんだよ」

「それは、どんな夢でした?」

「グサっという音とともに、何か鋭利な刃物で刺された夢です」

「それは、疲れているからですよ。最近は帰りが遅いですから」

「そうかな?」

「そうですよ。きっと、たまにはこの沖縄のきれいな海でも眺めて、リラックスされたらどうですか?」

「そうですね。それにしても小さな離島は不便ですね」

「そうよ。買い物すら車で遠くまで行かないといけないくらい、不便ですからね」


同居している父親はアル中、いわばアルコール依存症で朝から酒を飲んでいる始末だ。


「父さんは相変わらず、酒ばかり飲んでいるんですよね」

「そうなんですよ」


僕は二人で父親の自室へと向かった。


「父さん、朝から酒はやめていい加減に仕事でもしろよ」

「そうですよ、ご主人様。そのうちに肝臓を壊しますよ」

「いいんだ。俺は早く死んだほうが……」

「いえ、ご主人様の寂しげな表情が気になります」

「気にしなくてもいい」


そう、父は寂しげに言い放った。


「まあ、ほどほどにしてくださいね」

「ああ、わかった、わかった。あっちに行ってろ」


今日は高校の卒業式であり、僕は進学しない選択肢を選んだのだ。

それは、今の父親の姿を見続けてきた影響が大きい。しかし、父はなぜか有名大学を卒業し若い頃は働いていたらしい。そのように家政婦から聞いている。

なぜ、酒に溺れるようになったかは、わからない。

僕は大手出版社のエイトム出版会社に勤務することになっていた。そこはとても待遇が良かったせいもある。高校はクラスメートとして和明と正美さんがいた。


「健作君、いよいよね」

「ああ、正美さん。今日は卒業式だね」

「そうね、うちの高校は生徒数が8名しかいないから寂しい卒業式だけど……」

「まあ、でもみんな仲良しだからな」

「おい、健作。おはよう」

「ああ、和明おはよう。相変わらず元気だな」

「もちろんだよ。元気が俺の持前だからな。そういえば就職もいよいよだな」

「そうだな、二人ともエイトム出版株式会社。同じで良かったな」

「エイトム出版会社は大手の出版会社で有名だからな」

「そういえば、俺もいずれは小説を書いてみたいよ」

「それは、健作さん、素敵な夢ね」

「ただ、僕は文才がないからな」

「それじゃ駄目だろう。健作」

ははははは

「そうだな。三人はライバルといったところか」

「そうね、和明君」

「ああ、そうだね」

「そういえば、三人でお祝いでもするか?健作」

「そうだな、正美さんも一緒だろう」

「ああ、もちろんだよ。一緒に行くよな」

「行きたいけど、まだ私達は未成年でしょ」

「じゃあ、俺のおやじの店にでも行こうか。その辺は何とかなるよ」

「本当?」

「ああ、な、健作?」

「そうしよう正美さん」

「じゃあ、わかった。行きましょう」

「そうこなくちゃ」

「そうだよ」

「そうね、和明君」


それから、僕達は居酒屋へ行った。


「お前たちはまだ未成年なんだから、ほどほどにしておけよ」

「ああ、わかってるよ。父さん」

「そうよ、お父さんの言うとおりよ。私達はまだ未成年なんだから……」

「大丈夫って、なあ」

「ああ」

「ところで、正美さんはお酒を飲んだことがあるの?」

「健作君、それがなくて……」

「大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。俺がついているから」

「和明は頼りにならないだろう」

「そんなことはないぞ。なんななら飲み比べでもするか?」

「いいぞ」

「やめて、二人とも。何かあったら就職も取り消しになるでしょ」

「まあ、そうだな」

「そうよ。和明君」

「それにしても、お前のところの居酒屋は感じがいいな」

「そうだろう」

「そうね」

「ところで、何を飲むか、健作?」

「そうだね、正美さんはお酒は飲めるの?」

「いえ、飲んだことがなくて……」

「大丈夫、だよ、俺がついているって」

「本当?和明君」

「僕もいるから大丈夫だよ。少しずつ飲めば大丈夫だよ」

「わかった、挑戦してみる」

「じゃあ、生ビールにするか?」

「そうだね」

「おっと、そろそろ生ビールが来たぞ。乾杯するか」

「そうしよう」

「はい、乾杯しましょう」

「そういえば、健作はなぜか面接だけで採用だったな」

「ああ、そうだよ」

「そうね、私も筆記試験があったのに」

「だよな、正美さん。健作はずるいよな」

「確かに不思議なんだよな。まあいいじゃないか。楽しく飲もう」

「そうね」

確かに、なぜか僕だけが筆記試験はなく面接だけですんだのだった。

それが不思議でたまらなかった。何か理由があるのだろうか?

「前から思っていたけどさ、正美さんはショートカットが似合って可愛いよ」

「もう、からかわないで、和明君。恥ずかしいでしょ」

「なあ、そうだろう?」

「ああ、正美さんは黒髪で色も白くて可愛いよ」

「もう、二人とも意地悪なんだから……」

「そう恥ずかしがるところが可愛いよ」

「そうだな、健作」

「ああ、そういえば正美さんは誰か好きな人がいるの」

「俺の事が好きだろう」


僕は正美さんの事が好きだった。


「それは、秘密……」

「そうだよ、和明。突然に何を聞くんだよ」

「ああ、悪い悪い」

「俺、ちょっとトイレに行ってくる」

「ああ、健作。ゆっくりとトイレにもいっといれ」

「お前の駄洒落は面白くないんだよ」

ははははは

「正美さん……」

「どうしたの?」

「二人でどこか行かないか?あいつがトイレに行っている間に」

「でも、健作君に悪いでしょ。駄目よ」

「俺は前から、ずっと正美さんの事が好きだったんだ……」

「え、そうなの?」

「俺が嫌かな?」

「いえ……」

「何とか言ってくれよ」

「私も前から和明君が好きでした……」

「じゃあ、健作が返ってくる前に行こう」

「でも、どうやって行くの?」

「こっそり行くんだよ」

「やっぱり、悪いでしょ」

「大丈夫だって。俺についてきて」

「はい」


恋は気まぐれだった。


「よし、あれ、二人は何処?」

「そういえば、和明と正美さんはいないな……どこか行ったのかな?」

「そうですか、お父さん。どうして……もしかして、二人は想いあっていたのか?どうして、僕を裏切っていったんだ」

「ああ、二人ともいけないな。悪いな、和明にはきつく言っておくからな」

「いえ、大丈夫です。なんだ、俺は片思いだったのか……」


僕に悲しい夜の波が流れてきた。

翌日になって、僕は和明と会った。


「ああ、和明。お前たちどこに行ったんだ」

「まあ、それがな、俺と正美さんは交際することになったんだ」

「そうか……」

「悪いな、お前も正美さんの事が好きだったんだろう?」

「大丈夫だよ。俺も本当の恋人をみつけるからさ」

「そうだよ、その意気だよ。きっと素敵な子がみつかるよ」


それから、僕の本当の恋が始まるのだった。


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