物理系魔法少女、ピザが熱すぎた
夜空を見上げながら、缶ビールを飲む。
「今日中は無理そうかな?」
連絡も無いし⋯⋯大丈夫かな?
晩御飯を作れるほど俺はもう器用じゃないし、今日は外食かな?
何もしないユリアさんを見る。
ずっと座っている。
「晩御飯食べに行くんですけど⋯⋯一緒に行きますか?」
「問題ない。何かを食べずとも死ぬ事はない」
キュルル、と可愛らしいお腹の音が鳴る。彼女は何事も無かったかのように真顔だ。
「不便だな。死ぬ事はなくとも飢える。腹は満たされても日をまたげば減る⋯⋯貯蓄できたら良いのに」
「お腹減っているなら行きましょうよ。紗奈ちゃんの客人を無下にはできません」
「⋯⋯いや、紗奈に悪いからな。やはり遠慮しておくよ。迷惑だからな、君に」
よく分からないが、頑なに移動しようとしない。
手を触れた時に驚いていたし、それが何かの原因なのだろう。
彼女が自分から話してくれるまで、俺から聞くことは無い。
帰りに何か買って来るか?
「一人は寂しくないですか?」
「それは慣れている」
「そうですか」
俺は座り、スマホを操作する。
「ん? 外食はしないのか?」
「デリバリーですよ」
テレビでも付けて、時間を潰そうかな?
世界ニュースがやっており、そこではアメリカの水域である海が凍り始めている事が言われていた。
確実に紗奈ちゃんだろう。
その付近の陸地では有名な探索者達が揃っているらしい。
何が起こっているのか知らない、分からない。
ただ紗奈ちゃんが暴れているのは確かだろう。
「紗奈が怒っているな。ここまで魔力の波動を感じる」
「そうなんですか?」
「ああ。君は紗奈に探索者時代やスキルについては聞いてないのか?」
「ええ。聞く必要は無いかなと⋯⋯話したければ聞きますけどね」
「物事に首を突っ込むのを恐れるタイプだな。変化を嫌う、或いは恐れている」
内心を当てられた気がして、俺は少しだけ顔を背けた。
でも実際はどうだろうか? 自分の事ながらよー分からん。
魔法少女になると、少しだけ人格が変わる気がするし。
あれが紗奈ちゃんの氷だとすぐに分かったのは、身体に刻まれた感覚からだ。
俺には魔力の波動とやら感じないし、人それぞれの魔法の区別もできない。
それでも、紗奈ちゃんの魔法だけは分かる。
「⋯⋯前に海で出現していた氷と一緒でしょうか?」
キャスターのその発言に眉をぴくりと動かすユリアさん。
「前?」
俺は当時の事を話した。
ちょうど良い話題だろう。
「アイツら⋯⋯」
眉間に皺を寄せて、手で抑えている。
昔からの苦労を感じさせる背中に俺は内心、敬礼をしておいた。
デリバリーが到着した。冷蔵庫にある野菜を切ってドレッシングをかけ混ぜ、皿に盛り付ける。
頼んだピザと共にサラダを食べようと思う。
「食べて良いですよ?」
「⋯⋯あまり言いたくはないが、不便か」
「言いたくないのなら言わなくて良いですよ」
無理に話して辛くなるのなら、話さなくても良い。俺はそう考えている。
「いや、言うよ。この手はね、呪われているんだ」
これまた重そうな話が。
ピザでも食いながら、ゆっくり聞くとしよう。
「熱っ!」
なんだこのピザ、めっちゃ熱い!
箱に魔法陣が刻まれていた⋯⋯保温効果があるのだろう。
数年頼んでなかったので忘れていた。デリバリーにはこう言うのあるの常識だった。
できたて熱い。熱すぎる。
冷めるのを待つか。
「この手は、触れたモノを死なせてしまうんだ」
「探索者に向いてそうですね。触れただけで殺すって」
だけど、彼女は苦しそうな顔で横に振った。
「『殺す』のではなく『死なす』のだよ。触れただけで、死を与えてしまう。紗奈達に魔法を教えた先生だと言うのに、この力は制御できてない。笑ってしまうよ」
「⋯⋯笑う要素ありますか?」
普通に疑問を言ってしまった。
彼女が目をぱちくりさせる。
「人には向き不向きがあります。それに紗奈ちゃんはアナタを尊敬している。それだけで俺はアナタを信用できる」
信用関係の話はしてないか。
「そうか。⋯⋯この忌まわしき力に目覚めてもう数万年になるな」
「⋯⋯ん?」
「あれ? 聞いてないのか。それはそうか」
ユリアさんが話してくれた。
彼女は数万年前から生きており、その『死を操る力』に目覚めてから死ぬ事が無くなったらしい。
自身の『老い』を死なせて老化が止まった。
だけどそれ以外は死なないようであり、腹も減るし眠くもなる。
「人間的なところが死ななくて良かった、最初はそう思っていた。だけど、力が覚醒したのは本当に唐突だったんだ。今までできていた事が、できなくなった」
彼女は大昔に仲間と一緒に旅をしていたらしい。
いつもと変わらない日常を歩んでいた。しかし、ちょっときっかけで崩壊した。
「愛した人を一番最初に⋯⋯死なせてしまった。励ましてくれた仲間も死なせてしまった⋯⋯絶望で揺れ動いた心が力を暴走させて、村を死なせた」
星を見て、辛いのを我慢しようとする。
「星を見ると、仲間を思い出す。戦った後に毎回、皆で見上げたモノだ。きっと憎んでいるんだろうな。いつしか、『死の魔女』と呼ばれるようになったんだ」
俺は何も言えなかった。
それりゃそうだ。
この人の言っている事は嘘じゃないだろう。俺は彼女を信用しているから。
だからこそ分からない。彼女が背負ってきた業が。分かってはならない。
俺の出せる慰めの言葉は全てが軽い、軽率な事は言えない。
「憎んでないと思いますよ」とか、そんな軽い感じでは絶対に言えない。
「ずっと孤独だった、奴が拾ってくれるまで。ひっそりと永劫の時を孤独で生きていた」
俺はハンカチを用意する。
「そうなんですね。でも今は、違うと思いますよ。詳しくは分かりませんが、少なくとも俺の目には、紗奈ちゃん達が居ますから」
少し汚れているけど、許して貰うしかないだろう。
「どうぞ、泣くのは我慢しなくて良いですよ」
「言ったろ? 触れたモノを死なせるんだ」
「ハンカチですよ?」
「無機物だろうと生きているのだよ。人工物は人に使われている間は生きている、このアパートだろうと、そのハンカチやピザだろうと、生きているんだ。だから死ぬ」
それを聞いて分かった。
この人はモノに触れられないんだ。
死なせてしまうから。紗奈ちゃんならどうにかできるのかもしれないね。
俺は箸を用意して、ピザを掴む。
「どうぞ」
「紗奈に悪いよ」
「これなら、紗奈ちゃんは許してくれるよ。むしろ紗奈ちゃんの先生を空腹のまま放置したら、嫌われちゃいます」
「そうか。ありがとう。⋯⋯熱いけど、食べれるな」
一筋の涙が流れた。
俺も食べる。唇が触れた瞬間、俺は即座に置いた。
⋯⋯めちゃくちゃ熱いじゃんか!
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