世界を背負う父親、フルボッコだドン!
「買い出しも終わりましたし、後は帰るだけですね」
独り言を誰に聞かれる事も無く呟き、音の使徒である
(ん? 後ろから見られている気配がする)
人気のなく、広い場所に移動して視線の正体を探ろうとする。
音羽が声をかけるまでもなく、その犯人は姿を現す。
コスプレにしては随分と力を入れてオリジナルでもある魔法少女の衣装。
だが、そんな服装よりも目立つのが、彼女の持っている切れ目の入った剣である。
「探索者の武器はギルドで保管される、常識と言うか、法律で決められてますよ。ミドリさん」
本来東京に住んでいるミドリが星夜達の住んでいる場所に居る。
彼女は音羽の質問に答える様子は見せず、剣先を向ける。
その目は一瞬の動きも許さない程の剣幕を持っている。
「生の使徒の本体はどこだ? それと感情を司る悪魔は?」
「はて? どちらも知りませんね。いけませんよ、人様に剣を向けては。だいたい、高校生でそんな⋯⋯」
横に振るわれる剣から風の斬撃が飛来する。
「フー」
圧縮した音で衝撃を生み、相殺する。
「やれやれ。彼女が負けた相手にわたしが勝てる訳無いでしょうね」
「答えろ。命は取らない、だが奴は別だ」
「堕ちた者だからですか?」
「お前に関係ない。答えないなら、少し痛い目をみてもらう」
少し、と言いながら胴体を真っ二つにする勢いで剣を振るう。
それだけで全然全力じゃない事は音羽は見抜いている。
(応援は呼んでみましたが、来てくれるでしょうか? いえ、⋯⋯間に合うのでしょうか?)
少しでも会話で時間を稼ぎたい音羽だが、相手がそれを許さない。
「目的は悪魔と奴を殺す事だ。関係の無いお前はさっさと退場しろ。戦う必要は無いだろ」
「確かに。いきなり使徒と言う役目を与えられました。わたしに魔法少女や天使と戦う意味はぶっちゃけると存在しません。世界とかスケールでかすぎて興味もありません」
「ならなぜ、奴を庇う? この世に奴が何億体存在すると思っているんだ? 危険やっ」
音羽も反撃のように攻撃を仕掛けるが、ミドリには届かない。
「あの方は庇う程弱くないですよ。わたしが戦う理由は一つだけです」
「⋯⋯」
「長女と同い年だからですよ、魔法少女が。そんな若い人達が命を賭けてまでやる事では無いと思うんです。偽善と笑うならそれでも構いません。ですが、一人の父として、子供に世界を背負って欲しくない」
「⋯⋯そう。悪魔の場所を言う気は?」
「そもそもそれらは知りませんよ」
嘘では無いのかもしれないが、嘘かもしれない。
だからミドリの殺気は衰える事はない。
「だいたい、感情を司る悪魔を倒してしまったらどうなるか分かっているでしょう?」
「ええ。でもそれで良い。感情を失えば欲を失う。欲を失えば悪は潰える。それで良い」
「それで全人類死ぬとしても?」
「その時にはもう、辛くも悲しくもない」
覚悟の決まりすぎているミドリに対して音羽は静かに、荷物を置いた。
彼女がどうしてこうなってしまったのかは音羽には分からない。
だけど、彼女の思想が危険なのは理解した。
力は及ばないだろうが、時間は稼ぐ。
その思い一つで拳を構える。
「君の考えは間違っている。周りは悲しむよ」
「いずれそんな悲しみも無くなるから問題ない。戦うと言うのなら容赦はしない。アオイちゃん達を殴ったぶん、うちがお前を斬る」
「使命だけで動く天使とは違うんですね」
スピードもパワーもミドリの方が圧倒的に上であった。
防御も攻撃も一方的である。
身体に切り傷が増え、打撃も入る。
「言え。楽になるぞ」
「言える訳、ないでしょ。無音」
「音は振動だ。空中に出る。空中には空気がある。空気が風を作る。そしてうちが風を操る。能力的優位であるのにレベルも上。お前に勝ち目はないよ」
「それでもね、関係ないんですよ。子供を巻き込む天使は間違っている。君は、間違ってる。わたしはそう言い続ける」
拳に纏わせた衝撃波も風で流される為に届かない。
自分の十八番が全く通じない音羽は己の弱さを自覚する。
説得はできない。力でも負けている。
だけど音羽には少しだけ分かっている事がある。
彼女は自分を殺さない、と。
踏み込んだ質問ができるのもそれが分かっているからだ。
想定よりも違うのは、ミドリが自分の想像以上に強い事だろう。
ダンジョンの中で本気で戦っていても、音羽にはミドリの本気を引き出せない。
「⋯⋯そこまで口を割らないか。しかたない。腕の1、2本切り落とすか」
彼女が剣を振り上げたと同時に、刀身は分解されて彼女の服の内側に入る。
変身を解除して、私服のミドリが音羽の前に現れる。
(時間切れ? そもそも時間制限が?)
考え込む音羽だったが、彼女の変身が解けた理由が分かる。
「あ、パパだ!」
呼ばれて向き直ると、小3の次女と妻が居た。
「帰りが遅いから探したんですよ。電話も出ないし」
「あ、ごめん」
子供が離れようとしたミドリを掴む。
「緑髪のお姉ちゃんだ!」
「え?」
「さっきは風船を取ってくれてありがとう」
ゆっくりと振り向き、子供の頭に手を置く。目線を合わせるように膝を折っている。
さっきまでの強ばった顔が嘘のように、明るく元気な笑みを浮かべているミドリ。
「ええよ。だけどなぁ、手は離しちゃならんよ? 気いつけやー」
「うん!」
「その節はありがとうございます。娘も風船を大切にしてて⋯⋯」
「礼はいりまへんよ。うちはできる事しかしてないから」
トントン、ステップを踏んで彼女は風のように消えた。
「って、アナタ、凄い怪我じゃないの! 今日の探索そんなに辛かったの? ごめんなさいね、買い物頼んで」
「問題ないですよ。それより帰りましょうか」
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