物理系魔法少女、色々と慣れてる自分がいる

 帰り道が分からぬ。スマホも使えぬ。


 社会人として、現代人として色々と終わっている俺は迷ってる。


 東京はビルが建ち並んで、どこも同じ道に見える。


 「あれ? ここってさっき通った?」


 暑さのせいで思考も回らなくなる。


 やばいな。


 「「あ」」


 そこで本部長の秘書さんと再会した。


 この人の魔法で俺は東京に来ているので、帰りもできる。


 頼んでみよう。


 「あの、お願いが⋯⋯」


 「聞いたぞ! 紗奈の婚約者だってな!」


 「え、違うけど違わないかも」


 「どっちだ! 話を聞かせてくれ! あの万年無表情のどこが好きなのとか!」


 最初の印象は仕事のできる秘書だ。だけど今は⋯⋯恋愛大好きマンだ。


 居酒屋に入った。流れに乗せられた。


 魔法を使ってもらわずとも、駅の場所を聞きたい。


 「とりあえず生で〜あといつもの〜」


 店員に顔を覚えられているのか、それだけで注文が来た。


 今日は人から食事を貰ってばかりだ。


 「それで、あの無表情で無愛想な紗奈のどこが良かったのかね! 本気なのかね!」


 父親?


 俺はただ帰れたらそれで良いんだけどなぁ。


 「好きなところか⋯⋯」


 まずは俺を第一に考えてくれるところだよね。行き過ぎると死にかけるけど。


 料理が上手なところも好きだなぁ。機嫌を損ねると嫌いな食べ物オンリーになるけど。


 つまりは好き嫌いをしっかり把握されているのだ。


 しっかりと俺の意見わがままを受け入れてくれるところも好きだなぁ。そのせいで、最近では『ヘタレ』とか『臆病者』とか嫌味っぽく言われている。


 ごめんなさい。


 時々見せる拗ねる時の顔とか、頬を少し膨らませてプクーっと怒る顔とかマジで可愛い。


 普段は大人っぽいお姉さんなのに、子供っぽく怒り拗ねる、そんなところも可愛い。


 「もういい聞きたくない。私の中の紗奈さな齟齬そごがありすぎる」


 頭を抱える程か?


 ふ、三十分熱弁した程度で限界が来るとは。


 「はぁ。マジかよ。私と一緒で恋愛に興味ないと思ったのに。独身仲間だと思ってたのに⋯⋯」


 「この人めんどくさいな」


 それから秘書の『結婚観念』を一時間ほど聞いた。結論は『人生に結婚は必要ない』との事である。


 なんなんだこの時間は。


 「それじゃ、転移で帰しますね」


 「ありがとうございます」


 当初の目的は達成できそうなので、良かった。


 家の玄関に一瞬で転移した。凄いな。


 「「あ」」


 再びハモった。


 今目の前に居るのは、目のハイライトどころか表情が完全に消えている紗奈ちゃんだ。


 あ、汗が出て来た。やばい。とにかくやばい。


 「お、紗奈じゃないか。久しぶ⋯⋯」


 紗奈ちゃんが高速で動いて、俺の隣に居た秘書さんに飛びついた。


 そして二人とも消えた。


 そんな一瞬の出来事に俺の頭はシャットアウトして、考えるのを諦めた。


 布団を伸ばしてから、俺は寝た。


 朝日が閉じている目に突き刺さり、体全身を覆う冷気に目覚めの悪い朝を迎える。


 ⋯⋯あれ? 動けない?


 それどころか、目も開けないし口も開けない。


 鼻だけは機能しているのか、呼吸はできるけど結構苦しい。


 指一本も動かん。


 これ、あれだろ?


 凍らされてるんだろ?


 「おはよう、星夜さん?」


 お湯を流して、俺は氷から脱出できた。


 未だにご機嫌斜めどころでは無い、紗奈ちゃんに挨拶される。


 正座した秘書さんも居て、足元を凍らされていた。


 「空間と一緒に凍らせてるから、転移じゃ逃げれないから」


 ドンっと鍋をおく。美味しそうな匂いがする。


 「朝ごはん食べながら、きちんと説明、してね?」


 俺は必死に昨日の事を伝えた。今この現状を打開するには言い訳や打算を考えず、正直にありのままを話す事が必要だ。


 「⋯⋯はっ! そ、そうだぞ!」


 秘書さんも俺の意図を分かってくれたのか、ちゃんと話してくれる。


 「居酒屋を共にしたのは、お前の今を聞きたかったからだ。婚約者だから色々と聞けると思ってな? 全然近況報告とかしてくれないじゃん? だからさ⋯⋯」


 「婚約者?」


 「違うのか? 本部長がそう言ってたし、彼もあまり否定的ではなかったから⋯⋯」


 部屋の氷が完全に消失して、夏特有の熱気が入って来る。


 暗かった瞳に光が戻り、表情も消えていたとは思えない程にぐにゃりと歪んだ。


 「えへへ。そうだよぉ。婚約者だよぉ」


 「おお。良かった。でも、本当に驚きだ。私は君のそんな顔知らなかったから」


 「そう?」


 「そうそう。私の知っている紗奈は無表情、無愛想で男を寄せ付けない感じだったからな。⋯⋯はぁ、同じだと思ってたのに」


 誤解は解け、命は取り留めた。


 スマホの充電はしっかりしている。


 朝ごはんを三人で食べていると、紗奈ちゃんが耳打ちして来る。


 「婚約者って言われて、否定しなかったんだね?」


 「まぁ、うん。頑張るって決めたし」


 「私五感強化系のスキルあるから、聞こえてるぞ」


 「大切な人も友人も居る生活って幸せ〜」


 「ほう、もう一戦やるか? 冗談が言えるようになるとは、随分親しみやすい人間になったじゃないか〜」


 「仕事前の準備運動?」


 再び二人は消えた。鍋の中身も無くなっており、俺はあんまり食べてない。


 あの秘書の胃袋凄。


 「テレビつけるか」


 ニュースで、沖縄の廃工場が巨大な氷に包まれたと出ていた。


 「これ、紗奈ちゃんじゃないよね?」


 それともう一つ、同じ人がやったと思われる物体が海の上に複数出現していた。


 まるで空間を固めたかのような巨大な球体の氷の塊。


 「これは⋯⋯昨日かな?」


 って、そろそろ時間だけど大丈夫なのかな?


 そう思ったが、玄関に既に居た。


 「ふぅ。久しぶりにこんなに動いたわ。神宮寺さん、今日受付に依頼の話をすれば報酬が手に入ると思います。それでは」


 「空間魔法って結構扱いが難しいんだよ。行こっか」


 「うん」


 手を繋ぐ。


 あ、なんか自然な流れでしちゃったけど、良いのかな?


 ⋯⋯あれ? なんで凍らされた?


 「昨日は居酒屋の異臭で気づかなかったけど、他の女とも会話してたね? 後は子供の匂い?」


 「まって、本当に怖いんだけど。紗奈ちゃん目のハイライトは消さないで⋯⋯ちゃんと話すから」


 名前は言う必要ないと思ったし、自己紹介はしてない。


 だから名前は言わずに施設の話をした。


 「心を許して、好きになってないよね!」


 「なる訳ないよ」


 相手は高校生だぞ。これは言えないけど。

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