物理系魔法少女、遅刻は許されるが心は痛む

 見た目は大きなゾンビである。


 さっきの感覚的にはダメージが通ってない気がする。


 だけど、それだったらバリアを張る意味が分からない。


 攻撃は通用していた⋯⋯だけど倒せるまでには至らなかった。


 理由はわからんが、耐性スキルとでも考えておこう。


 「魔石を吸収して進化した魔物⋯⋯初めて見たぜ」


 だけどやる事は変わらない。


 倒すだけだ。


 「行くぞごらっ!」


 地面を蹴って接近して、高い位置にある顔面を殴る。


 硬い⋯⋯だけど、相手の額から腐った色の血が飛び散る。


 前のゾンビよりも倒せそうな気はして来たわ。


 「⋯⋯そい」


 反撃のパンチが飛んで来るので、腕を間に置いてガードする。


 強い衝撃が加わり、吹き飛ぶ。


 「打たれ強さも魔法少女なり」


 ぽと、手のひらに液体が落ちる。


 赤色の液体だ。


 「額から血が流れたのか?」


 この身体になって、ここまでのダメージを受けた事があっただろうか?


 だけど不思議と痛みは感じない。


 「そんじゃ、次は俺のターンだ!」


 殴ったら、殴られる。その繰り返しだ。


 体格は相手の方が上で、認めたくは無いがパワーも少しだけ相手の方が上っぽい。


 だけど、俺は倒れない。


 何回も、何十回も、殴る。


 相手を倒すまで、俺は絶対に倒れない。


 「ぜぇ、ぜぇ」


 視界が真っ赤に広がっている。


 相手はゆっくりと歩いて来て、拳を振り上げている。


 拳を固める。


 「ああああああ!」


 相手の拳に合わせてパンチを繰り出して、攻撃を弾く。


 灼熱の痛みが拳を襲う。あいつ、手に炎を纏っているのだ。


 そのまま火葬されてしまえ。


 身体をよじ登り、顔面を蹴り飛ばす。


 「お前⋯⋯」


 薄々気づいていたが、段々と硬くなってやがる。


 俺の体力が減っている訳とかでは全然ない。むしろこっちは普段よりも動けている感じがある。


 だと言うのに、パンチが通らなくなって来ている。


 耐性スキルがバトル中に上がっているんだ。


 「ふんっ!」


 踏み付け攻撃を受け止める。


 ⋯⋯俺も耐性スキルが上がってるのかな?


 想像以上の打たれ強さを見せている。


 アカツキモードってだけで、俺は俺じゃない気分になるけど、余計に俺じゃない感がある。


 「力こそパワー!」


 配信していたら、視聴者のコメントで言われているはずだ。


 『力こそパワー』だとね。


 何分戦ったかは分からない。ミズノはしっかりとやってくれただろうか?


 だったらもう逃げても大丈夫じゃないだろうか?


 俺は死ぬ気はない。六時までには絶対に帰る。


 「はああああああ!」


 お前の体重くらい、押し返す。


 それが物理系魔法少女のパワーだ!


 「おっら!」


 背中から倒れた相手に向かって、踵落としを決める。


 「そろそろ限界⋯⋯か」


 足を掴まれて、グルングルンと回されて投げられる。


 凄い浮遊感だ。


 着地したら走って逃げよう。うん。


 「水の魔、形容ヨギボー、ビックウォーターボール!」


 「うぷっ」


 水の球体?


 ミズノがやって来た。


 「はぁはぁ。ごめん。遅れた」


 「⋯⋯」


 に、逃げ出さずに頑張って良かったぁ。


 血とかダラダラ流しているけど傷は既に治っている。


 ただ、血を拭いてないだけ。


 骨が折れるような攻撃は一度も受けてない。


 本当に攻めきれてないだけだった。


 貰ったポーションも割れちゃったし。


 「ごめん。ミズノが⋯⋯」


 「大丈夫大丈夫。それより、アイツどうする?」


 今にも泣きそうな顔を見せないで欲しい。弱いんだよ。


 それに本当に深刻じゃないんだ。強いて言えば、今の時間が分からず制限時間が分からない事だ。


 あの怪物よりもお怒り紗奈ちゃんの方が怖い。マジで。


 「⋯⋯アカツキ、短剣に魔法を付与して渡す。攻撃しろ。アンデッドは物理攻撃に強い分、魔法攻撃に弱い。本当なら弱点属性⋯⋯どうした?」


 「あーいや。俺って良くアンデッドと戦うんだけど、そんな相性悪かったのかって」


 さて、作戦が決まったなら後は攻めるのみ。


 もう攻撃は受けない。躱して時間を稼ぎ、魔法付与を待つ。


 「アカツキ!」


 「おっけ」


 短剣を受け取る。水を纏った短剣だ。


 「剣術の心得とかないんだけどな」


 両手で構えて、振り下ろす。


 深く腹を抉り血の滝を浴びる。⋯⋯すごく臭い。


 臭い引き継ぐし、犬並に嗅覚の良い紗奈ちゃん⋯⋯嫌だな。


 「あ」


 バリンっと短剣が砕けた。しかも魔物倒せてない。


 「問題ない。最後の一撃だ!」


 再び短剣を受け取り、切り裂く。


 乱暴に振るった影響で短剣は粉々になってしまった。


 「討伐完了だな」


 「うん」


 魔石を拾う。


 魔石を吸収して進化した魔物だ。かなりの値になるのでは?


 「酷く濁ってる。それじゃ売り物にならない」


 「マジで?」


 「マジ」


 ⋯⋯手に力を入れる。


 サービス残業はこれにて終わりだ。


 「弁償しないとダメですか?」


 「要らん。ミズノの方が稼いでそうだし」


 それはそうかもしれん。悲しいな。


 ギルドに戻る。いやー清々しい気分だ。


 ⋯⋯時計があるので確認する。


 「五時、五十五分!」


 やったぜ。


 紗奈ちゃんの受付に行き、報酬と荷物を受け取り、ステータスカードを提出しよう。


 あー並ぶのだるい。


 「お疲れ様」


 「うん。⋯⋯人目があるので敬語で素早く終わらせてくれると嬉しいな」


 「⋯⋯実はギルドの時計って五分遅いんですよ」


 ⋯⋯ッ!


 「まぁだけど、⋯⋯その。⋯⋯今日は許してあげる。だから、その。きちんと身体洗ってね?」


 普段とは違うベクトルで、死にかけた。


 好きな人に、遠回しに言われる、臭いよね。


 精神に大ダメージのクリティカルである。


 「うん」

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