テケテケ1

 

 エンジェル様によって3人の男子が意識を失っていたが、コインロッカーの撤退と天使ちゃんの弱体化の後、すぐに目覚めた。

 保健室で調べたが、怪我も無く、意識や記憶もはっきりしていた。

 事情を聞くと「刺激的な遊びがしたかった」というしょうもない動機だった。

 結局家族に引き渡し、様子がおかしければ病院で診てもらうよう言付けた。

 教室に戻って現場を確認するが、儀式に使われたとされる紙が真っ黒に燃えた以外にわかることは無さそうだ。

 紙の燃え残りは回収したが、何かわかることはあるだろうか。

 

 儀式で降臨した天使は、俺の後をとことこと付いてくる。

 身長は140センチほどで、病衣に似た白い衣服を着ている。鮮やかな金糸の如き髪は、風も重力も無視したかのように動かない。

 不思議なことに、俺以外の誰もが天使がいることが当然なのだと受け入れていた。

 

「で、天使ちゃんが……」

 

「アキベエル」

 

「アキベエルちゃんが……」

 

「アキベエル」

 

 俺のスーツの裾を引っ張りながら抗議する。

 神秘的すぎて機械的ですらあった第一印象は何処かへ行ってしまった。

 

「……アキベエルがここに居るのはエンジェル様の儀式が関係していると考えていいかな」

 

 俺が名前を呼ぶとアキベエルは満足気に頷いた。

 アキベエルは常に無表情なのだが、無感情というわけではないようで、どことなく情緒を感じられる。

 

「わからない。私は使命および記録を損失した。総体として共有されていた情報が断たれている。今のアキベエルは、とても困ってます」

 

 目に見えてしょんぼりと落ち込みながら、アキベエルは俺の手を掴もうとした。

 事情説明等で一緒に来てくれていたおナツさんも隣を歩いていたのだが、それを阻むようにアキベエルの手を掴んだ。

 最初は互いにけん制し合うように手を出したり引いたりしていたが、今ではがっぷり四つで組んでいる。

 相撲が始まるのかな?

 

「大丈夫、です。アキベエル、私がいます。不安です、か? ほら、手を繋ぎましょう」

 

「私の夫のためにある。美しい人、私の夫、私の手を取ってください。ほら、どうぞ」

 

「ダメです。あなたは私が面倒を見ます。その方がいいです。何か不満です、か」

 

「目的を満たせない。私は美しい人と一組になりにきた。下がりなさい、ヒトの子よ。今のアキベエルは、とても困ってます」


「満たされないのが人生、です」


 うおおおお、と成人女性と女児が争っている。

 このまま勝負が付かないのかと思いきや、アキベエルが光に包まれ、おナツさんは膝から崩れ落ちた。

 抱きとめると、おナツさんは眠っていた。

 アキベエルは無表情ながらその小さな口を吊り上げてドヤ顔を見せていた。

 そのまま俺の手を掴む。

 ぅゎιょぅι゙ょっょぃ。

 掴まれた手に指が絡ませてくる。

 おナツさんを抱えていて不安定なので振り払いたかったが、力強くて微動だにしない。

 

「美しい人、お世話してください。独立した天使は弱いのです。よろしいですね。今のアキベエルは、とても喜んでいます」

 

 

 

 

 

 おナツさんを保健室に寝せ、職員室で説明してから帰宅する。

 当然の如くアキベエルについて触れる人はいなかった。

 どこかで勝手に自立してくれないかとも思ったが、野生の天使は流石にやばいと思いなおす。

 変な宗教でも作られたら目も当てられない。

 家では既に母が夕飯の準備をしていた。

 

「アキノさん、この娘なんだけどうちで世話できないかな」

 

 この世界の母、アキノさんに相談する。

 俺という成人を過ぎた子がいるとは思えないほどに若々しく、小柄で糸目、胸も大きい。長い髪を襟足のあたりで束ねている。

 元の世界の母とは似ても似つかないほどの美人で、結局名前を呼ぶようになってしまった。

 

「あら? どうしたのかしらぁ」

 

「学校で拾った」

 

 犬猫を拾ったくらいの勢いで流したらいけないだろうか。

 いけないか?

 

「一人でお世話できる?」

 

「そりゃ出来るに決まって……。いや、出来なさそう」

 

「そうよねぇ……」

 

 間延びした調子の母に答えていく。

 アキベエルは天使とはいえども小学生くらいの年頃だ。

 人間の生活に関する知識があるかも怪しい。

 そうなると俺に出来ることは数少ないだろう。

 

「それならお母さんも手伝っちゃうわ。2人で仲良く子育てしてみたかったのよぉ。頑張りましょうねぇ」

 

 いえ~い、と母がダブルピースする。

 俺もとりあえずダブルピースしておく。

 いけてしまった。

 問題無くなったな。

 ヨシ!

 

「座して待つように。私は美しい人と生活したい。不純物はいりません。今のアキベエルは、とても不満です」

 

「この娘、お名前は何かしら?」

 

「えっと、ベル?」

 

「ベル、ベル、ベル……。素晴らしい。私の個体識別は、ベルです。何度でも名を呼びなさい。今のアキベエルは、とても喜んでいます」

 

「ベルちゃんね。可愛いわぁ」

 

 アキベエルだと人間の名前っぽくないな、ということで「ベル」と略称を付けた。

 改めて考えると学校では名前を呼ぶよう連呼されたので、拒絶されても可笑しくなかったが、受け入れてくれたようだ。

 母が受け入れを許可してくれたので、野良天使も発生しないで済んだ。

 肩の荷が下りた気分だ。

 後で掲示板に報告しておこう。情報を纏めたり、整理してくれるのでとても便利だ。

 

「ベルちゃんのお部屋を用意するわね。それと学校も行かないとだからぁ」

 

「結構です。私は美しい人と同じ部屋で過ごしたい。それなら馬小屋でもオッケーです」

 

「それは絶対ダメ~。それがオッケーなら私が一緒に寝るもん」

 

「今のアキベエルは、とても不満です」

 

「今のアキノは、とっても楽しいです」

 

 

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