口裂け2

 

 日中は授業に混ざって女子高生たちにキャーキャー言われながら過ごした。

 俺が時々授業に混ざることにより意識を高く持つようになったとのことで、教室は清潔になり、生徒自身も身なりに気を付ける子が増えたらしい。

 制服をだらしなく着崩してくれていてもよかったのに。

 

 そんな感じで楽しく過ごせばもう放課後だ。

 職員室の窓からは、部活動で活気に溢れているグラウンドを見ることができる。

 普段なら宿題や小テストの添削、細々とした雑務を手伝ったり、部活動を見学するところだが、今日は違う。

 男子生徒の思い付きで発足した部活として、口裂け男を調べる作業が待っている。

 個人的な欲を言えば女教師に囲まれてキャッキャウフフと事務作業がしたかったが、俺の仕事を保証してくれる教え子のために動くこともまんざらでもない。

 いや、やっぱりキャッキャウフフだけしていたいよ。

 

 件の生徒を教室に迎えに行く。

 校内で男子生徒を探すのは簡単だ。

 男子生徒用の教室に行くか、男子トイレに行けば大体見つかる。男子生徒たちは男子専用の教室に集めて授業しているし、男子トイレも職員用を除けば男子用の教室近くにしかない。あとすぐ連れションしたがる。

 男子と女子で教室を分ける時点で共学の意味がないのでは、と俺は常々思っている。

 が、この世界にはこの世界なりの考えがあるだろうから、まだ理解してきれていない俺がどうこうすることは無い。

 日本だけでなく、世界的に見ても女子の比率が圧倒的に多いので、男子は怯えているのかもしれない。

 もしくは辟易しているのかも。俺には関係ないけど。

 

 残って駄弁っている男子生徒たちがこっくりさんをやろうとしていた。

 「こっくりさんなんてよくないぜ、さっさと帰れ」と言えば口々に「エンジェル様だよー」「エンジェル様知らないんですか?」「こっくりさんって誰だよ」という言葉をいただいた。

 何がエンジェル様だ。カタカナにしてお洒落さを出そうとしただけじゃねーか。

 こいつらは何を思って元女子高に入学してきたのだろうか。自ら劣勢となりに来たと考えると単なる馬鹿なのかもしれない。慈しみを持ってやらないといけないかもな。

 

「ハルくん、行くぞ。楽しい楽しい部活動の時間だ。おら、用の無いガキどもは散れ散れ」

 

 部活を提案してきた生徒のハルくんを捕まえて連れ出す。

 粘ってエンジェル様を続けようとしているので学ランの首裏を掴んで持ち上げれば、後は勝手に自分で動き出す。

 可愛くない男子に優しくする気は無いので雑に扱う。

 ガヤガヤとうるさい男子生徒たちを連れて校門まで行き、迎えに来た親御さんや代行の人に預ける。

 大体の男子生徒は、反抗期を煮詰めて10倍に濃縮したような反応だった。

 

「せんせー、オレ、門限あっからさ」

 

「俺だってあるわ」

 

 他の男子生徒を見送ってから、ハルくんがそう言った。ちなみに我が家の門限は19時。

 なるべく定時に上がるようにしているし、難しければ母に連絡を入れる。

 そうすると帰りに母が迎えに来る。

 うちは代行を使わないので、大変だとは思うのだが母がそうしたいと言っているのだから受け入れている。

 

「まずは調べるんだけど。せんせー、何やったらいいと思う?」

 

「えぇ……。いきなり俺に聞くんだ……」

 

「ヒントちょうだい! ね? お願い!」

 

 両手の指先を合わせて小さく祈るようにお願いしてくる。

 こういうムーブを気軽にしてくるのがこの世界の男たちなのだ。

 俺は慣れてないので出来ない。練習すべきだろうか。それともぶりっ子とかやったらウケたりしないだろうか。いや、今の安定した人気で満足したほうがいい。

 

「調べるなら本が定番だよ。つまり図書室や図書館」

 

「今から本読むのかよ……。だりーな」

 

「今回は本には頼らないけどね」

 

「オレはそれなら嬉しいけど。なんで?」

 

「そりゃ情報が届いて本になるまでに時間が掛かるからさ。特に図書施設に至るまでは更に必要になる。古くから続く歴史や、伝わってきた物語ならそれでいいんだけど。今回は噂話のような流行だから、もっとタイムリーな物に頼るべき」

 

「全然わかんねー」

 

「ハルくん、ガラケー使ってたじゃん」

 

「これ? これでやっぱ知らべんの?」

 

「無駄にパカパカしてるのを見せつけてくるなよ。一応俺も教師だから取り上げてもいいんだぞ」

 

「うわ、勘弁してよ。ごめんなさい! ね?」

 

 折り畳み式のガラケーをパカパカしてるハルくんに告げると、媚びたように謝った。やっぱり男子がやっても可愛くないな。

 今の時代、学校に持ち込むと取り上げられるなんてザラだからね。

 取り上げたら5W1Hの形式で書類を書いて回収ボックスに入れる必要がある。

 面倒なのでやりたくない。

 

「都市伝説ならインターネットの掲示板が一番だと思うよ」

 

「それじゃあ……」

 

「メディア室でパソコン借りて調べようか」

 

 乗り込めー^^ わあい^^ とばかりにパソコンのある教室へ。

 メディア室やパソコン教室とも呼ばれている教室は、拡大投影機やプロジェクター、ビデオデッキ等の電子機器一式が揃って収納されている。

 机は学習机とは違い、長机が並んでいて、デスクトップパソコンが設置されている。

 放課後にパソコンで遊ぶ部活が、現代文化研究部みたいな名前で登録されていたはずだ。

 メディア室の中はパっとしない女子たちがパソコンを使ってなんかやってるようだが、俺には関係ないね。

 インターネットを使いたいから空いている所を借りると宣言する。

 男子なんて興味ないですよ、みたいな女子は目も合わせてくれない。そういう子がいると思えば今度はちらちらとこちらを見ては視線をパソコンに戻している女子もいる。

 画面を見てくれと俺を呼ぶドヤ顔の女子もいたので、なんだなんだと見に行く。エッチなのだったら指導室送りだけど……フラッシュ動画じゃねえか!

 そうか、いにしえの技術もまだ現役なんだな。ちょっと感慨深い何かを感じる。

 見せてくれた女子と視線を合わせて頷く。次々と見せてくれようとするのはわかるが、もう満足だから俺はいくね。

 

「インターネットならケータイよりも調べやすいはずだから」

 

「ふうん」

 

 この頃のパソコンは立ち上がるまでにめちゃくちゃ時間が掛かる。あとカリカリと音が鳴る。

 ダルそうにマウスを弄るハルくん。

 待ってる間にもう一回フラッシュでも見せてもらおうかと考えていると、俺たちの元へ一人の女子が近づいてきた。

 野暮ったい眼鏡の女子で、この部活動の部長だという話だ。

 都市伝説を調べることを教えると、粘度を帯びた笑みを浮かべた。にちゃあって感じの。そして早口で語り始めた。

 

「我々の活動で重要なのはインターネットでして。インターネットというのは、世界中の人々とコンピューターで繋がっているものでして。我々は常日頃からコンピューターを使った活動をしているのでどうやったら調べられるのかわかっておりまする。例えばインターネットといっても調べる方法は無数にありまして、チャットや掲示板で聞くこともできますし、なんとゲームで知り合った相手と話しながら情報を集めることもできてしまうのです。我々が情報を集めるならいつも……」

 

 俺たちと目を合わせず、起動中の画面を見ながら捲し立てるように喋る部長ちゃん。

 早口な上、必要な情報が全く無いので脳に入ってこない。

 一緒に聞かされているハルくんはどうかと窺ってみれば、めちゃくちゃ引いていた。

 

「うわ、早口でキモ……」

 

 ハルくんが呟いた一言がよっぽどショックなのか、「フォヌカポォ」と漏らして沈黙した。

 いじめとかに繋がるかもしれないので止めるべきだったが、俺も同じことを考えていたので反応が遅れてしまった。

 トントンとハルくんの背を叩けば「わりぃ……。パソコン詳しいんだな、すげーよ……」と呟いた。

 陸地に水揚げされたマンボウのような情けなさと切なさを醸し出していた部長ちゃんだったが、男子の一言で復活してまた早口で喋りながらインターネットへと繋いでいた。

 ハルくんが触っていたはずのマウスだが、部長ちゃんの挙動に引いて手放してしまったのだろう。

 マウスを操って上下左右へとカーソルを動かしている。特に意味は無い。たぶん男子に凄いって思われたいから、今できる唯一の事でアピールをしているのだろう。健気な姿に、俺は彼女たちの味方になってやりたいと思い始めていた。

 手早く検索すると、パソコンの画面には壺の画像が現れていた。

 

「Welcome to Underground」

 

 部長ちゃんがそう囁いた。

 ハルくんは「きっしょ」と漏らした。彼はオタクに理解のあるヤンキーくんじゃないんだ。

 俺も引いたし、この頃のオタクを擁護するのはやめようかと思い始めていた。俺もオタクに理解のあるフリをするだけの人間なのかもしれない。

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る