貞操逆転世界で都市伝説や怪異となんやかんやするお話
にえる
口裂け1
深く考えるのも長々と思い返すのも面倒だから端折ると、貞操が逆転している世界で目覚めた。
貞操というか、男女の価値というか。
まあ、そういうふわふわとしたアレが逆転……逆転か?
いや、逆転なんて可愛い表現が使えるほど綺麗に入れ替わってはいない。
過去になんやかんやあって性別の比率が大きく変化し、男はチヤホヤされるような感じだ。
サークルの姫とか工業高の女子とかが近いかもしれないが、男がいるだけで常時そういう雰囲気になっちゃう。知らんけど。
この空気のまま世界が進めば男は保護され、外に出られなくなりそうだが、今はそこまででもないので未来の事とかどうでもいいよね。
あと、目覚めた時、握っていた【飽きた】と書かれたメモ用紙は捨てた。
くしゃくしゃだし、手汗でしっとりして文字も滲んでいたので汚そうだったし。
そういうわけでね、チヤホヤされながら生きられそうって気づいた俺はウキウキになっちゃったよね。
鼻歌を歌いながら朝の準備を進める。
未だに慣れていない様子の母と挨拶を交わし、歯を磨き、シャワーを浴びる。
朝早くから起きてくる俺の扱いに母は喜びと困惑が半々なようだが、俺はもう慣れた。
シャツを着て、ネクタイを締め、スーツに袖を通す。
そして用意されている朝食を有り難くいただく。
お昼のお弁当も用意してあるし、仕事を終えて帰宅すれば夕飯を作ってくれる。
俺が女性だったら一人暮らしするのが普通なのだろうが、男性なので許されているどころかこの世界では普通らしい。
ありがたい。
食後にお茶を啜りながらニュースを見て、程ほどの時間になればお弁当を鞄に詰め込み、スニーカーを履いて家を出る。
革靴でもいいんだけど、履きなれてないから足が痛くなっちゃうからね。
目覚めたばかりの頃は母に職場の高校まで送迎してもらっていた。
徒歩で10分も掛からない距離なのだけれど場所がわからなかったせいだ。
今では慣れたもので。
母は未だに送迎したいようだが断っている。……長く寝たい時はお願いしているけど。
俺は徒歩で通勤したい、チヤホヤしてもらえるから。
登校中の学生にキャーキャー言われながら通う楽しさは言葉にはできない。
そんなわけで、人気者の俺は高校に勤めてるってわけ。
朝はチヤホヤされながら通勤し、校門に立って登校してくる女子学生たちと挨拶したりお話する。
その後は職員室に詰めて椅子をくるくるするか、茶をしばきながら他の先生とお話する。
授業中はデレデレしてる校長や教頭とお話するか、何処かのクラスの体育に混ざったり、楽しそうな授業に混ざったり、花壇に水やりしたりする。
担任のクラスを持っているわけでもないし、授業を教えているわけでもないので好き勝手してても許される。
別に仕事が無いわけじゃない。
俺は男子生徒への性教育のために雇われているので、男子生徒にそういう授業が必要な時に頑張ったりする。
男子生徒がほとんどいないから開店休業状態なんだけどね。
元は女子高だったが共学にして裾野を広げたが、結局男子が入って来ることが稀みたいな感じらしい。
俺は楽なのでオッケーです。
「せんせー! オレと部活やろうぜ!」
人生イージーモードだぜイエーイとダブルピースしたいところだが、数少ない男子生徒が職員室の扉を勢いよく開けて現れた。
髪の毛を金髪にしてチャラチャラしているし、頭もあんまりよくないのだが愛嬌だけはある教え子だ。
そして彼は唯一といってもいい俺の仕事の難易度調整役でもある。
つまり何が言いたいかと言えば。男子生徒のケアのために雇われているので、出来る限り相手にしないといけないというわけだ。
「はいはい、部活ね。何するのかな。恋バナ部とか?」
「ちげーよ! そもそもせんせーが「女性の好みは金持ち」とか言ったせいで恋バナしたがる女子なんていねーよ!」
だからいいんじゃないか、という言葉を飲み込む。
実に素敵な提案だと思ったが、彼には納得できないらしい。
「都市伝説だよ! 都市伝説! ウワサをオレたちで調べんの!」
どや顔で見せてくれたガラケーには、胡散臭い噂話がつらつらと書き込まれていた。
そう、この世界にはまだスマホが無い。
携帯ゲーム機はカラーになったり、四足歩行する畜生が二足で立っただけでチヤホヤされる時代だ。知らんけど。
夢小説が燃え上がるだろうし、個人掲示板でキリ番をゲットできてしまう。
そんなことよりも聞き逃せないことを言われた気がする。
「はぁ、都市伝説ねぇ……。『オレたち』ってことは、俺も調べるわけ?」
「当たり前じゃん! せんせーが顧問やんだから!」
でもよぉ、顧問は別に調べなくてもよくないか?
俺はその言葉を飲み込んだ。
流石に慕ってくれている生徒を無下にしたいわけではない。
噂話を調べるのも童心に帰れて楽しいかもしれないし。
「顧問はいいけど何を調べるんだい。モンスターの色違いの確率とか?」
「は? ゲームとか相変わらずオタクかよ。キモ」
心底気持ち悪いとでも言うように表情を歪めた。
この時代はアニメやゲーム、漫画が好きだとアピールしてオタクのレッテルを貼られると迫害されてしまう可能性がある危険な時代なのだ。
だが俺は男子でもある。
一転して理解ある彼くんとなれるのだ。知らんけど。
「ふざけたこと言ってると先生の権限でお前をオタク部の部長にすることもできるんだが?」
青ざめた顔で「ひっ」とだけ漏らした。
そんなガチな反応をされたら傷つく。
ここからオタク趣味に理解を持たれるまで、10年を超える長い年月を要すと思うとあまりにも寒い時代だ。10年もかからないっけ。どうでもいいか。
「それで。何から調べる気なんだ? 部活を新設するなり、部室を用意するのはテキトーにやっとくけど」
「あー、じゃあこの口裂け男ってやつにするわ」
口裂け男なんだ。
まあ、そうだよな。
ガラケーに映し出されている文字を読み流す。
感想としては、口が裂けてようが無かろうが、長身の男が包丁を振り回して追いかけて来るのは怖い。
怖くない?
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