一般人が異世界を旅行するだけ

Hr4d

第1話

ある日のことだ。


私は高い金を払って大学を出たにも関わらず、就職に失敗してフリーターになった、所謂負け組と呼ばれる部類の人間だ。


そんな私の元にこのような手紙が届いた。


『当選おめでとうございます!!

あなたは異世界に移動する力を手に入れる権利が当たりました!!

異世界に移動する力が欲しいのならば以下の住所へ来てください!!

千葉県##市#######』


正直に言えばとても怪しい。詐欺か宗教勧誘か。それとも犯罪か。様々な憶測ができる。


しかし、私も男だ。中学生、高校生の時に読んだライトノベルやファンタジーを題材にしたネット小説を思い出すと心が躍る。


手紙に期限は書かれていない。次のバイトの休みはいつだったか。ふむ。明後日か。


決めた。

もしも騙されて詐欺の被害にあっても、犯罪に巻き込まれても。それは全て自己責任だ。


異世界。

夢に見たこともある。エルフやドワーフ、犬の耳や猫のしっぽが生えた獣人など。もっとわかりやすいので言えば、羽の生えたオオトカゲドラゴン。手や宙から炎や水を出す魔法など。


大人になった今でも憧れる。そんなモノを実際に見ることができるかも知れない。

こんなチャンス、もう二度とこないだろう。


私は行くことにする。異世界に移動する力。どんなものなのだろう。


◆◆◆◆


日は経ち2日後、服装はフランクに。バッグは少し大きめのリュックサックを背負い、手紙に書かれている住所に向かう。


県は自宅と同じ、電車で1時間程度。駅から20分程度の場所だ。


着くとそこには少し古めのテナントビルがあった。目的地はここの2階だ。


エレベータは無く全て階段。少し1段が大きい階段を登り2階に着く。2階の見た目は1階と変わりはさほど無く、あると言えば奇妙な図形と日本語で『アウトドロップ』と書かれた看板が壁に付けられていることだろう。


少し歩き、奥へ進む。奥には木製の扉が1つあった。


ここだろうか?


住所はあってる、階もあってる。ならばここで良いはずだ。


扉を3回、軽くノックする。


「はーい。開いてますよ」


若い男の声で扉の奥から返事が来た。


入る。


「こんにちは。手紙が来たのできました」


そう言いながら入室した。


部屋を軽く見渡しながら人を探す。


「おっ!そうですか!当選おめでとうございます!」

「いやいや、実はこの抽選。無差別に勝手に参加させて当たった方に手紙を送っているのですが、殆どの方が来てくださらず。とてもとても残念に感じていたのですよ。」


不思議な喋り方だ。まるで歌を歌っているような、詩文を詠んでいるような。

そんな喋り方だ。


「えーっと。そうですか。それで、声だけ聞こえてるのですが、姿は見せていただけないのでしょうか?」


さっきからキョロキョロと部屋を見渡しているが、インディアンな雰囲気のまじない飾りや小さなトーテムポール、アマゾンの森で暮らす民族風の仮面のなど、野性的な民族をイメージする飾りが多い、しかし黒革のソファや金属のデスクなどの現代的な物もあり、このアンバランスな物が不思議が雰囲気をこの部屋に生み出している。


そして、一切の生活感がないのだ。声は聞こえる、入る前に扉の奥から人の気配も感じた。しかし、いざ中へ入ってみると部屋の隅に埃が積もっていたり、まるでゲームの装飾のように皺などがない、ソファに敷かれた布など。人が居るようには思えないのだ。


「あーはい。そうだった。忘れていた。良いですよ。少々お待ちを。」


言われたとおりに待っていると、不思議なことが起こった。


ガラス製の低いテーブルを挟んで対面にソファが置いてあるのだが、奥側のソファに人が現れた。


毛先の揃えられたオカッパの男だ。

唇には黄緑色の口紅を塗っている。

体型は痩せ型……いや、痩せ型に見えるほどに絞られた細マッチョだ。黄色のシャツの上に紫色のスーツを着ている。とても奇抜で、しかしその奇抜さを自分のモノしている。


「コレは失礼しました。あ、そうだった。どうぞ、アナタもお座り下さい。立ったままではおつらいでしょう?」


「どうも。では、失礼して座らせていただきます。」


「そうですね。先ずは自己紹介から始めましょう。私からしますね?」


「はい。」


「私は金田緑。コレ、日本人としての私の名前です。本名はエンドル・ジヴレッド・ファキュエリータ……あぁ、えっと、とても長いのでエンドル・ジファベム・グリーンでいいです。呼び方は好きなようにどうぞ。」


「そう…ですか。では次は私が。私の名前は夜爪切蛇といいます。エンドルさん。よろしくお願いします。」


「はい。お願いします。では、手紙に書かれていた通り、貴方に異世界に移動する力をあげます。でも、どんな事をされるのかとか、なにか体に悪いんじゃないかとか、色々と心配が出てくると思うんですよ。私は。だから説明を先にしますね。」


「はい。お願いします。」


「では、まず、力の渡し方。コレ、とても簡単。貴方は目を瞑っているだけでいい。そうしたら私が貴方の額の前で手を貴方に向ける。そうしたら貴方の額は重いようなザワザワするような。不思議な感覚を感じるはず。それを感じたら目を開けて欲しい。目を開けたら貴方はもう異世界に移動する力を手にしている。」


「本当にただソレだけで不思議な力を手に入れる事ができるんですか?」


「ええ、モチロン。正直に言うと、私は異世界の神様から「どこの世界でもいいから人を連れてこい。そうじゃないと人が絶滅して世界の生物のバランスが崩れてしまう。」と言われたのでここに来た、所謂、神の使いなんですよ。」


胡散臭い。だが、謎の説得力をこの男からは感じる。この男がいうのならば間違い無いと何故か感じる。信じてしまう。


「じゃあ、次、身体への影響。特に無いです。あ、でも、異世界に適応する身体に変化するので、今日の夜は寝苦しいと思います。お腹が熱くなったり、指先が痒くなったりね。でも、今日だけなので大丈夫です。」


「最後が能力の使い方。コレ、とっても簡単。なにか紙を小さい長方形に切る。そこに自分の名前と種族、貴方は人間って書けば良い。あとは、滞在日数を書けばソレが直ぐにチケットに変化する。後はそのチケットを燃やすなり、シュレッダーにかけるなりすれば、門が出てくる。門は後ろにある扉みたいな感じの奴が出てくる。」


「その門に入れば、異世界に行けると、そういうことですか。」


「そうですね。異世界からの帰り方は時間が来たら勝手に門に入った場所に戻されるのでご安心を。お土産とかも、持てるのなら持ち帰ってこれますよ。…………もし、もしですけど、異世界に住みたい。という気持ちになったら異世界にいる間に『ジヴレッド神殿』に行ってください。そうしたら異世界に住めるようになるので。」


ジヴレッド神殿。エンドルさんの名前にもジヴレッドというのがあった。これがおそらく神の名前なのだろうな。


「わかりました。では、力を頂いてもいいですか?」


「はい。では。やりましょうか。目を瞑って下さい。」


言われたとおりに目を瞑る。


そうすると、直ぐに額付近に指や手が近づくとなる独特の感覚が来た。


おぉ。これ、少し苦手なんだ。違和感がとてもある。


暫くすると感覚が変化した。頭が重い。額に砂が這っているかの様な感覚がする。


おそらくコレだろう。エンドルさんの言っていたモノは。


目を開ける。


「お。出来たようですね。じゃあ、試しにチケットを1枚。作ってみましょうか。」


そういってエンドルさんは直ぐに小さい長方形の紙とボールペンをこちらによこした。


えーっと、名前と種族、滞在期間だよな。


夜爪切蛇。人間。滞在期間。うーん。2日にしよう。


紙に書く。すると紙が淡く赤い光を灯し、メモ帳の紙のような材質は、映画のチケットの様な材質に変化した。色も赤地に文字は金色に変化した。


「おぉ。上出来ですね。完璧です。でも、まだ行かないで下さい。行くなら寝て、明日からです。じゃないと酸素濃度だったり重力だったりの変化で死んじゃうのでね。先ずは身体を変化させてからです。」


「わかりました。ありがとうございました。」


「いえいえ、明日から。異世界を楽しんで下さい。」


そういってエンドルさんは私を見送ってくれた。


家に帰ると、どっと疲れが襲ってきた。


色々あったからだろう。おそらく、能力の影響もありそうだ。


私は疲れに身を任せて、服も着替えずにベッドに潜り込んだ。

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