第8話 孤独
「お~い、ひふみよカルテット……おまけの岩清水!」
休み時間に臼井先生が俺たちを呼んだ。
「いい加減その付随物みたいな扱いをやめて下さいよ」
俺の言葉にさらに絵美が言う。
「イマドキそんなグループ名とか流行らないと思うんですケド」
絵美もやや不満げだ。
「はは、そう言うなって。お前たち五人全員を呼ぶよりコストカットなんだ」
「変なトコでエコ意識発揮させないで下さい~」
絵美の言葉を華麗にスルーしつつ先生は続けた。
「世の中思い通りに行かないことの方が多いんだ。学べたろ? さておき、今度の学習合宿についてのグループ分けについてのプリントだ」
そう言って先生は俺にわら半紙を手渡す。
「上の学年の先輩とかに聞いて知っているかもしれないがもう少し先、一週間、田舎のホテルを貸し切っての勉強合宿だ。基本はグループ行動になるからな。四谷が学級委員なんだし頼むぞカルテット」
先生の言葉に太が悪態をつく。
「ちぇっ、シンジの連帯責任かよ」
慎次は太の言葉にくい、と眼鏡を直しながら言う。
「僕一人でも十分できる仕事だ。太は無理してこなくてもいいぞ」
慎次の言葉に太は首を振る。
「バカ言え。ハブられても困る。俺も参加させてもらうぞ」
そう、グループ分け。学校生活においてこんなに重要なものはない、というべきもののひとつと俺は考える。
「ひとまず机を付き合わせて考えようか」
慎次の言葉に俺たちは頷いた。
「えっと……私、ケースケ、錬ちゃん、絵美ちゃん、太君、慎次君。これで六人」
麻耶が改めて俺たちの人数を数え始める。
「クラスが四十人……だっけ。ということは五人一組八グループなのかな?」
麻耶の言葉に太が言う。
「はぁっ?! 一人あぶれんじゃん! 俺、ぜってー嫌だからな?!」
「いや、外すなら太っしょ」
絵美がこともなげに言う。
「なんだよ、なんでだよっ?!」
「君が一番暑苦しい。君がいるとグループの平均体温が一度くらい上がる」
慎次が眼鏡を直しながら言った。
「いやいやいや待て?! 五人か六人で俺がいるだけで平均体温が一度上がるってことは俺普段から体温四十℃か四十一℃みたいな言い方?!」
「なんだ、違うのか?」
「常時インフルエンザみたいな言い草はやめてくれよ!」
「声が大きい。太菌が飛ぶから声を小さくしてくれないか」
「小学生のいじめかよ?!」
「……」
麻耶が呆れたように太と慎次のやりとりを見ている。あはは、と半笑いで。
「麻耶っち、気にしなくていいよ。あれでもあの二人仲いいから」
「あ、あはは……そうみたいだねぇ……」
絵美と麻耶が話している横で、錬が俺に尋ねる。
「恵助。何を騒いでいるんだこれは」
俺は錬に説明を始める。
「うちの学校は環境を変えて勉強をするために一週間、少し山奥の田舎に行って勉強合宿をするんだ。授業時間以外は休み時間以外朝と夜にも自習時間。ま、『自称進学校』の見栄みたいなもんだ。本来のロボット工学の方を推し進める方がよほど建設的とは思うんだけどね」
俺の言葉にふむ、と錬は頷く。
「合宿に行くことだけでこんなに盛り上がっていたのか?」
「いや」
俺は首を振る。
「基本的にこの勉強合宿はグループ行動主体でね。向こうでの座席や部屋割りなんかにもそれが関わってくる。基本休み時間以外は勉強とはいえ、せっかくのみんなでの非日常だからな。みんな仲のいい人同士でグループを組みたい、と言うのが一般的な心理だ」
できるだけ錬に分かりやすいように、かみ砕いて俺は説明した。
「なるほど……。して、恵助。仲間内で組めなかった場合はどうなるんだ?」
俺は少しきょとん、とした顔をしたに違いない。錬の意図が読めないながらも、俺は説明した。
「どうなるって……そりゃあ、少しグループ内に知り合いがいなければ孤独なんじゃなかろうか」
「孤独……?」
「そう、そりゃ寂しいもんだろ。仲のいい人が周囲にいなかったら本当に一週間ただの勉強漬けだからな」
俺の言葉に、錬から帰ってきた言葉。
「孤独とは何だ、恵助」
「一人であること、だな!」
太の言葉に慎次は頷く。そして、言う。
「じゃあ、一人じゃなければ孤独じゃないと言うことだ。太は別のグループに放り込もう」
「待て待て! 寂しいだろ!」
太の返答に慎次が言う。
「ほら、反証。太の言い分は間違いではない。だが、人といるからと言って孤独ではないとは言えない。その寂しいという感情が孤独ないし孤独感だ」
錬は太と慎次のやりとりを見て言う。
「ふむ……? 一人でいると孤独だが、みんなといても孤独は成立すると言うことか……?」
麻耶が補足、説明する。
「そうだね、錬ちゃん。大勢の人に囲まれても、知り合いや仲のいい人がいなければ孤独、寂しいって言うのはあり得るんだよ」
「ついでに、仲がいい人が周囲にいても孤独ってのはあり得るかもしれないケドね」
絵美も麻耶の言葉に付け加える。
「どういうことだ?」
錬が尋ねる。
「上手く言えないけど、寂しいという感情はひとつではないんだよね。えっと……」
麻耶が説明を始めた。
「たとえば、うちのお父さん出張に行くことが時々あるんだけどそのときは当然家にいないよね。だからその間は私寂しくなるし、みんなといても『今お父さんいないんだよね』って寂しくなるかな」
麻耶の説明は分かりやすいと思ったが、錬には通じただろうか。
「ふむ……。形成された人間関係ごとに成立するものだろうか。友人間での孤独感と家族間での孤独感は別物と言うことか?」
錬の返答。それも間違っていないが、必ずしも正しい解釈ではないのだろう。
「そうだね、そういう孤独感もあるし、それ以外の要素もあるかなぁ」
「たとえば?」
今度は絵美が説明を買って出てくれた。
「アタシ、テレビや映画観るのが好きなんだけどマイナーなのまで観るからたまに誰もクラスの女子観てないことがあるんだよね。そういうとき、『あー! せっかくのこの気持ちを共有できない!』って感じる気持ち。少し寂しい、ってか、孤独感っぽさあるカンジ?」
確かにそれも孤独感の形か。しかし、錬にはピンとこなかったようだ。
「ふむ……? 同じ作品を観た人数が少ないことへの寂しさ、孤独感か?」
それもあるだろうけど、と前置きして俺が説明した。
「そこにあるのは『共有したい』と言う気持ちかな。誰かに気持ちが通じるとき、人は孤独から解放される。逆に気持ちが通じ合わないときは人の輪の中においても孤独感を感じる、と言う例かな」
「気持ちが通じる……」
錬の言葉に麻耶は頷く。
「外国に行くと相手の国の言葉を話せないと自分の気持ちを相手に伝えられないよね。そしたら『あ~、帰りたい!』って寂しくなる。それに近いかも」
……適切な例だけど、錬は海外に行ったことあるのかな……。伝わりにくいかも、と俺は思った。
「孤独、か……」
帰宅して、錬がそう言った。俺は通学鞄を下ろしてダイニングテーブルにつきながら対面の錬に尋ねる。
「どうしたんだ」
「……みんないて、私だけがロボットだ」
「……」
錬の言葉に俺は目を細める。なるほど。錬は孤独という感情をすでに感じていたに違いない。その言葉の有り様を今日、皆と話したことで実感したのだろう。
「少なくとも、俺がいるじゃないか」
気休めかもしれないが俺は錬にそう言った。錬は少し伏せ気味だった目を俺にまっすぐ向けた。視線が合う。
「恵助……」
「それに……。俺の父さんや母さん、黒沼博士やケンだってロボットみたいだし。慰めになるのかは知らないが同族自体はそれなりにいるみたいだ」
……言いながら、もしかしたらもっと俺たちが知らないところでロボットはもっと隠れているのかもしれない。製作者がうちの両親と黒沼博士以外にいたら。あるいは、ケンのように俺たちが知らないところで新規に製作されているとしたら。
「……それにしたって博士と離れて暮らしているから寂しいかもしれないけどさ」
俺は言いながら父さんと母さんのことを思い出す。毎日ロボット工学の勉強は帰宅後しているが、俺はあくまでも学習型人工知能で、自分で学んだこと以外の知識は蓄積できない。こつこつ両親の残した理論や成果は勉強していくしかないのだ。
「いや」
錬は首を振る。
「そうだな……孤独感は感じるのだろうけれど……すべてにおいて一人ではなかったな」
錬が頷き、黒髪が揺れる。
「恵助、麻耶、太、慎次、絵美。臼井先生、瀨奈さん。かつての私にはなかったものだ。ありがとう、恵助」
いいや、と俺は首を振る。
「俺こそ、ありがとう錬。錬がいなかったら俺も自分だけロボットという孤独感を感じていただろう」
縁を知ってしまうから孤独、と言うこともあるのだろうがそれはもう黙っていた。俺と初対面の時の錬であったら孤独という概念も知らないし、感じなかっただろう。だが、錬が、錬の感情が成長していることには他ならないのだ。
こんこん、とノックが鳴った後がちゃり、と玄関の鍵が回った音がする。ドアが開いて、でかい声がした。
「二人とも、帰ったぞ-!」
俺たちの帰宅にやや遅れて、瀨奈さんも帰宅したらしい。一緒に帰宅すると何かとうるさいので俺たちの様子を確認しつつ、瀨奈さんはこうしていつも遅れて帰ってくる。
「な、一人じゃないだろう」
俺の言葉に錬は頷いた。嬉しそうに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます