第7話 帰ってきた日常

 俺は黒沼博士襲撃以降も襲撃の翌日以外は毎日通学していたが錬はあれ以来初めての通学だった。

「錬、大丈夫か」

 朝の支度を終え、鞄を持った錬に俺は問いかけた。

 まだロボットと言うことを公言していない俺は外出の度に着替えてカモフラージュしているが、錬は基本的には初対面の時からのセーラー服をそのまま着ている。汗をかく機能(俺にはないからおそらくは錬もないだろう)がないロボットであれば埃や雨などの外的な要素以外では汚れないため人間ほどまめに着替える必要はない。

「……気を遣わせてすまないな」

 申し訳なさそうに言う錬に対して俺は大丈夫だ、と前置きして言った。

「気にするな。仲間だし、家族だろ」

「恵助……」

 錬の言葉に俺はそれに、と返す。そのまま俺は続けた。

「もうすぐ来るよ。友達も」

 え、と思わず疑問の声が漏れた錬にタイミングよく声をかけるように玄関のドアがノックされる。そしてそのまま勢いよく、バーン! とドアが開けられた。

「ケースケ、おっはよー!」

 麻耶だ。俺がロボットだと正式に判明したあの日からも変わらず、こうして朝迎えに来てくれている。

「? ケースケに……錬ちゃん?! 錬ちゃんだよね!」

 今までと同じように振る舞う麻耶に少しだけ錬は身構える。

「麻耶……私は……」

「おかえりっ、錬ちゃん!」

 そう言って麻耶は錬に駆け寄る。錬の手を麻耶はぎゅっと握り、ぶんぶん振る。

「お帰り……! ずっと帰りを待ってたんだよ……?」

「私は……その……。いいのか、だって私は……」

 錬が紡ぎ出そうとした言葉を遮って麻耶は首を振って言った。

「錬ちゃんのことは錬ちゃんのこと、お父さんのことはお父さんのことだもん! 錬ちゃんとお父さんの間に何か事情があったって、私たちと錬ちゃんの間には関係ないよ!」

 麻耶の言葉に錬は静かにうつむいて、すまない……と零した。そして、顔を上げた。すがすがしい表情で。

「……ありがとう、麻耶。またこれからもよろしく……!」

 そう言って握手を求めた錬に麻耶は握手した後、ほら、ケースケも! と俺を呼んだ。

「……ああ。俺もよろしくな」

 俺も二人の手に手を重ねた。三つの手が重なった。

「じゃーあ、二人ともいーい? 我ら! 生まれた日は違えども……」

 突然の麻耶の言葉に俺はちょっと、とストップをかけた。

「ある日の通学の前に誓うほど軽い言葉じゃない奴じゃないかそれは」

 昔呼んだ歴史小説の一節。三国志で劉備、関羽、張飛が桃園で義兄弟の契りを交わすシーンの台詞のはずだ。

「ううん」

 麻耶は首を振った。

「……日常なんて、いつ変わっていくか分からないじゃない?」

 麻耶の言葉に思わず俺は押し黙る。そうだ。ある日、突然錬が現れて。ある日、父さんたちが黒沼博士に破壊されて。日常が壊れるのはいつだって突然だ。

「……そうだな」

 俺は納得しつつも、

「でも、違う言葉にしよう」

 と提案する。

「じゃ、じゃあ……。私たちの友情は永遠だよ! とか?」

「……なんか逆に仲悪くなるフラグ立ちそうじゃんかそれ……」

 俺の言葉に麻耶は頬を膨らます。

「もう、ケースケったら文句ばっかり! じゃあケースケが考えてよ!」

「えっ、俺が?」

 俺は思わず自分を指さす。

「そうだよ。せっかくだからいいトコ見せてよ」

「そうだな、恵助の言葉選びのセンスに期待するか」

 う……、と一瞬言葉に詰まったが俺はそのまま考えた言葉を口にする。

「……一人は三人のため、三人は一人のために。この三人で誰かが困ったらお互いにできることで助けよう」

 俺のチョイスが気に入ったらしい。麻耶も錬も顔をぱあっと輝かせた。

「いいね、それ! やろやろっ♪」

「個と集団、どちらも大事にするという意味の標語か。いいだろう、恵助と麻耶のためだ」

 錬の解釈は少しずれている気もしたがひとまず二人とも気に入ったらしい。

「じゃあ前半の部分を全員で斉唱するぞ。いいか?」

「ああっ、待って。『一人は三人のため、三人は一人のため』だよね?」

「そうだ」

「よし、私もやるぞ……恵助、合図を」

「わかった。せーの……」

「一人は三人のため、三人は一人のために!」

 俺たちは三人同時に誓いを斉唱した。


 揺れる車両が俺たちを運ぶ。朝の日光は眩しく窓から差し込んでは俺たちを照らす。

「この電車も三人で乗るのは久しぶりだね」

 麻耶の言葉に俺と錬は頷く。家の最寄り駅から学校へと慌ただしい朝の時間ながらもゆったりと時間は流れていく。そう、そもそもほとんどの場合地球上では時間は常に一定の早さで流れていくものだ。早く感じたり、遅く感じたりは俺たち自身の主観に過ぎない。

「……なんかこれから学校だって言うのになんだかのんびりするねぇ」

「駅着いたらそっからはもう慌ただしいだろ。不思議なもんだな」

「恵助。特殊相対性理論を考慮すれば確かに電車に乗っている我々は文字通り電車の外より時間の流れが遅いのではないか?」

「……錬。日常的には相対性理論を考慮する必要はないぞ?」

 難しい講釈を持ち出した錬に俺はアドバイスする。

 だけど、と俺は窓の外の流れる景色を見た。窓の外、走る列車の中と静止した世界とではわずかに時間の流れ方は実際違うのだ。観測者である静止した世界から見た俺たちは少しだけ時間の流れは遅くなっている。

「……窓の外の人たちは俺たちより忙しいのかもな」

 ぽつりと漏らした俺に麻耶が反応する。

「何それ、ポエム? ケースケ詩人目指してる?」

 いやいや、と俺は釈明しようとしたところで車内アナウンスが鳴った。

「げっ、もう着いたのかよ」

「のんびりだと思ったけどやっぱりあっという間だったね、急がなきゃ」

「やはり時速数十キロメートル程度の移動速度だと誤差と言うことか」

 俺たちは三者三様のリアクションを取って駅に着いてすぐ降車する学生たちの列に加わったのだった。


 教室に着いた俺たちを出迎える級友たちは当然ながらいつもと違うことに気付く。

「おはよう、恵助、三葉さん。……御堂さん?」

 慎次が俺と麻耶の後ろにいた錬に気付く。

「ヤバ! 錬っちじゃん」

「御堂……? 御堂なのか?」

 絵美と太も当然ながら錬に反応する。

「みんな……その……おはよう」

 黒沼博士による岩清水家襲撃事件は徹底的に情報統制され、伏せられていた。それは我が国では珍しく、各種ソーシャルメディアや動画共有サイトに上がった当の「火事の動画」をすべて削除されるレベルだった。ゆえに、俺と錬、麻耶たち三葉家の人間以外は「処理した側の人間」以外あの事件を知る者はいない。そう、公的には小規模火災とうちの両親の長期海外出張として処理されている。

 錬の挨拶は少しぎこちなかったが当然ながら慎次、絵美、太はおそらくだが真実を知るよしはない。少なくとも、錬がロボットというのは以前から公言しているのだ。

「おっかえり~! 錬っちの帰りをみんな待ってたって。そうっしょ、男子?」

「おお! 女子が多くて困ることはないからな!」

「下品だぞ、太。御堂さんが自分たちから学ぶことがあるように、僕たちも御堂さんといると新たに学ぶことも多いから。また会えて嬉しい」

 絵美を皮切りに太、慎次も錬との再会を喜ぶ。

「ありがとう……みんな。私も、学校はまだ日が浅かったとはいえ戻ってこれて嬉しい」

 多分心からなのだろう、そんな錬の本音がふと漏れる。麻耶などはうっかり感極まって涙しそうになっていた。

 ……矢先に。

「おはよーっす。ほら、席つけ席。ホームルーム始めるぞ」

 担任の臼井先生だ。臼井先生は日誌を持ってぐるりとクラス中を見渡す。言うまでもなく皆の着席を待っているのだ。俺たちもそそくさと席につく。

「今日はホームルームの最初に皆に報告がある! な・ん・と、うちのクラスにも副担任がつくことになった!」

 クラス一同がざわつく。俺と麻耶は顔を見合わせる。何というタイミングだろう。だが、錬にとっても復帰と一緒に新しい教師が来るのはちょうどいいかもしれない。……そういや、無理矢理父さんと母さんがなんとかしたけど錬の扱いどうなってるんだ……。俺の戸籍についてもかなり謎なんだけど……。

 そう思いながらドアから入ってきた人物を見て俺は目が点になった。

「瀨奈さん?!」

 自分と錬はほぼ同時に叫んでいた。

「こら、岩清水に御堂。先生を下の名前で呼ぶんじゃない。というか知り合いか? では空知先生、どうぞ」

 どういう巡り合わせか、昨日から我が家に保護者兼監視者として居候し始めた陸自、一等陸佐の空知瀨奈さん本人だ。まさか、国は公立高校に監視者を直接送り込むほど事態を重く見ているのか?

「おはよう。空知瀨奈と言います。社会人からの再受験組教師なので臼井先生より上だけど後輩に当たります。皆さん、よろしくお願いします」

 家で話すときと空知さんはまるで違う。昨日日本酒を飲んでいた姿からは想像できない。なんていうかこう……昨日の豪快な姿を無理矢理隠しておしとやかに振る舞っている感じだ。……俺もロボットと言うことを公言していないし、意外と人は秘密を抱えているものかもしれない。

 そんなことを思っていると瀨奈さんの挨拶が終わったらしい。教室に拍手の音が響く。

「空知先生は自分と同じ社会科の先生だ。政治経済をメインに担当するので選択科目次第ではお世話になる人もいるかもしれない。では空知先生、改めてよろしくお願いします」

 瀨奈さんは深々と礼をする。早速太の様子がおかしい。自分も瀨奈さんの実年齢は知らないがアイツ見境なしかよ。考えながらぼーっとし始めていたらとんとん、と麻耶に肩を叩かれた。

「なんか、こういうの久しぶりだね?」

「……そうだな」

 帰ってきた日常。かつてと全く同じではないが、俺たちの学校生活は確かにまたここから再開していくのかもしれない。

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