洗濯の選択

 彼は今、きれいに畳まれたTシャツを見ていた。何をするわけでもなく、ただじっとそのTシャツを見ていた。神妙な面持ちでそのTシャツを見ているわけだが、なんてことはない、彼が今さっき畳んだTシャツである。彼が今どうしてこんな状況にあるのか、簡単に経緯を説明しよう。


 まず彼は、このTシャツはもうだいぶ古くなったから、洗濯しないで捨ててしまおうと思っていたTシャツを間違えて洗ってしまったのである。洗濯機を回した丁度その時に、そういえば捨てようと思っていたのだったと思い出したのだった。それで、仕方ない、濡れたまま捨てるわけにもいかないから、乾かしてから捨てようと彼は考えた。しかし、服が乾くと、彼はベランダから服を取り込み、いつもの癖でそのままTシャツを畳んでしまった。そして今、彼はきれいに畳まれたTシャツを見ているという状況に至るのである。


 折角畳んだのだ、このTシャツはまだきっと着れるはずだと彼は考えた。部屋着として着ることにすれば、多少古くても全く問題ないだろうと彼は考えたのである。それで、彼はそのままTシャツをタンスにしまったのだが、またいつもの癖で、彼は普段着用のタンスに入れてしまったのだった。彼がそのことに気付いたのは、お風呂に入っているときだった。それで、それならば、お風呂から出たらそのTシャツを着てしまえばいいと彼は考えた。しかし、彼は熱い湯船に入ることがとても好きであり、それも、のぼせるまで入ることが好きであるから、お風呂から出るとのぼせてしまい、そのことをすっかり忘れて、予め用意していた部屋着を着てしまった。


 そのことに気付いたのは、彼がもう寝ようと思って布団に入った丁度その時である。しかし、布団に入ってしまった以上、彼はもう布団から出たいと思わなかった。一方で、こういうことに限って、気になってしまってなかなか眠れなくなってしまいがちである。だから、こういう場合は頑張って布団から出て、そのTシャツを着るべきである。ただ、彼は違う。一度布団に入ったからには意地でも出たくないと考える人間だった。それで彼は、必死に考えないようにしたのだが、シロクマ実験が証明するように、彼はより一層Tシャツのことが気になってしまった。


 こうなってしまうと、是が非でもTシャツを着るべきである。それで、彼は寝ぼけ眼でとりあえず今着ている部屋着を脱いだ。しかし、如何せん彼は寝ぼけているため、たった今脱いだ部屋着を再び着ると、満足してぐっすりと眠ってしまった。


 さて、このことに気付いたのは、翌日、彼が仕事に行くために家の扉の鍵を閉めた丁度その時である。それで、部屋着用のタンスにそのTシャツを移し替えるべきだと彼は考えた。しかし、一方で、そのためにわざわざ鍵を開けて部屋に戻るというのも馬鹿馬鹿しいことだとも彼は考えた。それに、特別時間に余裕があるというわけでもなかったから、彼は家に帰ったらまずやろうと固く決心して、会社に向かった。


 しかし、仕事が終わり、そのまま飲み会をしている彼が、そのことを覚えているわけはなかった。彼は酔っぱらった状態で家に帰ると、そのままリビングのソファで寝てしまった。そしていつしか、彼はTシャツを部屋着用のタンスに移そうということをすっかり忘れてしまった。


 ある休日、彼は何の気なしにそのTシャツを着て外出した。そしてふと、駅のトイレの洗面台の鏡に映る自分のTシャツを見た。それで、ひどく古いからもう捨てるべきだな、と彼は考えたのだが、そういえば前もこんなことを考えたときがあったということを突然思い出したのだった。


 捨てようと思った服をこうして当たり前のように着ている。古いかもしれないが、着ることはできるのだな、と彼は思った。その瞬間、彼は、とたんにそのTシャツに愛着が湧いてきた。そして、こうなったらとことん着るべきだと彼は考えた。


 それで、彼はそのTシャツを洗濯する選択をしたのである。紆余曲折を経て、彼はついにTシャツを洗濯する選択をしたのである。


 


 まあ、だから何なのだという話ではあるのだが......


 


 しかし、彼の考え方が変わったのだから、せんたくにはそれなりの意味があったのだろう。

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