《ショートショート集》 オチがあり、様々なジャンルで、ちょっとシュールなショートショート集
箱陸利
知らなくていいこと
僕は独身のサラリーマンだ。どうして独身なのか、どんな仕事をしているのかは関係ないから話さない。今ここで話したいことは、普段行くこのスーパーマーケットの駐車場に毎週火曜日になるとやってくる移動販売車のことだ。
今日は火曜日だから、あの移動販売車は止まっているのだろう。何を売っているのかさっぱりわからない。派手な赤と黄色の車体で、中東かどこかの国の言葉の旗が出ていることは知っている。お店の名前は憶えていないが、確かカタカナだった。あった。やっぱりあの車は止まっている。そうだ。この匂いだ。何だかわからない独特な匂いだけれど食欲をそそる匂いだ。この機会だ、勇気を出して行ってみようか。
「すみません」あれ?なんだ誰もいないじゃないか。ん?休憩中?ついていない。いつ戻ってくるのかもわからないんじゃ仕方ない。今日は仕方ない、あきらめて帰るか。
ん?お店の名前は「スルタン」っていうのか。ケバブというものを売っているらしい。ケバブってなんだ?聞いたことがない。気になるけれど、今日は帰ろう。来週までのお楽しみにとっておこう。
さあ、今日こそはケバブを食べるぞ。よし、「スルタン」は今日も来ているな。車内に人もいるから休憩中でもない。今日こそ食べるぞ。
「すみません」と声をかけると、「いらっしゃいませ」と返ってきた。思ったよりも流暢な日本語だ。色黒の店員はきっとアラブ系の人なのだろう。「ケバブというものをください」「ケバブサンドでいいですか?」僕はよくわからなかったけれど、とりあえずお願いしますと言った。どうやら僕はあまりにも好奇な目で見ていたらしい。店員は流暢な日本語で説明しはじめた。
「ケバブ初めてですか?日本での知名度はかなりあるものだと思っていたのですが、まだまだ精進しないといけませんね。ケバブはトルコ料理です。私はトルコ人です。イスラームは豚肉を食べられないので、羊肉や鶏肉や牛肉を使います。ケバブサンドは日本で有名ですが、トルコではケバブの食べ方の一つです。はい、どうぞ」
出来立てのケバブサンドは熱々だった。一口食べるとものすごくおいしい。甘辛いタレと肉と野菜とモッチリとしたパンの相性が抜群だった。「美味しい」と思わず僕は声が漏れ出た。それを聞いたトルコ人の店員は上機嫌になってまた話し始めた。
「ケバブの本当の名前はドネルケバブと言います。ドネルというのは回転という意味です。ケバブは肉です。見ての通りそのままの名前です。こうして回転させると熱が均等にいきわたります。おいしさの秘訣です。
ケバブの肉は豚肉以外の肉を使います。トルコの地域によっては魚の肉を使うところもあります。大昔、トルコが戦争や病気で大変だったころ、鳥や牛もたくさん死にました。野菜も全然とれなかったそうです。それでも、ケバブだけは食べられたそうです。それも、戦争や病気がひどくなればなるほど、ケバブはたくさん食べることができたそうです。果たして何の肉だったのでしょうね。
フフフ、冗談です、冗談です。でも、魚がケバブに使われるというのは本当なんですよ」
僕は家に帰りながら、あんなに美味しいものを今まで知りもしなかったことに驚いた。もしかすると、死ぬまで知ることができないこともあるのかもしれない。しかし、あの肉は本当に美味しかったな、また来週も食べよう。
さて、ここで筆者である私は皆さんに伝えなければならないことがある。「僕」こと、この男がどこで働いているかは関係ないから話さない。しかし、この男が独身である理由には関係があるのかもしれない。実は、この男は連続殺人鬼である。しかも、殺害した人の肉を食べているのである。この男の顔は悪くないし、見た目も清潔だからモテそうではある。しかし、この男から漂うどことない危険な匂いが、本能的に女性を寄せ付けず、結婚できないのかもしれない。我々には死ぬまで知らないことがあるかもしれないが、それは知らなくていいことなのかもしれない。
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