「風鈴にご注意」


 風鈴が解禁された。

 いや、そんなルールなんてないけど……、大体がこの時期に、みんなが風鈴をベランダに取り付けるのだ。


 総世帯数2000を越える数棟のマンモス団地――、空き部屋もあるとは言え、それでもほぼ埋まっているのだ――そしてこの地域はとにかく熱い。

 なので、涼しいと感じる音が鳴る風鈴は、必需品とも言えた。


 冷房や扇風機もあるけれど、それでも風鈴と言うのは、電気も使わず、いつの時代も涼しい気持ちにしてくれるものだ――。



 窓を開けるとセミの声――が、薄っすらとしか聞こえないほどに、それ以上の騒音が団地全体を包んでいる……風鈴だ。

 棟と棟の距離が近いから――あの風鈴の音も、一か所に固まれば騒音になる。


 風情が消し飛んだ。

 あの美しい音色が、まさか集まるとセミを越える不快な音になるなんて……。



「こらっ、窓を閉めなさい! 風鈴ノイローゼになるでしょ!!」

「……外せばいいのに……」

「音だけじゃないの、そこに吊るしているだけでも、涼しい気持ちになるのよ!」


 と、お母さんは言った。けどそれって……、窓を閉めて風鈴の音色も聞かずに涼しい気持ちになるって……単純に部屋の冷房が効いているからなのでは……?


 吊るすこと、その行為と状態で涼しくなるのなら……極端なことを言えば、なんでもいいわけだ。

 ……ガラス製でなくとも、音が鳴らなくとも構わない。

 似たようなシルエットで、それっぽいものを吊るしておけば……。


「スルメイカでも誤魔化せる?」



 …了

 初出:monogatary.com「風鈴の音が聞こえる」

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