第4話

「────い、いいんですか助手君! このままじゃ、エイリに依頼を解決されますよ⁉」


 星野尾の姿が見えなくなった後、猫嶋は駄々をこねる子どものように俺の袖を引っ張ってきた。


「俺は別に構わないけど」

「えぇ⁉」

「大方、探偵部二人でどっちが先に依頼を解決できるか競争でもしてたんだろうけどな。俺はそんなものに興味はない。早く片が付くならなんでもいいんだよ」

「でも……でも! こんな解決方法でいいんでしょうか? やっぱりスッキリしないというか、気が引けます」

「言いたいことはわかる。アレは褒められたやり方じゃない」


 確かに、嘘は吐いていないが、本当のことを言っているわけでもない。意図的に情報を隠し、勘違いを誘ったのであれば、それは騙しているのと同じことだ。冗談では済まない悪質さである。


「や、やっぱり止めに行きましょう!」

「行きましょうって……一人で勝手に行けばいいじゃないか。別に俺を連れて行く必要はないだろ」

「私一人だと、またエイリの屁理屈に丸め込まれてしまうじゃないですか!」

「そんな力強く宣言されても……」


 情けないやつだ。俺に対する押しの強さを、星野尾相手には発揮できないのか。意思が強いのか弱いのかよくわからんな。


「ほら、行きますよ! 早く早く! 助手なら、探偵の行く先には這ってでもついてくるものです!」

「だから助手じゃないって……。あぁ、もう、わかった。わかりました。行けばいいんでしょ。行けば」


 このままゴネ続けるのもそれはそれで面倒だ。依頼人の家はこの近くらしいし、ちょっと付き添ってやるぐらいならいいか。


「……ま、そう悪いことにはならないと思うんだけどな」

「へ?」

「何でもない。ほら、行くならサッサと行くぞ」


 依頼人の家にはすぐに辿り着いた。


 すぐ近く、というだけあって本当にあっという間に着いた。徒歩五分もかかっていないんじゃないだろうか。

 そこは俺も何度か見たことのある家だった。築五十年くらい経っていそうな古めの屋敷で、周囲を高い塀で囲われている。

 威厳を放つ立派な門の前には、今まさに中へ踏み込もうとしている星野尾の姿があった。


 俺たちも──というより猫嶋が俺を引きずりながらその後を追い──屋敷の中に入る。


「────あなたがお探しの猫はこの子じゃないでしょうか」


 縁側に座る老婆に、星野尾が猫を差し出している。それを見た猫嶋は、受け渡しを阻止するべく慌てて駆け寄っていく。

 ……だが、今度は俺が彼女を引きずる番だった。全速力で駆けていく彼女の首ねっこを掴み、強引に止める。


「な、何をするんですか! 早く止めないと!」

「いいから、ここでちょっと様子を見よう」

「そんなこと言ってる場合じゃ……」

「止めるにしても今さら遅いだろ。あそこで割って入ったら変な空気になる。それにそう心配することはないと思うぞ」


 俺は探偵部ではないし、依頼なんて俺には関係ない。だからといって、ここで星野尾のやろうとしていることを見逃すのは少々薄情だろう。

 だが、俺は彼女を止めない。別に面倒臭がったわけではない。彼女の行動によって、依頼が解決するというのは、あながち間違いではないと思ったからだ。


「あなたは……確か、星野尾エイリさんだったかしらね」


 星野尾の顔をジックリ観察し、老婆はゆっくりと口を開く。


「あっちにいるのは……猫嶋江之子さん。その隣は……見たことの無い顔だけど、きっとあなたたち探偵部の方でしょうね。そう……」

「その通り。私たちは探偵部です。ほら、猫を探して来ましたよ」

「あぁ……猫ちゃん……この子をあなたが探してきてくれたの?」

「はい、私が探して来ました。どうですか? あなたの探していた猫で間違いありませんか?」

「そうねぇ。間違いなんてないわ。ありがとう」


 老婆は枯れ枝のように細い腕で猫を抱きかかえ、膝の上に置いた。

 猫はそこが長年慣れ親しんだホームポジションであるかのように、欠伸をしながら丸くなり、くつろぎ始める。


「えっと……そう。じゃあ、お小遣いをあげましょうか。お礼しないとね」

「いえいえ、結構です。我々探偵部はあくまで部活動。営利目的の団体ではありませんから。地域のためのボランティアだと思ってください」

「ああ、そう? じゃあ……お礼だけ言わせてね。ありがとう」


 老婆からの感謝を受け取り、星野尾は満足げに踵を返す。俺と猫嶋も老婆に向けて一礼して、星野尾の後に続いた。


「────ほうら、上手くいったでしょ? これで万事解決。ノープロブレムってわけだよ」


 屋敷から出たところで、星野尾は改めて猫嶋に勝利宣言をした。


 なかなか腹の立つ顔だ。他人を煽ることに全身全霊を懸けているのかというほどに怒りを誘われる。

 その顔を正面から向けられているわけではない俺ですら苛立つくらいだから、猫嶋からすれば相当なストレスだろう。


「うぅ……枯芝さん! じゃなくて助手君! なんで止めたんですか! こんなの認められないですよ!」


 そしてそのストレスは、星野尾ではなく俺に向けられるらしい。何とも迷惑な話だが、猫嶋を止めたのは俺なのでとばっちりとも言えない。


「確認したいことがあったんだ。だから止めた」

「なんですか! 確認したいことって! あのお婆さんが、探し猫が偽物だってことに気づくかどうかですか?」

「人聞きが悪いなぁ。別に偽物ではないよ。あくまでも、偽物である可能性が高いだけの猫なんだから」

「エイリはちょっと静かにしていてください!」


 猫嶋は怒り心頭だ。しかし顔は全く怖くない。眉を吊り上げ、頬を膨らませている姿はむしろ可愛い。

 とはいえ、俺まで彼女をおちょくるようなことを言うのは流石に可哀想だろう。四面楚歌というやつだ。


「……あのお婆さん、お前らの顔と名前を知ってたな」

「ええ、依頼を受けた時に会っているので。それがなんですか?」

「会ったのはその一度だけか。部活動なんだし、二人とも制服を着てたんだよな?」

「そうですけど、だから、それがなんなんですか? 話を逸らさないでください!」

「逸らしてない。必要な確認事項だ」


 猫嶋と星野尾は、不思議そうに互いに顔を見合わせている。俺が何を言いたいのか見えず、困惑しているようだ。


「いや、ちょっと気になったんだよ。あの人がお前らのことを認識できるのかどうかさ」

「認識?」

「一度会っただけの女子高生。しかも二人とも同じような服装で、会ったのは依頼内容を聞く僅かな時間だけ。この条件下で、お前らのことをちゃんと認識し、名前まで正確に言い当てていた。目が悪いと言っても、思っていたよりも酷くはなさそうじゃないか」

「……まあ、確かにそれはそうですね。けど、それがどうしたんですか?」

「星野尾のプランは、あの人が猫を見分けられないだろうという仮定が前提にあるわけだが、あの様子なら飼い猫が偽物であった場合、気づかないわけがないと思わないか?」


 二人の探偵は同時に目を見開き、高速で瞬きした。俺の指摘は二人にとって完全な盲点だったらしい。


「ちょっと待ってください。じゃあ、あの猫は偶然にも本物の探し猫であったということですか?」

「そうだな。でも可能性はもう一つある。あの人が、偽物の猫であるとわかっていながら受け入れた、という可能性だ」

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